第31話 姫さま、王子にタックルされる

 そのまま走りきり、出口を抜けた。

 ジェアンフォルミは戻ってきていて途中で遭遇したのだが、奇跡のように戦闘にならなかった。

 必死の形相で逃げてきた俺たち……ではなく、ものすごい勢いで迫る煙に戸惑って、俺たちが眼中に入っていなかったようだった。俺は戸惑うジェアンフォルミの脇をすり抜け、ひたすら出口を目指して走り……必死だったので煙に呑み込まれたジェアンフォルミがどうなったかも気にする間もなかった。


 出口を抜けた後、風上に向かって走りつつ振り返ると、煙は出口で留まっていた。外だと煙が散ってしまうのだろう。それを見てようやく足を止め、姫さまを下ろすと膝に手を置いて息を整えた。マジで胆が冷えた。


 再度振り返ったが、ジェアンフォルミは洞窟の中から出てこなかったし、入っていくジェアンフォルミは煙に呑まれて見えなくなった。何あの煙、めっちゃ怖いんですけど!

「姫さま……」

 俺がジロリと睨むと、姫さまがもじもじし出す。

「……たまにはあぁいう効果が分からないものも混じっているようだ。……でも、これで虫の魔物化もなくなったし、これにて一件落着だぞ?」

 一件落着じゃねーよ!

 俺はガックリと肩を落とした。


 ――洞窟の煙は巣穴に戻ったジェアンフォルミは死ぬので、あとは冒険者や村人がジェアンフォルミの巣に近づかないように言っておけば大丈夫だろう。……ジェアンフォルミがうじゃうじゃといる巣に特攻かます奴はそうはいないとは思うが、いたらどっちみち死ぬ覚悟なんだろうからあまり心配しないことにした。


 機嫌が直り、やりきった感溢れる姫さまとともに村に戻った俺は、その光景に驚いた。

 そこには、騎士団がいた。

 ジェアンフォルミの大群の話を聞いたから退治に来たのか? ……だとするとまずいな、騎士団なら巣に特攻をかましそうだ。

 そう思って騎士団の隊長に話をつけることにした。

「姫さま、騎士団が調査で巣穴に入らないように話をしてきます」

 俺は姫さまにことわり、騎士団員へ向かった。

 俺が近づくと、俺と姫さまをけげんな顔で見る団員たち。「なんの用?」って思われているよね。

 騎士団長がいたら話が早いんだけど、この程度の魔物で騎士団長が出張るとは思えない。俺は団員に騎士団所属の証しである剣を見せた。

「第三王女パシアン姫の護衛騎士、アルジャンです。現在、身分を隠したパシアン姫とともに魔物の調査を行っておりました。この地で現れた魔物について報告したいことがありますので、至急小隊長に……」

 絶句している騎士団員に俺が口上を述べている途中、

「パシア━━━━ン!!」

 という、絶叫と言えるであろう叫びが聞こえた。


 え?


 俺たちが一斉に声のほうを向くと、姫さまがのんきにつぶやいた。

「あ、おにいだ」


 え。


 声のほうから、輝く金髪の美青年がものすごい勢いで走ってきた。

 俺は、姫さま目がけて走ってくる青年を止めるべきか一瞬悩んだが、姫さまは防護のブローチをつけていることを思い出したので踏みとどまった。

 ヤバかったら弾かれる、はずだ。

 そして。

 バシイッ!

 と、姫さまに抱きつこうとして見事に弾かれ吹っ飛んだおにいがいた。


 ……この惨状に、姫さまを除く全員が放心している。

 静まり返る中、姫さまは吹っ飛んでひっくり返っているおにいのところへトコトコ歩いていくと、顔を覗き込むように座り込み声をかけた。

「おにい、だいじょぶ?」


 ひ、姫さま??


 いまだかつて聞いたことのないようなかわいい口調でかわいい声で姫さまが尋ねたので、あごを外すくらい口を開けて驚いてしまった。

「……パ……パシア……ン」

 おにいは震える手を姫さまに伸ばしたが、パタリ、とその手を落とした。

 ……なんだろう。

 小隊を率いていた王子を再起不能にしたのって、けっこうな罪に問われそうな気がするんだけど、『笑っていいのかな?』って聞きたくなる感じなんだよなぁ。


 その後。

 〝おにい〟こと第二王子は騎士団員たちに運ばれ、急ごしらえの王族用介護テントに寝かされた。

 小隊長である第二王子が倒れたため俺は、副小隊長にドミナシオンフォルミの巣を見つけたことと、毒を出す煙を焚いてきたので近寄らないでほしい旨を伝えた。

「……冒険者は面白いことを考えつくな」

 と副小隊長に呆れたような口調で言われたので、

「いえ、やったのはパシアン姫です」

 と、答えておいた。

 確かに冒険者はやるけど……騎士団じゃやらないのか。巣穴に特攻かますのが騎士団セオリーなのね。


 副小隊長に報告を終えると、パシアン姫とともに第二王子の様子を見に行った。

 姫さまが、『おにいの目が覚めるまで付き添う、でないとまた突撃してくるから』と言ったので、それはそうだろうなと全員が同意して姫さまにテントにいてもらった。

 ……いやはや、あの第二王子を見たらとうてい姫さまを冷遇しているようには見えないのだが……。

 ほどなくして第二王子が目を覚ました。

「おにい、目が覚めた?」

 ……姫さま、家族に対して口調が変わるんだね。

 いや、可愛くていいけど、ちょっとびっくりするなぁ。

 まだ本調子じゃない第二王子が切れ切れに返事をした。

「……パ……パシアン……。無事だったか……」

 突撃してきたおにいのほうが弾かれて無事じゃないくらいに、無事ですね。

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