第6話 姫さま、新たな冒険に旅立つ
ギルドマスターにワーグが出没したことを報告した。やはり、あの辺りには出没したことなどなく信じていないようなので、査定兼解体用の倉庫に行きワーグを取り出して見せた。
アイテムボックスにまず驚いていたな。
ま、そうだろう。マジックバッグは超難関ダンジョンで稀に手に入るが、アイテムボックスに関しては伝説クラスの魔導具だ。勇者が使っていたという話は聞いたことがあるが……それってコレのことだよな?
ギルドマスターは積み上げられていくワーグを見て信じてくれたが、心当たりはないらしい。
いろいろ話した結果、『どこからか移動してきたワーグの群れに運悪くぶち当たってしまった』ということになった。
魔物は魔物しか襲わない。
魔物のそばにウサギがいても、魔物は無視をする。
例外が人間だ。魔物は人間を襲う。
だから、ワーグの群れはもともといた場所に魔物がいなくなり、食料である魔物もしくは人間を求めてあの草原まで移動してきたのではないか、ということだ。
「ついてねーな……」
だが、そういうことはある。
俺はワーグの売却代を受け取り姫さまを探すと、姫さまは依頼の薬草を意気揚々と受付嬢に渡し、代金を受け取ってはしゃいでいた。
「お嬢様はまだ飽きそうにねーのか?」
そうギルドマスターに問われ、俺は首を横に振った。
「あの様子を見て、飽きたって思うか?」
と、俺が返したらギルドマスターは肩をすくめて答えた。
受付嬢に呼び止められ、俺宛ての手紙を預かっていると渡された。差出人は、出立するギリギリまで連絡がつかなかった騎士団長だった。
姫さまの護衛を押しつけた詫びと、けっきょくまた冒険者に戻るような羽目になった詫び、そして、困ったら頼ってくれ、という言葉と、後日談が書いてあった。
困ったことはたくさんあるが姫さまが勇者道具を持ち出してしまった現在、もはや騎士団長にどうにかできる案件じゃなくなったので言葉だけ受け取っておく。
さて、問題は最後の後日談だ。
手紙の内容によると、イディオ様は無事、男爵令嬢プリエ様と婚約出来たようだ。ただし、男爵家へ婿入りすることになった。
イディオ様は公爵家の一人息子だったが、先の事件でそれでも継がせるのは無理だと悟った公爵家夫妻は諦め、五年以内に子が生まれたらその子を跡取りに、出来なかったら養子をとることに決めたらしい。
イディオ様は、プリエ様との婚約を許され大喜びしたのもつかの間、男爵家へ婿入りと宣告されてたいそう暴れたらしい。
つまり男爵家は、お前の娘のやらかした責任をとれとイディオ様を押しつけられたということだ。
だが男爵家は、その前に娘に責任を取らせ男爵家から勘当したと公爵家に伝えた。
…………つまりは、二人は平民になったということだった。
ここまで読んだ俺は思わず「大丈夫なのか?」とつぶやいた。たぶん大丈夫じゃない気がする。
泡を喰ったイディオ様は、姫さまが自分に従順になるのであれば婚約を再考する、などとほざいて離宮に押しかけてきたらしい。だが、姫さまは王宮にて雲隠れ中(恐らく宝物庫に忍び込んでいた、幸いにして俺も準備で東奔西走していたためつかまらなかった)で、追い出されたそうだ。
…………恐らく、イディオ様が再度婚約したいと言ったら姫さまは受け入れるだろう。
ただしその場合、イディオ様も姫さまの子分として冒険者をやらなくてはならない。
たぶん平民のほうが楽だろうな。いくら姫さまが勇者グッズを持っているからといって危ないのは確かだし、虫におびえるような軟弱なイディオ様が魔物とエンカウントしたら、上から下からいろいろなものを垂れ流す騒ぎになるだろう。あの弱虫っぷりじゃ下手をしなくても死ぬだろうし。
よし、見なかった! ということにして、マジックバッグに放り込んだ。
俺と姫さまは、そのまま王都には戻らず違う町に旅立つことにした。
理由はあの手紙だ。正確には、手紙にあったイディオ様とプリエ様が平民になったという内容だ。
王都付近にいたら、絶対に出くわす。そうしたらトラブルになる未来しか見えない。面倒に巻き込まれる前に面倒ごとを起こさないよう、姫さまが飽きるまでは王都から離れることにしたのだ。
姫さまにイディオ様の件は伏せつつ提案したら、キョトンとしたがすぐにうなずいた。
むしろ喜んでいるかも。ま、大冒険がしたいらしいしな。
「……それにしても、なぜその本なんです? 童話は他にもあったでしょう」
俺は、ふと疑問に思ったので姫さまに尋ねた。
「そうだな。他にもあったが、私の境遇と心情に一番近かったのがこれだった」
姫さまがまた小難しい言葉を使った。……やっぱり姫さまは頭がいいんじゃないか?
「いつか終わりは来るが、今は冒険を楽しむ。お前だって、退屈な護衛より冒険者に戻りたいって思っていただろう?」
「いや、思ったこともないです」
俺、退屈な護衛でも定額収入があるほうがいいです。
姫さまがショックを受けた顔をしているが、普通はそうなんですよ。そもそも護衛が退屈、なんて貴族や王族の守られている側じゃなければ言わないだろう。
ただ、貴族や王族になりたいか? と問われれば答えはノーだ!
小難しいマナーや勉強をするくらいなら冒険者をがんばるな。
騎士になったときだってマナーや最低限の勉強を物理的に叩き込まれたし、護衛だって付け焼き刃にしろかなりの作法を覚えさせられた。
もうあんなのはごめんだ。
俺はショック顔の姫さまに向かって苦笑した。
「だから、姫さまは冒険者になったと浮かれて無茶して死なないでくださいよ。俺は、姫さまが生きている限りは護衛任務で定額収入が得られるんですから」
姫さまはポカンとしたが、なるほど、と合点してうなずいた。
「そうか! それはそうだな。私はお前の定額収入のため、長く冒険者をやろう」
わかっているようでわかってない姫さまの言葉だが、とりあえずこれで無茶はしなくなるようなので、ひとまずは安心した。
本音を言えば、早く飽きてほしい。
離宮に戻ったら、俺は即騎士団長のもとに向かい、頼みこんで姫さまの教育係を見つけるつもりだ。このまま変わり者の姫をやっていたら、もらい手がない。いや、一人だけいる。――イディオ様だ。
よけいなお世話だろうが、アレ以外の良縁を見つけてほしいと切に願うし、アレと姫さまが結婚した未来に俺がいると考えると胃が痛い。退職したいが、冒険者には戻れない。むしろ歳をとってからこその定額収入なんだよ。
何しろ護衛騎士は通常の騎士よりも給料が高い。しかも、平民の下っ端騎士の給料となんて比べものにならないほどにだ。だから、なんとしてでも姫さまにはマトモな人と結婚して、のんびりとした暮らしで俺にものんびりとした護衛をさせてほしい。
……なんだけどなぁ……。
俺の隣、御者台に座ってニコニコしながら景色を眺める姫さまを横目で見た。
――しかたない、次の町で御者台の座席部分を豪華にしよう。姫さまは、ずっとここに座り続ける予感がするから。
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