第36話 プリエ・ルミエールの旅~ジャステ伯爵領編2
途中にある農家はまともだった。
畑の作物を見たアダンが直接交渉し仕入れたのだけれど、良心的な価格で売ってくれた。
「町の方へいったんですけど……」
と私が語尾を濁すと、農家のおかみさんは苦笑と言うには苦すぎる、といった顔で笑った。
「……あぁ、うちの領主様は口達者な怠け者が好きだからね。そういう連中を贔屓するのさ。……うちも何度か煮え湯を飲まされて、こないだ『だったらもうこの領を出てくよ! そいつらに農業をやらせな!』って怒鳴りつけてようやく矛を収めたんだよ」
そう言うと、ため息をついた。
「先代の領主様が早くに亡くなってからおかしくなってったんだよ。ろくに調べもしないで一方だけの話を聞いて相手を罰するようになった。おとなしい奴は嵌められて牢屋に入れられたり有り金全部巻き上げられたりで、どんどん出て行って、今じゃろくでなしかソイツらに対抗出来るあたしのような気の強いのしか残ってない。こんな状態で領主様たちはやっていけてるのかね……」
それこそ余計なお世話だけどね、とおかみさんは笑った。
私は、引き締まる思いだった。
たとえ裕福な平民よりも貧乏とは言え私は貴族。こういった平民の本音は聞かない。というか貴族相手に言う平民はいないだろう。
だから、お金はかけられないにしても領民がここまで不満に思わない、出来るだけ出て行かないように統治しないといけないんだと思った。
イディオもおかみさんの言葉を聞いて顔を引き締めている。承認欲求の塊みたいな奴だけど、こういう生の声を聞いたらいろいろ思うところがあるのかもね。
イディオはずっと考え込んでいた。だから私は言った。
「……アンタが友達に忠告したい、って言うのなら止めないけど。ただ、私は無関係だしアンタは公爵家のお坊ちゃまじゃないのは理解して、私と別れてアンタの単独行動で行ってね。巻き込まれるのはゴメンだから。私は姫さまを追いかけるわ」
イディオは私を見たが、すぐに目を逸らした。
「……もちろん、忠告する気などない。きっとわからない、ということがわかるからな。こういうのは……経験やきっかけなのだ。相手がどれほどに真剣に訴えようが、理解する心がなければ届かない、と私は知った」
どこか遠くを見つめながらイディオが言ったので私は返した。
「大丈夫、アンタもわかってないと思うわ。だから忠告しに行っていいわよ。サヨナラ」
遠くを見ていたイディオがこちらを見て顔を思いきりしかめ、
「嫌だね!」
と、吐き捨てた。
領内で一番栄えている、領主の屋敷のある町まで到達した。
――ヤバいわこの町。犯罪者だらけの町、みたいな雰囲気だわ。
住民の、こちらを見る目つきが怖い。
良くて窃盗、悪くて強盗強姦しそうよ!
私は声を潜めてアダンに尋ねた。
「……ねぇアダン。貴方、自衛はどれくらい出来るの?」
アダンも町の雰囲気でその時が来たのを悟ったらしい。
「……実は、魔術ならそこそこ使えるんです」
「攻撃魔術は? ……いいえ、攻撃しなくていいわ、防衛出来ればいい。使える?」
「大丈夫です」
馬のこと以外はオドオドしているアダンがハッキリ言い切ったので、そうとう自信があるのだろう。
「プリエ様は、大丈夫なんですか?」
逆に訊かれてしまった。
「身を守るだけなら大丈夫。あのバカ……イディオは、学園での成績は良かったから、まぁ、大丈夫だと信じたいわ。ダメでも放っておきましょ。まずは馬と馬車を守るのよ!」
「はい!」
アダンがめっちゃいい返事をした。
……と、イディオもこちらに来た。
「アダン、この町はそのまま通り抜けるぞ。速度を少し上げてくれ。プリエは中に入っていろ」
私はイディオを制した。
「ちょっとだけ止まって。馬に魔術をかけるから。あと、私は馭者台にいるわ。前側を守る。そういう魔術が使えるから」
イディオは一瞬考えたようだが、うなずいた。
「わかった。じゃあ、すぐやってくれ。その間は私が警戒する。発車した後は私は後ろの荷台に回ろう」
馬車が止まると私は飛び出し馬に回復魔術を使う。馬は喜びスリスリと頭をこすりつけてきた。あ、鼻水はつけないようにね。
同じく飛び出したイディオは私が馭者台に飛び込んだと同時に馬車の後ろ側に回り荷台に飛び乗ったようだ。
アダンが馬を走らせる。
「スピードを上げて。……これでも私は貴族だから、馬車を止めようとする平民が怪我をしても罪には問われないわ」
本来は紋章入り馬車じゃないといけないんだけど……。こちとら王命で動いているワケよ。王家の威光は存分に使わせてもらうわよ!!
アダンは徐々にスピードを上げていく。
獲物に逃げられると思ったんでしょうね、いかにも盗賊、みたいな連中が叫びながら追いかけてきたわよ。
馬車に飛び乗ろうとしたり、立ち塞がろうとしたり。
それでも一切スピードを落とさないので、襲いかかってきた連中は弾き飛ばされていってる。
アダンが馬車を走らせながらも驚いた顔で私に尋ねた。
「プリエ様、結界魔術の遣い手なんですね!?」
「正直、自分以外の広範囲にかけるのは初めてだから、どれくらい保つかわからないわ。だから、なるべく早くここから脱出して」
「了解しました!」
アダンはさらにスピードを上げた。馬たちも元気溌剌で走っている。
時々大きく揺れるのが怖いわ! たぶん、結界が届かない箇所に賊が飛びついたみたいなんだけど……イディオが撃退に成功しているようで、「ギャッ!」という悲鳴と転がり落ちる音が後方から聴こえたりする。
ようやく町を抜けるかというとき……。
「止まれ!」
領主の私兵が私たちの前に立ち塞がったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます