第37話 プリエ・ルミエールの旅~ジャステ伯爵領編3

 私兵が私たちを拘束しようとしたので、

「これは、次期男爵家当主である私、プリエ・ルミエールとわかっての所業ですか!? 貴方たちでは話にならないわ、伯爵家当主を出しなさい!」

 と、高飛車に宣言した。ちなみにイディオの物真似です。

 見るからに私兵はたじろいだ。


 ……だけど、誰かが、

「たかが男爵家だろ? 領主サマがどうにでも握りつぶすだろ」

 とか言い出したわよ!

 あまりの発言に、私は呆気にとられた。


「……つまり、この犯罪はジャステ伯爵が率先して行っているというわけか」

 イディオがそうつぶやきながら現れた。

「たかが男爵家というのならば、私ではどうかな? イディオ・グランだ。お前らがグラン公爵家を知っているかはともかく……ジャステ伯爵とはパーティで何度か挨拶したことがあるし、ジョゼフ・ジャステ伯爵令息とは知己だ。あの正義の塊のようなジャステ伯爵とジョゼフ殿が卑劣な犯罪行為を犯しているとは思えないが、もしも本当にジャステ伯爵主導のもとにこの犯罪が行われているのなら……そして私たちがここで消息を絶ったのならば、王家や騎士団はどう思うかな?」

「アンタ、今平民でしょ」、というツッコミはしない。

 コイツらは絶対に知らない出来事だもの。


 私兵は真っ青になった。

「う、嘘だ! だいたい公爵家なら、こんな馬車に乗らないだろう!? その服装だって、冒険者の……」

 そこまで言ってから、イディオの『いかにも金持ちの坊ちゃんが冒険者の装いをしました』という出で立ちに気がついたらしい。声がフェードアウトして、黙ってしまった。

 イディオは不敵に笑う。

「お前たちにその理由を話す言われはない。そして、お前たちにそんな口のきき方をされる言われもないのだが?」


 私兵たちが、黙って考えを巡らせている。

 イディオは連中から目を話さず、連中に聴こえないような音量で私とアダンに囁いてきた。

「……プリエとアダンは合図をしたら馬車で逃げ、ギルドに駆け込め。ギルドは領主とは別管轄、平民でも下位貴族でも貴族の不正を訴えられる唯一の機関だ。無理そうならどうにかして騎士団に連絡しろ。騎士団は、たとえ王家であっても不正を許さない。アレは、そういう集団だから。……わかったな?」

 私は返事をせずにイディオを見て、アダンは黙って小さくうなずいた。


 私は私兵に目をやると、息を吐いて覚悟を決めた。

 ――これがジャステ伯爵とやらの主導のもとだろうとそうでなかろうと、コイツらがやっていることは犯罪行為だ。なら、コイツらは私たちを見逃すとは思えない。むしろここで私たちという証拠を消してしまおうと考えるだろう。


 私は声を張り上げて言った。

「ちなみに、親切に教えてあげるけど、平民が平民に対して危害を加える罰則より、平民が貴族に対して危害を加える罰則の方が厳しいからね? 万が一私たちが怪我でもしたら、そりゃあもう大変な騒ぎになるから。ジャステ伯爵が煽動していようと……ううん、もしも本当にジャステ伯爵が行っていたのなら、アンタたちはトカゲの尻尾を切るように『私はあずかり知らぬところで平民が勝手にやったことだ』って言ってすべての罪をアンタたちにかぶせて極刑以上の罪を問われるでしょうねえ。……見せしめに、どんな処刑をされることやら」


 これに効果があり、私たちを囲みジリジリと輪を詰めていた連中がいっせいにひるんだ。

 口々に、「お、俺は知らないぞ。賊かと思ったんだ」「俺だって! 単に見物していただけだ!」「お、俺はむしろ助けようと思ったんだ! だけど無理そうだから退散する!」「待てよ!」「俺も知らない!」と言い訳をしつつ逃げていく連中もいる。

 おぉ、意外と効き目があったわ。……っていうかアンタたち、今までどれだけの罪を重ねていたわけ?


 私兵や破落戸に動揺が走っているとき。

「行け!」

 イディオが叫んだ。

 私はアダンとともに馭者台に飛び乗り、結界魔術をかける。

 アダンが馬の手綱をふるった瞬間。

「アダン、絶対にギルドに着いてね。そして騎士団に事情を知らせる連絡をしてこちらに向かうように依頼してちょうだい。プリエ・ルミエールとイディオ・グランの名を出せば騎士団なら動いてくれるから」

 そう言って飛び降りた。

「プリエ様!?」

「行きなさい!」

 私は怒鳴ると、イディオに駆け寄った。

 ……正直、他人に結界魔術をかけたことがないので、アダンの結界魔術がどこまで保つかわからないんだけど。まぁ、切り抜けるくらいまでなら保つ……といいな。

「プリエ!?」

 残った私兵と斬り結んでいたイディオが驚いている。

「アンタだけ残ってもまずいでしょ! 私は男爵令嬢だけど王家のお墨付きだから、アンタよりも伯爵よりも立場が上なのよ!」

 ……たぶんね。一応、悪さをしている可能性のある伯爵よりは王命で姫さまを追いかけている稀少な魔術持ちの次期男爵家当主の方が偉い、と思いたいわ。


 私は再び結界魔術を張る。

 間一髪、私を襲おうとしていた男が弾かれた!

「言っとくけど、私はガチで稀少な魔術使いだから! アンタらの親分である伯爵サマより王家の覚え目出度いんだからね! アンタたち全員、処刑台に送ってやるわ!」

 怒った数人が私を斬り捨てようとして……弾かれた。よし! 効いてるわ!

 弾かれた拍子に落ちた剣を拾うと、思いきり股間に突きを入れた!

「ギャアアアアア!!」

 ものっすごい悲鳴を上げ、剣を落として股間を押さえて転げまわっている奴をギョッとした顔で見ている数人。そしてその隙をついてまた股間を剣で突く!

「フフフフフ……。伊達に貧乏男爵家で育ってないわよ! 護身術はお手のものなんだから!」

 お母様からの直伝の、急所の打突は私の十八番よ! 護衛を雇う金なんてなくて、自分の身は自分で守っていたからね!


 私を囲んでいた連中はすでに転げ回っていて、囲もうとしていた奴は囲んだ連中の結末にドン引きして固まっていた。

 イディオがその隙に、どんどん斬り伏せている。


 決着がつきそうな頃、

「……いったいなにがあったのだ!?」

 という声が聞こえてきた。

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