第9話 閑話(プリエ・ルミエールの場合3)

 それでつきまとわれなくなってホッとした。ようやく落ち着いて私の平穏かつ安定した暮らしを! ――と思ったのはつかの間でした。


 なぜか、今、私は、バカと一緒に王都を出て姫さまを追いかける羽目になっています。

 現実逃避したい。


 ……なぜこんなことになったかというと……。

 忘れかけた頃に、またバカが現れたのだ。本人、「謝ろうと思った」とか後で抜かしやがったが信じられるか!

「おい」と声をかけてきて腕をつかまれたのでいい加減ブチ切れて突き飛ばしたら、そこにかなりのスピードを出した馬車が突っ込んできたのよ。タイミング悪くバカは車道に倒れ……。

 バカは馬車にひかれてしまった。

 相手が悪いは通用しないだろう。傍目には声をかけられただけだから。私は犯罪者になってしまう、貧乏貴族に生まれ必死で生きてきた私の人生はなんだったんだ――そう絶望したとき、私とバカの身体が光った。

 そして私は気絶した。


 気絶した私は憲兵に捕まったらしいがそのまま救護室に運ばれベッドに寝かされ、目覚めたら何やら偉そうな人たちに尋問され、最終的に王宮に連れてこられた。

 バカに怪我はなかったそうだ。正確に言うと、怪我が即治ったそうだ。

 王宮にいる人たちに聞かされたことは――私の家系、ルミエール男爵家には時々光魔術――しかも稀少な回復魔術の遣い手が現れるのだそうだ。稀少な魔術師が出る一族を平民にしておくといろいろと大変なため、爵位返上が許されなかった。


 そして、私に出現した。出現してしまった。バカを治してしまった。

 私はルミエール男爵家の次期当主に指名された。


 私は泣きながら抵抗した。念願叶って平民になったのに、なんで貧乏貴族に逆戻りしなきゃなんないんだよ!? 不敬罪だろうが知ったことか! そもそもが、バカがつきまとってきたのが悪いんだ!

 さかのぼって公爵家まで責めたてたら偉い人たちは私の狂騒に困惑して、「少々お待ちくださいただ今協議いたします」と言われて何やらごにょごにょと相談し始めた。


 ほどなくして、男爵家の借金をすべて帳消しにし、さらに私の能力発現の祝い金をくれると言ってくれた。

 そして、婚約破棄騒ぎの非は私ではなくグラン公爵家にある、とその場で裁定が下り、お詫び金が公爵家からルミエール男爵家に支払われることにもなった!


 今更感がすごい。

 ただ、目玉が飛び出るほどの金額をもらえるので、私の次代くらいまでなら超貧乏暮らしからはオサラバ出来るでしょう。

 収入よりも支出が多いのでどのみち先細りなんだけど、それはこれから手堅い商売を探せばいい。


 ――と、安心したのはほんの一時だけだった。

 その後私は、パシアン姫をサポートする役目を仰せつかったのだ。

 しかも、バカと一緒に。


 サポートってなんだろう、……遊び相手のことか? ヤだよ昆虫も爬虫類も両生類も嫌いだもん、とか呑気に考えていたらすごいことを聞かされた。

 姫さまは今、冒険者になって旅をしている最中だとか……。

 やんちゃな子だとは思っていたけれど、そこまでやんちゃだったか!

 しかも、冒険者? ……さすが王族。収入なんて気にしたことがないから一番収入が不安定かつ割に合わないのを選んだか。

  と、冷めた頭で考えていた。いや現実逃避だわ。なんでバカと一緒なのよ? 護衛にもなんないだろ。普通に騎士をつけてほしいわ。

「あの……お言葉ですが、イディオ様はパシアン姫に負ける実力ですよ?」

 恐る恐るといった雰囲気を出しつつ、私はズバンと進言した。

 イディオ様は確かに、学園では強い。でも私は、イディオ様がやんちゃな姫さまに負けて泣かされていたのを知っている。

 つまり、型通りの戦いでは実力はあるけれどそれが通じない場合は六つ年下の幼女に負ける弱さなのだと判断した。

 そうしたら……「ここだけの話」として聞かされたのが、姫さまは勇者の血を色濃く継いでいるって話だった!

 あり得ない手違いが発生しまくり幼少期に不幸がある王族は、勇者の力を発現しやすく、通常の子どもとは異なるのだそう。

 その場合、本人の意思を尊重して出来るだけ自由に過ごさせるのだとか。


 ……それで、あぁなったワケ?

 虫とか蛙とか蛇とか素手でつかんで棒きれを振り回す子になっちゃったってか〜。

 さらに重要なのが、『運命が勇者の供を選ぶ』ことだという。

 …………それが私。と、バカなのか。

 納得は毛ほどもしていないけれど、合点はいった。

 姫さまのあの態度。虫や蛙を捕まえては私たちに触れさせようとした行為。あれらは、姫さまが供を選び、慣れさせようとしていたんだ。そういえば時折そんなことを言っていた。慣れる気なんてない! って思っていたけれど。

 そして、姫さまがあぁなっちゃった一端は、お供の護衛騎士のせいなのだとか。

 護衛騎士の彼は、なんでも有名な冒険者だったらしい。騎士団長がスカウトして、彼は冒険者を引退して入団したとか。そして、他の貴族の団員に侮られないように箔をつけ、ついでにマナーも覚えさせるために姫さまの護衛騎士に任命したら……姫さまが影響されてあんなんなっちゃったと。

 そもそも、姫さまの護衛騎士は女性が勤めるはずなのに、平民の元冒険者一人だけとかあり得ない事態だそうよ。

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