第4話 姫さま、ワーグに囲まれる

 ――で。どうしてこうなった?

 俺と姫さまは今、魔物の群に襲われている。


 姫さまが受注した『薬草集め』という依頼は、草原や森に行くしかない。

 町を離れると魔物が出没するが、王都に近いこの町の周辺は、ギルドに依頼された冒険者や騎士団が定期的に見回っているため、そこまでの危険はない。出るのはスライム、せいぜいゴブリンで、俺一人が猪突猛進な姫さまを抱えて戦っても余裕で倒せるレベルだった。


 俺は、遠くまで見渡せる草原へ行くことを選び、姫さまを連れていった。

 もちろん索敵しやすいのはあるが、スライムはもちろんゴブリンも足が遅い。遠くに見えたときに、俺が姫さまを抱えて走ったとしてもぜったいに追いつかれない自信がある。とにかく逃げやすいことを第一としたら草原になる。


 草原に到着した姫さまは野原を走り回り、薬草を見つけては喜んでいた。……むしった草は意外にも合っていたので、驚いた。

 ……姫さまって、実は頭脳明晰なのか? と俺は思った。

 放置プレイでも自力で文字が読めるようになり、図鑑を持ってくる用意周到さがあるし、図鑑を開かなくとも薬草を覚えていて見分けをつけているのだからたいしたものだ。姫さまくらいの年齢の子どもが冒険者になってもこううまくはいかないだろう。ちゃんと育てられていたならば、もしかしたら立派な王女になれたのかもしれない――そう感心していたらば、ふと、姫さまがいぶかしむような顔をした。

「どうしました?」

 と、声をかけた途端に、悪寒がして周りを見渡した。

 あっという間に、ここにはいないはずの魔物――ワーグ魔狼に周りを囲まれていた。

 しかも、一匹だけじゃない、ざっと数えても二十匹はいそうだ。

 ワーグは、単体でもそこそこ脅威だが、群れを成したらその数だけやっかいさが倍増していく。つまり――一匹でも姫さまを連れてだとやっかいなのに、それが二十匹以上だ。


 しくじった、と思ったがどうしようもない。見通しが甘かったというよりも、想定外の出来事過ぎた。道を歩いていたらワイバーンに遭遇しました、のほうがよほど運が悪かったと納得出来る。

 ワーグ二十匹でも、俺一人ならなんとかなる。だが……現在は姫さまと一緒。窮地と言って過言ではない。


 さすがの姫さまも、本物の魔物に囲まれてすくんでいるようだ。

 さすがに命の危機がわかったか。

 これに懲りて二度と冒険者になろうなんて言い出すなよ! 生き残れたらの話だけどな!


 俺は息を吐くと、剣を抜く。

「――パシアン姫。私が連中を引きつけます。その隙に走って町まで向かってください。そして、ギルドにワーグの群れが襲ってきたことを、伝えてください」

 正直、状況はかなり厳しい。俺がワーグを引きつけ損なったら、姫さまの足じゃなくても追いつかれるだろうし、ましてや幼い少女のかけ足では、かなりの長時間引きつけておくか全部倒さなければ姫さまに向かっていってしまうだろう。

 だが、それしか手はない。


 姫さまは俺を見て、うなずいた。

 さすがにこんなときなら聞き分けがいい――と一瞬思ったのに、次にすぐ撤回することになった。

「リーダーとしては、仲間を守らねばな」

「お前は俺の話を聞いてたのかよッ!?」

 つい怒鳴った。

 遊びじゃねーんだよ! 命がかかってんだよ!

 再び怒鳴ろうとしたとき。姫さまは両脇に手を突っ込むと、何かを取り出した。

 俺は舌打ちすると、遊び気分の姫さまに構わずワーグに向かって走り出す。

 最速で、なるべく派手に倒せば、仲間意識の強いワーグは俺を倒すべく向かってくるだろう。

 飛びかかってきたワーグを一閃。

 ……さすが、最高級の剣だな。斬れ味が全然違うぜ。

 さらに剣を振るい、三匹ほど始末したらワーグの群れは案の定俺を標的にしたようだ。

 次々に襲いかかってくるワーグを、次々と斬り捨てる。

 だが、数が多すぎる。囮をやりながらの派手な戦い方じゃ、そのうち押し切られるだろう。

「姫さまッ! 死にたくなけりゃ、今のうちに逃げろ! 遊びじゃねーのはわかっただろ! 二度と冒険者になりたいなんて言うんじゃねーぞ! じゃなけりゃまたお供が死ぬことになるんだからな!」

 姫さまに向かって怒鳴りつけ、今度はワーグに向かって怒鳴る。

「来いよワンちゃんども! 全部まとめてかかってきやがれ!」

 ワーグに言葉がわかるか知らないが、煽られたのはきっちり把握したようで、全部のワーグが俺を唸りながら睨んできた。

 息を整える。

 瞬間、ワーグが一斉に襲ってきた。

 俺は懸命に剣を振るう。だが、さすがに数の暴力に負けそうで、数匹に嚙みつかれそうになったそのとき。


 ワーグが何かに当たってバタバタ倒れた。


 え?


 俺は驚いて油断してしまう。その隙に何匹も襲いかかってきたが――ソイツらもバタバタ倒れた。

 俺は素早く辺りを見回して状況を確認すると、姫さまが特殊な杖のようなものを片手に一本ずつ持っていて、こちらに向けているのがわかった。

 それを操り、次々とワーグを倒していっている。


 …………え?


 見間違いかと思ったが、目をこすり何度かまたたきしても変わらなかったので自失しそうになった。

 いや呆けている場合じゃない。ワーグが姫さまを敵と認識しそちらに向かおうとしたので慌てて追いすがり、剣を振るって斬り捨てていった。

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