第3話 姫さま、冒険者ギルドに行く

 それから数週間が経った。

 俺は、冒険者の準備に追われていた。

 どこへ行くか、安全なルートはどう通れば良いか。

 支給された物品武器防具のチェック、足りない物品の請求。

 護衛騎士を増やしてほしい要望、却下、再度要望、却下。以下繰り返し。

 せめて武術の心得のある侍女をつけてくれという要望すら却下になった。

 ……いやマジで増やせって! 第一、王族なら護衛兼侍女が必ず一人はつくはずなのになんっで姫さまだけいないんだよ!

 俺一人で守り切れるわけねーだろうが! ずっと不寝の番をしろってか!? 無理に決まってんだろうが!

 何度も何度もかけあったが、どうあっても却下され続けた。ここまでくるとこれを機に姫さまを暗殺しようとしているのかと勘ぐってしまうほどだ。そして、頼みの綱の騎士団長にすら連絡が取れなくなってしまった。

 …………さんざん粘った結果、馬車を特注の、これ一台しかないという王族がお忍びで使う馬車が提供されることになった。違う、そうじゃない。


 俺が支度に東奔西走している間、姫さまは王宮に行っていた。護衛をしながら支度が出来なかったので許可を出した連中に言って王宮勤めの騎士に預けたのだが、姫さまはどこかにこもって姿を現さなかったそうだ。

 俺がようやく準備を終えて(諦めたとも言う)姫さまを迎えに行ったとき、『いきなりひょっこり現れた』とか抜かしやがった。――オイ、護衛の仕事なめてんのか。

 姫さまにも説教をしようとしたら、姫さまが意気揚々と「冒険者になる用意をしたぞ。準備は万端だ」と言いだしたので毒気を抜かれてしまった。


 で……とうとう出立することになってしまった。

 俺はこれから処刑台に行く死刑囚のような気分で姫さまに連れて行かれた。くだんの、一台しかないと言われる一見地味だが実は内装と造りに凝っています、という六頭立ての馬車に乗り込み……。

「姫さまは中に入っていてください」

 御者台に乗りやがったぞコイツ。

 俺は邪険にシッシッと手を振ったが、姫さまには通じない。

「こっちがいい!」

 と駄々をこねたので諦めた。

「飽きたら奥に入ってくださいね」

 そう言うと、俺は手綱を握った。


 王都を出てしばらくすると、姫さまは客車に入っていった。

 やれやれ、ようやく飽きたか、と思ったらすぐ戻ってきた。

「ホラ、ケツが痛くなるだろうから、持ってきてやったぞ」

 姫さまが分厚いクッションを抱えてきた。そして自分もクッションを置いてぼふっと座る。

 ……まだ居座るのか。俺は諦め、受け取ったクッションを尻に敷いた。

 姫さまは飽きもせず、終始ご機嫌のままだった。初めて外に出たのでうれしいのだろう。いちいちあれはなんだこれはなんだと尋ねてきた。


 姫さまを御者台に乗せたまま王都からちょっと離れた町まで馬車を走らせ、駐車場に駐めた。

 王都で姫さまが冒険者の真似事をしているなんて知られたら、確実に笑いものだからな。この道中で飽きてくれたらいいのだが……と願っていたが、ダメだったのでしかたなく続行する。

 馬車の中で待っていてほしかったが、予測のとおり「一緒に行く」と姫さまが駄々をこねたので冒険者ギルドまで連れて行くことした。

 ギルドの扉を開け中に入ったら、当たり前だが中にいた連中に注目された。注目された姫さまは、ふんぞり返ってご満悦だ。はいはい良かったねー。

 俺は受付まで歩いて、俺と姫さまを見比べている受付嬢に、

「ギルドマスターを呼んでくれ」

 と、頼んだ。

 ギルドマスターは、俺が冒険者をやっていたときを知っているし、そこそこ仲が良い。受付嬢とはあまり会話をしたことがないが、俺の顔は知っているだろう。だからこそ俺とキョトンとしている。

 俺は、やってきたギルドマスターに耳打ちして相談した。

 ――とある事情で、やんごとなき身分のお嬢様が冒険者になりたいというワガママを言い出し、親も許してしまったのでしかたなく俺が付き添いをやっているとのこと。しかたがないとはいえ、怪我をさせるとまずい、死なれてもまずいこと。

 ギルドマスターは話を聞くとわかりやすく渋面になる。

「……で? どうしたいんだ」

「とりあえず、てきとうに冒険者カードを作ってやってくれ。それを渡して、ちょっと外をぶらついて、なんか草をむしったら気が済むだろ」

 ギルドマスターの問いに俺は雑な回答をした。……姫さまが「魔物を狩りたい」などと言いだしたら本気で『冒険者とはなんたるか』を長々と、それこそ日暮れまで説いてやるつもりだ。

 ギルドマスターが自ら指示し、冒険者カードを作って姫さまに渡したら、案の定姫さまは大喜びだった。

「パーティを組むぞ! 私がリーダーだからな!」

「はいはい」

 お好きにどうぞ。と、投げやりに返事をした。姫さまにはまったく届いてないけどな。

 興奮した姫さまは、さらに続けた。

「依頼を受けるぞ!」

「出たよ」

 思わず俺はつぶやいてしまったが、姫さまは気にせず俺の手をつかみ、依頼の貼ってある掲示板まで引っ張っていった。

「姫さま、冒険者になり立ての者は、最初は薬草集めやゴミ拾いなんかなんですよ。わかっていますか?」

「わかった!」

 わかってねーだろ。

「薬草は、図鑑を見て覚えたし、図鑑も持ってきたぞ! 薬草集めをしよう!」

 意外にも、薬草集めに興味を持ったか。ま、離宮でも似たようなことをやっているからな。

「はいはい」

 しかたがないから薬草集めの依頼を掲示板からむしり取り姫さまに渡すと、姫さまは喜んで受付に持っていった。

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