第2話 姫さま、冒険者になるとか言い出す

 会場は静まり返っている。

 このあとどうなるのか、皆がパシアン姫の行動を固唾をのんで見守っていた。

「……しかたがない。お前は根性なしだからな。ここまで音を上げなかったのをほめてやる」

 姫さまは、嘆かわしいと言わんばかりに腰に手を当て首を横に振った。

(あ、やっぱりあれらは嫌がらせだったのかな?)

 と、俺は思った。

 だが、まぁ、互いに納得するのならいいのかなと考えた。

 だが、イディオ様は納得していないらしい。姫さまの言葉を聞くと、見る間に真っ赤になってぶるぶると震えながら怒った。

「ふざけるな! わ、私がお前を振るのだ! 私が上だ!」

(いや、立場的には姫さまは王族なので上ですけどね。結婚したらどうなるかわかりませんでしたけど)

 俺は内心でツッコむ。だが、姫さまは聞いていない。

「か弱いお前を許してやるぞ! 私は寛容だからな!」

 なぜか胸を張る姫さま。会話がかみ合っていないが、それもいつものことだ。

 ……だけど、意外と単語を知っているな。【寛容】って言葉をどこで覚えたんだろう?

 そのやり取りで、緊張感の漂っていた周囲がなごんだ。他愛ない子どもの喧嘩と受け取ったのだろう。実際、七歳と十三歳の言い合いだ。


 ギャーギャー騒ぐイディオ様を、公爵家の従者がやってきて回収した。子どもの喧嘩とはいえ、言ったセリフはかなりまずい。ついていこうとしたプリエ様は、男爵家夫妻が回収した。


 ――で、その後どうなったかというと。

「私は冒険者になるぞ!」

 とか、姫さまが寝言を言い出した。

「……どうしてそうなるんです?」

 俺が尋ねると、姫さまが一冊の本を取り出し、私に突き出した。

『姫さまの大冒険』

 …………。

「姫さまは大冒険をしなければならぬのだ! 私は冒険者になるぞ!」

 と、姫さまが宣言する。

 姫さま、いつの間にか文字が読めるようになっていたらしい。そして、片っ端から本を読んだらしい。そしてそして、お気に入りの童話を見つけてしまったらしい……。誰に習ったんだ?

 まぁそれはいい。見つけるのもいいんだ。ただ、それはあくまでも童話で、真似をしようと思わないでほしかった……。

 俺がどうやってなだめようかと考えていると、姫さまが厳かに言った。

「イディオとその子分も連れていってやろうかと思っていたのだが、軟弱なのでやめた」

「それはやめたほうがいいですね。向こうは全然望んでいないと思いますし」

 姫さまに即ツッコむと、むぅ、と頰を膨らませた。

「――しかたがないからお前だけで我慢しよう」

 その流れか。だけど、陛下も周りも許さないと思いますよ。


          *


 …………と、思っていた時期も俺にはありました。

 許可が出た。出てしまった。たぶん、姫さまをおとなしくさせるのを諦めたのだろう。

 多少遊ばせて苦労させれば、飽きて帰るか泣いて帰るかするだろうとでも思っているのだろうが……付き合わされる俺の身にもなれよ!!

 あンの猪突猛進暴れ姫が、冒険者の真似なんかしてみろ! モンスターに突撃して死ぬぞ!


 ――俺が姫さまの遊びに付き合わされることになったのは、元冒険者だからだ。

 たまたま騎士団と冒険者ギルドとの合同で大がかりな盗賊の討伐を行ったとき騎士団長に目にとまって、俺は騎士団に入ることになった。下っ端でこき使われることになろうとも定額収入に惹かれて入団したのだが……まさか、護衛騎士に任命されるとは思わなかった。


 そして姫さま……というか王族には勇者の血が入っている。たまーぁに、姫さまのような突然変異が一族に現れるらしい。今さら聞いたのだが、実際過去にも出奔したり冒険者になったりする者がいたそうだ。

 それについていって、場合によっては押さえつける役目が俺だ。たぶん、普通の貴族の騎士だと「恐れ多い」があって侍女のように放置プレイになるんだろうな。

 もっと言うと、平民なら簡単に無礼討ちできるからだろうな。そう自嘲した。

 ……ま、姫さまはあれだけ言ってのけたイディオ様にも気にしない精神を持っているので、俺をどうこうする気はないだろう。第一、俺をどうこうしたら姫さまは唯一の子分をなくすことになる。


 しかたがない、姫さまの冒険者ごっこが許されてしまったので俺は必死で上と交渉し、俺用の最高級武器と防具、そして頑丈かつ上等の馬車、最高級品質の野営道具を用意してもらった。新米冒険者がこんなもんを持っているのはおかしいし初日で飽きて帰るかもしれない遊びに金と準備をかけすぎなのだが、そんなこと言ってはいられない。

 確かに姫さまは王族の中では最底辺の暮らしをしている。だが、そうであっても平民と比べればどれだけ恵まれていることか。離宮で放置プレイだろうが平民……特に冒険者の暮らしはこんなもんじゃないってのがわかっていないのだ。

 初日で泣いて帰ることになるのは万々歳だが腐っても王族、さすがに最底辺の暮らしをさせることはできない。

 というか、これをもってしても今までの暮らしとは雲泥の差になるだろう。

 姫さまは姫さまで何やら用意すると息巻いているが、放っておいた。好きにしなさい。

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