やんちゃ姫さまの大冒険 うちの第三王女、冒険者になるってよ(web版)

サエトミユウ

1章 姫さま、婚約破棄されたってよ

第1話 姫さま、婚約破棄される

「王女パシアン! 貴様にはいいかげん愛想が尽きた! 婚約を破棄する!」

 ……と、公爵家令息のイディオ様がパーティ会場で怒鳴った。

 姫さまは首をかしげている。言っている意味がわからないのかもしれない。

 姫さまだけでなく、他の招待客も意味がわからないだろう。

 たかが貴族風情が王家の者に「愛想が尽きた」「婚約破棄だ」などと怒鳴りつけているのだから。


 イディオ様はさらに凶行に及んだ。

 そばに立っていた令嬢の腰を引き寄せ、こう叫んだのだ。

「私だけでなくここにいるプリエにまで数々の嫌がらせをしてきただろう! もう我慢がならん! 貴様とは婚約破棄をして、この可憐なプリエと新たに婚約を結ぶことに決定する!」

 …………姫さまは、首をかしげたまま口を開けて呆けた。

 気持ちはわかるけど、もう少し取り繕ってください姫さま……いや、それができるなら婚約破棄などされないか。


          *


 俺はアルジャン。第三王女パシアン姫の護衛騎士だ。

 そして、護衛……もはやお守りと言っていいかもしれないが……として、そばに控えていた。


 パシアン姫は王家の末っ子として生まれた。上に男三人、女二人いる。

 ひょっこりと生まれた、という表現しか出来ないパシアン姫は、上の兄姉とは歳が離れている。

 容姿も微妙に異なっていた。パシアン姫以外は輝く金髪と夏の空の瞳を持っているが、パシアン姫は金髪……とは言い難い、むしろ灰色のほうが近いくすんだ金髪だった。瞳も、ところどころ青いが金色がベースだ。顔立ちはかわいらしいが、親兄姉に比べると王族らしい落ち着いた感じが完全に抜け落ちている。

 そして、なかなかに放置されていた。

 甘やかしている……と表現したいのだが、放置されているとしか言えない。

 まず、上の兄姉を育て上げた乳母が高齢で代理を頼んだのだが、かなり大ざっぱな乳母がやってきて雑に育てた。

 次に、普通なら幼い頃から教師がついて王女として教育されるはずなのに、されなかった(姉たちについた教師は亡くなっていたが、行き違いで次を探さなかったらしい)。

 そして、まともな侍女がつかなかった(姉たちは周辺国の王子に嫁ぐため、めぼしい侍女はそちらに全て行き、残ったのはさすが選ばれなかっただけあるな、という性格の持ち主だった)。

 とどめに、護衛騎士は俺一人で(他の兄姉は複数人がついている)、しかも俺は平民上がりだ。


 こんな環境で育てられた王女がマトモに育つか? ――育つわけがない。

 乳母も侍女も姫さまをほぼ放置、教師もつかずにマナー知らず。そして平民の護衛騎士が一番接する人間ときたもんだ。

 結果――パシアン姫は、たいそう腕白に育った。

 ミミズや虫を素手でつかんで見せに来たり、カエルやヘビを捕まえて見せに来たり。

 棒を振り回して剣術の真似事をしたり、野草や木の実をもいでその場で食べたり。

 俺も小さいころはこうだったなぁ、と、遠い目をしてパシアン姫を見た。

 きらびやかなドレスは毎日泥だらけになるしどこかしら破くので、侍女がヒステリーを起こし、俺は知人に頼んで姫さまのサイズの平民服を手に入れ、姫さまは自分でそれを着て毎日暴れ回っていた。

 擦り傷切り傷をどこかに作るが侍女は手当てをしようとしないので、俺は上にかけあって王族が使用する塗り薬を手に入れて俺が治療した。

 ……王女の腕が傷だらけって、さすがにまずいだろう。場合によっては護衛である俺の首が飛ぶ案件だ。

 万が一そうなったら俺は事情を話して、なんもしない侍女を突き出すつもりだけどな!


 俺がパシアン姫の護衛になったのが姫さまが三歳のときで、五歳のときに姫さまの婚約者が決まった。

 それが今怒鳴っている公爵家子息イディオ様だ。見合いの席に同席したが、最初から相性は最悪で、イディオ様はマナー知らずの姫さまを見下していた。

 当時のイディオ様は姫さまより六つ年上の当時十一歳。『お坊ちゃま』と表現するのがぴったりで、姫さまの遊びにまるでついていけなかった。

 捕まえた虫や蛇、蛙を姫さまに見せに来られては泣きわめき。剣術ごっこでは負けては泣きわめき。


 ……俺から見たイディオ様は、チヤホヤされたがっている典型的甘やかされたお子さまだった。周りがそういう人間ばかりなのだろう、姫さまをあからさまにバカにし自分はすごい人間なのだから敬い従うようにと常に言っていた。

 対して姫さまは、彼の言うことを半分以上聞いておらず、また、言葉の理解はまったくしていなかった。

 イディオ様のことは新しい遊び相手……もっというと自分の家来だとしか思っていなかったのだろう。ちなみにその分類には俺が含まれる。

 とにかく遊びたがり、嫌がらせを超えてイジメの域に達するほどにイディオ様を泣かせていた。


 そして、俺も含めた周囲はそんな二人を微笑ましく見ていた。

 姫さまがかなりやり過ぎの気はしなくもないが、生意気な小僧……失礼少々お高くとまりすぎているイディオ様が普通の子どものように泣いていて、懲りずに姫さまにいばりちらして、また姫さまに泣かされているのを「仲が良いなぁ」とちょっと遠い目をしながら思っていたのだった。


 ――王家も公爵夫妻も、恐らく自分の子どもを問題児だと思っているだろう。というか問題児なんだが。

 姫さまとイディオ様が互いに良い刺激になり、互いに態度を改めてくれればと願っていたのではなかろうか。


 けっきょくそれは儚い夢……いや危険物をまとめて放置してどうにかなったらいいな、という楽観的な問題先送りでしかなく、イディオ様はあからさまに自分をヨイショしてくる一見従順な令嬢にコロッとだまされ、今ココに至っている。


 ただし、嫌がらせは事実だ。

 イディオ様がプリエ男爵令嬢を連れ回し姫さまの前に現れたとき。

『家来がさらに家来を連れてきた』と思った姫さまが、いつものようにイディオ様に、そしてそのまた家来であるプリエ様にカブトムシを見せ、さらにプリエ様の服にブローチのようにしがみつかせた(本人は家来認定の証しとしてくっつけた)ことが最初にあり、それから幾度となく二人に同じようなことをしでかしている。

 俺としては、イディオ様は一人で姫さまのイジメを受け続けるのが苦痛すぎたので避雷針として彼女を用意したのかな、と勘ぐったりもした。

 だが、姫さまには悪気がないのでどうしようもない。そして俺を含めた周りは誰も姫さまを止めない。正直、どっちもどっちだという感想だ。

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