第33話 護衛騎士、王子と話し合う②
俺はだんだん腹が立ってきて、思わず第二王子に突っかかってしまった。
「失礼を承知でお聞きします。――それほどまでにかわいがっているのなら、なぜパシアン姫にあんな仕打ちをされていたのですか?」
俺の厳しい視線に第二王子がとまどった。
「あんな仕打ち、とは?」
「まともな侍女も教育係もつけず、離宮で放置。……どちらもほぼ世話をしていませんでしたし、最後の方は姿も見せませんでした。平民で護衛騎士の俺が一人でほとんどの世話をしていた状態です。さすがに入浴はまずいと思ったので、姫さまに頼んで自分で入れるようになってもらいました。――これが王族の普通なのですか? 上の姫さまたちも同じような目に遭っているのですか?」
俺の話で、第二王子の顔色が変わった。
だが俺は続ける。
「姫さまは野良の犬猫ではありません。寄ってきたときに構ってかわいがるのは――」
「待て。今言ったことが信じられん。そもそも、そんなことがあっていいはずがない!」
俺の言葉を遮って第二王子が叫んだ。
「我々は王族だぞ!? しかもパシアン姫は歳の離れた末っ子だ。多少甘やかしてもかまわないだろうと兄弟で話していた。ゆえに、教育係も厳しくない者を選抜したはずだし、侍女も優しく気が利く者を選ぶように手配したはずだ。私は直接指示していないがそう話し合っていたし、父も母もそうしようと言っていた」
第二王子の話を聞いて、やはり王族は姫さまを甘やかそうとしていたのがわかる。姫さまも嫌っていないどころか懐いているし。
……じゃあ、あの仕打ちはなんなんだよ!? 姫さまは気にしちゃいないが、それこそ王族に対する扱いじゃない。
「……ジルベール王子殿下の話からすると、王族の方々が直々に姫さまにつらく当たったのではないとわかりましたが……」
「当たり前だ!!」
俺の言葉に第二王子が憤った。
ですが、と俺は続ける。
「私がパシアン姫の護衛騎士の任に就いたのが姫さまが三歳の時です。その時点でかなり酷かったのですよ。ほとんど放置状態です。そもそも、幼い末娘とはいえ王族の護衛が平民上がりの男一人ってあり得なくないですか?」
第二王子がぐっと詰まった。いや、言い負かしたいわけじゃないんだけど。
俺はため息をついてさらに続ける。
「いくら護衛騎士とはいえ私にも訓練や休憩がありますので、姫さまに四六時中ついて回っていたわけではありません。ですので私は姫さまが陛下や王妃殿下、王子殿下かたがたと仲良くされていたことを知りませんでしたし、なぜ姫さまが自分の窮状を訴えなかったのもわからないのですが――ただ、交流があったのならば、姫さまの状態にもう少し気に懸けていただいても良かったのでは……と愚考します」
俺が見据えると、第二王子は口をはくはくと開閉したあと、ガックリとうなだれた。
「……ずっとついていたお前がそう言うのなら、そうなのだろうな」
第二王子がポツポツと話し始めた。
「そして、面倒をみてくれていたお前からしても、私自身が今聞いた話からしても、パシアンに対する仕打ちは王族としては考えられないし、私たち家族の誰かが少しでも目を配っていれば防げたはずだ。だが――パシアンが勇者になったのは、そういうことなのだ。パシアンが生まれる少し前からいまだかつてない被害が出始めた。それに王族全員が対処に当たっていて、本当にそんな暇が無かったのだ。私も、王宮で業務をこなしたらすぐに地方に出かけ視察や討伐に明け暮れていた。今では野営の方が王宮に滞在する時間より長いし、婚姻を早めて良かったと思えるほど今は余裕がない。妻の顔も、数ヶ月に一度見れば良い方だ」
第二王子が何やらブラック勤務について語り始めたぞ。
……それを言われるとつらい。いや、第二王子を責めるのはそもそもお門違いかもしれないけどさ。
「姉たち第一王女第二王女も、隣国の嫁ぎ先から友軍を出してくれているし、母上が倒れてからは時々一時帰国し執務を手伝ってくれている。隣国も、この国が斃れると次は自分の国だからな、わりと融通を利かせてくれているのだ。そんな中ではどうしてもパシアンの待遇の確認は後回しになる。パシアンも特に何も言わず懐いてくれていたから――貴族らしい反応ではなかったが、それがまた愛らしく、皆が癒やされていた。『このまま無垢に育ってくれれば』と家族全員が願っていたかもしれない」
第二王子の語りを聞いた俺はつい、天を仰いだ。
…………姫さま~。
姫さまのあのかわいこぶりが、むしろ姫さまの待遇改善の阻止につながっていましたよ!
俺は顔を戻すと息を吐き出した。
「王族の方々の激務を知らず、不敬な発言を申し上げてしまい誠に申し訳ありませんでした。いかような罰もお受けいたします」
俺が頭を下げると、第二王子は手をひらひらと振った。
「よい。パシアンの唯一の護衛騎士であり勇者の供であるお主に罰を与えるつもりはないし、むしろパシアンの離宮での状況を教えてくれて感謝する。城に帰ったら確認しよう。仕える主君を想い忠言するお前へ、パシアンに代わって礼を言う」
「もったいなきお言葉」
よかった、減給とかされなくて!
内心で胸をなで下ろし、俺は最初の話に戻した。
「それで、姫さまの供の件ですが……。ぜひとも護衛の心得のある侍女を一人はつけていただきたく思います。パシアン姫はずっと侍女のいない生活でしたので一人でなんでも出来るのですが、今後を考えると侍女は必須かと愚考します」
「わかっている。それも、城に戻ったらすぐに手配しよう。……私もお前に頼みがある」
第二王子はうなずくと、俺に向き直った。
「パシアンに、離宮に戻るように言ってくれ。……私が言うと丸め込まれる」
第二王子がつらそうに言った。姫さまは、第二王子の中ではとっても愛らしい妹なんだろうね。実際、おにいの前ではかわいい感じだったものな。うちの妹の俺に対する態度と比べても、姫さまのかわいこぶりはかなり〝兄殺し〟って感じになっていた。
第二王子の頼みを聞いて、今度は俺がうつむいた。
「…………護衛騎士の分に余ります。私としても戻ってほしいですし、旅立った当初はすぐ戻ると思ったのですが…………。恐らく姫さまは、『冒険者になる』と言いだしたときにはすでに勇者としての自覚があり、冒険者は口実で、実際は勇者として魔王や魔物の状況、他にはかつての勇者の供の現状、そしてこの国の危機状況を視察して回る考えだったようです」
第二王子が絶句した。
「姫さまに、出来るかぎり無用な戦闘は避けるように忠言いたしますし、まずは勇者の供を探しかつての勇者の供の子孫の現状を探ることを優先するよう姫さまに進言いたします。ですが……そもそも姫さまは私が思うよりもかなり聡い方ですし、勇者としてのふるまいも素晴らしく思います。そして……姫さまから告げられてはいませんが、私もまた〝勇者の供〟として選ばれたのだと自覚しております。ならば、姫さまが
俺が口上を述べると、第二王子は頭を抱えてしまった。
「ですので、護衛の増員をぜひともよろしくお願い申し上げます」
「…………わかった」
頭を抱えたまま、第二王子は返事をした。
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