第34話 姫さま、王子と別れる

 天幕外に控えていた騎士に声をかけた後、姫さまのもとに向かうと……第二王子の護衛騎士が何やら騒いでいた。

 そして俺を見つけて駆けよる。

「パシアン姫が、消えました!」

 マジかよ!

 ……いや、もしかして、認識阻害の護符か? 俺がそばにいないときは貼れって言ったから貼ったのか?

 俺は念のため馬車の中を覗くと……姫さま、いたよ。おとなしく本を読んでいた。

「姫さま。護衛の者がそばにいる場合は、認識阻害の護符を貼らずとも良いのですよ」

 俺が声をかけると、姫さまはパタンと本を閉じてこちらを向いた。

「うむ。少々ウザかったので本を読みながらアルジャンを待っていようと思ったのだ」

 ウザい? どういうこと?

 俺がハテナ?という顔をすると、姫さまが説明した。

「あの者たちはおにいの命令を絶対だと思っているし、おにいから私の話を聞いていたのだろう。私を心配してガッチリくっついて離れない上に、虫を捕まえようとするといちいち止めるのだ。さすがに騎士団員ともなると虫を突き出しても恐れないし……。しかたなく、まいた」

「何もしかたなくありませんよね」

 即ツッコんだ。

「姫さま? 公私を使い分けるのですよね? ならば、おにいの護衛騎士の顔を潰すような真似はおやめください。姫さまを守るのは王族に仕える者としての使命なんですよ、わかりますか?」

「……うむ」

 俺が説教をするとしぶしぶうなずく姫さま。

「ほら、謝りに行きますよ」

 俺が促すと、姫さまはしぶしぶ馬車から出てきた。

「馬車におられましたか……!」

 第二王子の護衛騎士たちがものすごくホッとした顔をした。

「わが主であるパシアン姫が第二王子の護衛騎士のお二人にご迷惑をかけて申し訳ありません。どうも一人で本を読みたくて隠れていたようです。……ホラ、姫さま」

「……ゴメン」

 ぶすっと膨れたまま謝る姫さま。

「いえ、ご無事で何よりです」

「パシアン姫に何かありましたら、ジルベール隊長がたいそう嘆かれますので」

 第二王子の護衛騎士たちが朗らかに言った。……確かにたいそう嘆きそう。

 姫さまも、それがわかったのだろう。ちょっとばつが悪そうな顔をした。


 第二王子率いる騎士団は、森にいたジェアンフォルミをすべて退治したそうだ。さすが。

 巣穴も見つけ、冒険者に依頼して巣穴からジェアンフォルミが出てこないかを確認するらしい。そして、巣穴近辺には柵を張り、毒を撒いたことがわかる看板を立てたそうだ。尻拭いをさせてしまったな……とはいえ姫さまのせいだから、第二王子は嬉々としてやってくれただろう。


 後始末も見届けたので、俺と姫さまは第二王子のもとへ別れの挨拶に向かった。

「おにい、がんばってね。姫もがんばるよ!」

 小さくガッツポーズする姫さま。

 ……本当に、家族の前でだけはかわいくなるよなぁ。ふだんからやってくれればあの離宮の侍女たちだって陥落したんじゃないか? ……いや無理か。アレらは最初ッから姫さまをナメきっていたもんな。

 姫さま付きの侍女には通用しなかっただろうが第二王子には簡単に通用する。とたんにデレッとする第二王子。デレッとしつつも懊悩しているようだが……。

「危なくなったらすぐに戻ってくるんだぞ? 離宮に住むのが嫌なら私の妻の実家に行くといい。侯爵家の侍女は優秀だし、妻の両親にも話をしてある。パシアンをかわいがってくれるぞ」

 第二王子がパシアンに諭すように言った。

 ……確かに、離宮に戻っても待遇が変わらないようならばいっそ侯爵家にお世話になった方がいいとは思う……が、姫さまは第二王子が思うような姫ではない。いや、わかっているのかわかってないのかは知らんけど、深窓の姫とか思っていたら大間違いだからね、虫とか蛙とか蛇とか捕まえちゃうからね? 義両親、ひっくり返っちゃうよ?

 姫さまはだいじょぶを繰り返し、俺はくれぐれも侍女と護衛の件をお願いしますと念押しして別れた。


 馬車を走らせながらため息をつくと、姫さまが俺をじっと見た。

「おにいに侍女を頼んだのか?」

「頼みました。……姫さまは気にしておられないかもしれませんが、姫さまの待遇は王族として異常です。貴族としてもあるまじき扱いでしょう。騎士団では侍女の斡旋などできませんし、そもそも護衛騎士の増員も私は何度も頼んでいるのですが……誰かが阻止しているのかいっこうに受諾されません」

 姫さまに答えると、再度ため息をつく。

 ……なんとなく、第二王子に頼んでも侍女が来ないような気がするんだよなぁ。気のせいだといいんだけど……。いくら多忙な第二王子とはいえ、かわいい末妹のためならば時間を作って侍女を捜し出してくれるだろう。そう信じたい。

 そんなことを考えていると、姫さまが俺をポンポンと叩いた。

「別にいいじゃないか。今でも二人でやっているのだから。道中で侍女みたいな勇者の供が見つかるかもしれないぞ?」

 慰めてくれているんだろうけどね……。

「姫さま。私はそんな野良の侍女よりも、第二王子のお眼鏡にかなった戦闘訓練および侍女の教育を受けたプロフェッショナルに姫さまをお任せしたいのですよ。わかります? 姫さまは勇者ですが、その前に王家の姫なのですからね?」

 俺がキリッと言い返し、姫さまがたじろいた。

 ……もしかして姫さま、侍女がいない方がいいって思ってるってことないよな?

 いやそんなことはないよな。侍女がいればいろいろやってもらえるし気を配ってもらえるものな。お世話する者を自分で遠ざける理由はない。侍女にいい思い出がないから、なんとなく派遣されてきた侍女に良い印象を抱かないだけだろう。きっと。

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