第16話 姫さま、襲われた馬車に助勢する

 しばらく道を進むと、姫さまがピクリ、と動いて前方を凝視した。

 遅れて俺も気がついた。何やら揉めているような声が風に乗ってかすかに聴こえてきている。

 俺はしばし悩んで、しぶしぶと伝えた。

「……恐らく、前方で何か争いが起きているようです。巻き込まれるのを避けるには、引き返したほうが……」

「もちろん助太刀する!」

 だよねー。皆まで言わせてもらえず即答された。

「……こちらも襲われるかもしれませんよ? 特に馬車」

 俺が言ったらとたんに姫さまがゴソゴソとマジックバッグを探り始めた。

「うーむ……。守りの札か……。気休め程度だが、ないよりマシか」

「すごく便利そうな名前ですけど、気休め程度なんですか?」

 姫さまの独り言を聞いて質問をしたら、こちらを見た。

「結界の護符だが、お前くらい強いやつが攻撃したら、たぶんダメだ」

 俺は普通よりちょっと強いくらいだから、わりとダメだな。

「あと、何回か攻撃をくらうと壊れる」

「気休め程度ですね」

 俺は姫さまの言葉に同意した。

 目くらましの札のほうが効果が高いな。だが、あれも認知されると効果がなくなるのでそう万能でもない。

「でも、たくさんあるから使おう。使いみちもあまりないしな」

 札を車輛に貼り、俺は馬を走らせた。

 確かに、結界防護の札だな。けっこうな勢いで走らせているが、風を感じない。

 あと、防護の効果なのか、揺れも抑えられているようだ。この勢いで走らせているのなら、いくら高級馬車とはいえけっこう揺れるはずなのだが、ほとんど感じない。


 結界防護の札の威力を堪能しつつ馬車を走らせていると、前方に何か見えた。

「そういえば、ここに嫁いだ辺境伯の令嬢は、勇者の供の子孫だった気がする」

 唐突に姫さまが言い出して驚いた。

「伯爵家に辺境伯の令嬢が嫁いだのですか?」

 俺が尋ねると、うむ、とうなずいた。


 ――この国は、近隣国よりも歴史が浅い。

 なぜなら、勇者が魔物を退治し平定し、その脅威から再び守るようにと勇者に与えられた国だからだ。

 勇者の供や一緒に戦った者たちはこの国に移住することになった。魔物の脅威から守るようにってことでだ。

 ただ、一緒に戦ったからといって強いとも貢献したとも言えない。

 単に戦いの場にいた、ってだけだったり、ぶっちゃけ上位貴族になれるからという理由や、元の国で政権戦争に負けたのでこっちで幅をきかせてやるという理由でこの国の貴族になった、って連中もいるだろう。

 ただ、勇者の供は貢献したと聞いた。回復魔術を発現させたプリエ様は、恐らく勇者の供の子孫だと思われる。

 辺境伯ともなると、近隣国と魔物の出没地帯、両方の脅威からこの国を守る要となる。そうとう強かったんだろう。

 だから、『辺境伯の令嬢が伯爵家に嫁ぐ』などというおかしなことに驚いた。

 辺境伯の一族は、その一帯を守るために一族全員で鍛え、戦って防衛する。

 たとえ自身が戦えない令嬢だとしても、強い婿をとって国境を支える軍の一員となるので一族が領地から出ることは無いと聞いていた。

 ……なのに、伯爵家に嫁いだって?


 俺はため息をついた。

 ……正直、この国ってわりとめちゃくちゃだよな。

 歴史ある国なら政治とは上の連中の利己で動かしていているもので、膿が溜まりまくり国の中心は真っ黒に濁っている、って言われてもわかるけど、歴史が浅いのにすでに利己で動かしていていろんなことがうまく機能していないってさ、平民の俺から見てもヤバいって思うよ?

 この国が成り立った歴史と現在の脅威があるから近隣国は手を出さないだけで、そういうの取っ払ったらあっという間に近隣諸国の餌食になると思うけど。

 まぁ、強い連中がそろっているのは確からしいけどさぁ。

 俺が冒険者の時代、よその国から流れてきた冒険者連中が驚いてたもんな。つーか、お前らが弱すぎるんだろって思ったけどよ。


 そんなことを考えているうちに前方で何が起こっているかを視認できるところまで近づいた。どうやら馬車が賊に襲われている様子だ。

 俺たちの馬車が突っ込んでいくと、全員がこちらを見る。

「冒険者アルジャンだ! 助勢を望むか!?」

 俺は姫さまがなにか言い出す前に声を張り上げた。

 当然のことながら姫さまは冒険者の決まりごとを知らない。頼まれてもいないのに勝手に首を突っ込むと、感謝されるどころか相手に『獲物を横取りされた』と訴えられても文句は言えないのにさっそくやらかしそうだったので、先に怒鳴った。

 姫さまはむぅ、とむくれたが、

「なるほど。まずは相手の意向を尋ねるのが冒険者のお作法なのか」

 と、うなずいた。

 さすが。やはり姫さまは賢い。あの元婚約者辺りならわめき暴れるだろうからな。

 と、感心したら続きがあった。

「だが、なんでお前の名前を叫んだんだ! 私がリーダーだぞ! 今度から私の名前で助勢を求めろ!」

 とか、子どもっぽい理由で叱られた。

「はいはい。じゃ、チーム名を考えておいてくださいよ。今回は、元冒険者である私の名前の方が通りがいいから言ったまでですから」

 姫さまはなるほど、とポンと手を叩いた。

 そんな話をしている間に、賊が剣を振りあげながらこちらにやってきていた。

 馬車の中から叫び声が聞こえた。

「こちらはジャステ伯爵の馬車だ! 助勢を頼む!」

 よし。最悪賊を押しつけて逃げ出すかもしれなかったが、さすが貴族の馬車だった。

 この国の貴族となったからには、平民を見捨てて自分たちだけ逃げたら面子が立たないもんな。お国柄的にな。

 その声を聞いたからか、単に近づいてきたので獲物と見たか、賊が数人こちらに向かってくる。

 馬を狙ってきた賊に、姫さまはためらいもなく魔法銃を撃ち込んだ。

 ……マジでさすが。眉間を撃ち抜き、賊は吹っ飛んで死んだよ。

 さて、俺はどうするか。俺が守るべきは姫さまなのだ。

 だが、姫さまは冒険者ごっこを楽しんでいて、姫さまの胆力と勇者グッズがあればこの場は任せてもいい。

「姫さま、防護の札はどのくらい保ちますか?」

「こやつら程度ならやすやすとは突破されない」

 魔法銃を駆使しながら姫さまが答える。

「では、助勢してまいります」

 俺は馬車から飛び降りると剣を抜き払い、賊に斬りこんでいった。

 雑魚をなぎ払いつつ、リーダーを探す。

 ……で、探した結果。

 俺が剣を突きつけたのは御者だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る