第17話 姫さま、主犯を懲らしめる

 馬車に乗っていたのは、ジャステ伯爵家の子息だった。 御者は、子息をさらい、ばく大な身の代金を要求するつもりだったそうだ。

 ジャステ伯爵子息は御者をにらみつけ、問いただす。

「……それは、誰の差し金だ?」

 俺はその言葉に引っかかりを覚えた。

 御者は、誰かに命令されてやらかしたと言ってはいなかったからだ。

『金欲しさにやった』と言ったし、俺の見立てでは本当のことを言っている。誰かの差し金だったらもっと違う嘘をつくはずなのだ。

 案の定、御者はキョトンとした。

 ジャステ伯爵子息は御者の態度にいらだったように、さらに言った。

「正直に言え! もしも誰の差し金かを正直に言ったら、刑を軽減……」

「待ってください」

 俺は遮った。

 ジャステ伯爵子息が今度は俺をにらみつける。

「なんだ!? 何の用だ!?」

「勝手に刑罰を軽減する取り引きを犯罪者に持ちかけ、有利な偽証をさせるのは犯罪です。もっと言うなら共謀したと疑われても文句は言えません」

 俺がそう言うと、ジャステ伯爵子息は激昂した。

「なんだと!? 貴様、平民の冒険者風情が偉そうなことを言うな! しかも、言うに事欠いて共謀しただと!? 僕は殺されかけたんだぞ!?」

 俺は逆に落ち着いて答えた。

「コイツは、身の代金目的でジャステ伯爵子息をさらおうとした、と白状しました。つまり、殺す意思はなかったということです。そして、私が発言を遮ったのは貴方のためを思ってです。私は、この件に関しての供述を求められた際に正直に告げます。金欲しさに襲ったと白状した男に、『刑を軽減するから誰かの差し金だと言え』と迫っていたと」

 ジャステ伯爵子息が激怒のあまり、真っ赤になった。

 だけど、これは許されない。

 心当たりがあるから言っているのかもしれないが、こういった貴族のやり方でえん罪が多発しているのだ。


 冒険者等の魔物退治を請け負う職業は優遇されているため、ある程度ギルドに貢献している冒険者なら不公正な裁きや冤罪にギルドが介入してくれる。

 それがあったからこそ冒険者時代の俺は、冤罪に巻き込まれたり陥れられたりしたとき、なんとか事なきを得たのだ。じゃなけりゃ、やってもいない罪で今頃は土の中で呪詛を吐いていたことだろう。

 だから俺は、こういった不正は絶対に見逃さないようにしている。絶対にだ。


「……坊ちゃん、もし坊ちゃんが考えている相手の差し金だって言ったら、罪を軽減してくれるんですかい?」

 と、卑屈な顔でジャステ伯爵子息を見ながら御者が言い出した。

 ……この言い方で、ソイツの差し金だって言ったって偽証以外にないだろ。

 俺は呆れたし、ジャステ伯爵子息もさすがにそう言われたら素直にうなずけない。

 というか、このやりとりでソイツが捕まったとしたら、俺は絶対に報告するからな!

 冒険者は仮の姿で、俺の籍はまだ騎士団にあるんだ。

 この国では、騎士の報告は貴族の証言よりも重くおかれる。理由は冒険者と似た感じだが、さらに『騎士は不正をしない』という前提になっているからだ。

 ……なんか、勇者の魔導具で選定されているらしいよ。役職を得る際にも必ず勇者の武器を持てるかを試されるし、騎士団長選定も、騎士団長専用武器防具を操れるかで決まるらしいし。

 というわけで、簡単にはもみ消せないからな?


 そんなことは露知らず、御者はジャステ伯爵子息に迫った。

「さぁ坊ちゃん、誰の差し金なんですかい? ……金を積んでいただけるなら、さらに口が滑らかになりますぜ?」

 ここまで言われて、ジャステ伯爵子息はさすがに鼻白んだ。

「……誰の差し金かは、お前から聞きたい。あと、それは本当のことなのか?」

 などと抜けたことを言いだす。どう考えたって本当なワケねーだろが。

 ニヤニヤと余裕の顔で御者が答える。

「坊ちゃんの考えている奴で合ってますよ。えーと、名前はド忘れしたなぁ。なんでしたっけ……」

「その前に言っておくが、それが偽証だった場合、言ったお前はさらに罪が重なってより重罪になるからな? ついでに坊ちゃん、アンタも無実の人間を陥れた罪で告発されるから。証人は俺だ」

 俺が言い放つと、坊ちゃんと御者が固まった。

「さっきも言ったとおり、刑罰を取り引き材料にして虚偽の告白をするのもさせるのも重罪だ。俺はそんな連中をたくさん見てきて、実際に何人も牢屋送りにしているよ。――で? なんだっけ? 罪を軽減させるから、坊ちゃんの考えている奴の差し金だって告白するって?」

 坊ちゃんは固まったままで、御者はウロウロと目を泳がせている。伯爵家の従者や護衛はどうしていいのかわからずにオロオロしていた。


 最悪、全員と斬り合いになるかもしれないなと考えたときに、トテトテとやってきたのは姫さまだった。

 俺は血の気が引いた。

 なんで出てきたんだ!? 馬車で待ってろって……言ってなかったわ! クソッ! 油断した!

 俺が焦って取り乱した一瞬。

 御者が姫さまに飛びかかってしまった。

「姫さま!」

 俺は御者に斬りかかるが間に合わない――御者が姫さまの首に手をかけようとしたとき。


 バチッ!

 と、ものすごい音を立てて御者の手が跳ね飛ばされ、御者があお向けに泳ぐように倒れかかった。


 パン!

 と、姫さまは冷静に魔法銃で御者の眉間を撃ち抜く。


「「「「あ」」」」


 全員の声がそろった。

『誰の差し金』問題が棚上げになった瞬間だ。

 御者はもう罪を軽減してもらう必要がなくなり、そして告白することも出来なくなった。

 なんとも言えない空気が流れる中、姫さまは朗らかに言った。

「チーム名を考えたぞ!『勇者パシアンとそのお供』はどうだ!?」

「チェンジで」

 俺は間髪入れず答えた。


 現場は混乱していた。

 だから俺の迂闊な発言も、姫さまの迂闊なチーム名も聞き流してくれたかなーと期待したがダメだった。

 坊ちゃんは聞き流したようだが、従者が特に聞き逃さなかったようだ。

「……どうやらワケありのようですが、なぜ冒険者の真似事などをなさっているかお伺いしてもよろしいですか?」

 慇懃無礼に尋ねてきた。

「…………お遊びにつきあっております」

 と、声をひそめて伝えたら、同情の目で見られた。それはそうだよな。


 従者同士で話をつけた。

 曰く、ジャステ伯爵家にも複雑な事情があり、ジャステ伯爵子息は誰の差し金かを疑う環境にあるのだと言う。

 今回は御者の独断のようだったが、その事情を汲んで今回の坊ちゃんの発言は見逃してもらえないだろうかということだ。

 恐らく従者は、俺の身分を平民の冒険者ではなく騎士だと踏んだのだろう。

 俺も、護衛騎士としてはあまり首を突っ込むわけにはいかないのでうなずいた。

 その鍵になるはずだった御者を姫さまが殺しちゃったしね。


 姫さまは坊ちゃんに何やら責められていたが、無視をしてその辺にしゃがみ込んだと思ったら潜んでいたヘビを捕まえたらしく、持ち上げて坊ちゃんの眼前に突きつけた。

 悲鳴をあげて逃げる坊ちゃんを追いかける姫さま。うん、相変わらずの通常運転でさすがだな。そして坊ちゃんよ、ヘビと死体と比べて怖いのはヘビなのか。そうなのか。

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