第52話 プリエ・ルミエールの旅~アニキ救出編2

 中に入ってわかった。

 視界を遮っていたのは衝立じゃなくて、手すりだった。

 中はさらに一段下がる造りになっていて、踊り場に手すりが設けられていたので見えなかったのだ。

 私とイディオは、かがみながら踊り場の手すり越しにそっと覗く。


 中は、拷問部屋だった。


 中央に上半身裸の男が天井から伸びる鎖に手首をつながれ、吊されている。見るからに筋骨隆々としていて、かなり屈強そうな人だ。

 そこの周りに、酒瓶を持った男たちが群がって、鞭打ったり串を刺したりして大声で嗤っていた。

 あまりに凄惨な光景で、私は思わず杖を取り落としてしまった。

 杖が石畳に当たり、派手な音が鳴る。私たちは慌てて身を潜めた。


 しまった……! 私のバカバカ! 大失態だよピンチだよ!


 イディオを見たら既に剣を抜いて、緊張した面持ちで様子をうかがっていた。

 ……だが、拷問している男たちからは特に反応が無い。聴こえてなかったのかしら?

「今、なんか落ちる音がしなかったか?」

「あー、騒ぎすぎて酒瓶が転がったんだろ」

 聞こえた連中がそんな会話をして、ギャハハと笑った。


 私は胸を撫で下ろし、杖を拾い上げた。

 酔っぱらっているから、思考が鈍っているんだろう。運が良かった。

 ――と。イディオが息がかかるほどに私に顔を近づけて囁いてきた。

「いた。アニキだ」

 イディオの声は震えていて、怒りがこもっていた。

「連中は酔っている。私一人でも倒せる。だから……プリエはアニキに癒やしの魔術をかけてくれないか?」

 最後はすがるような声だった。

 アレをやると私が気絶するのを知っているからだろう。

「――貸しが増えていく一方ね。これで死んだら化けて出てやるから!」

 小声で叱ると、イディオが嬉しそうに笑う。

「残念だが、そのときは私も死んでいるだろう」

 そう言うと、踊り場から飛び出した。

 酔っ払い拷問吏たちは驚いたらしい。だが、イディオを仲間と勘違いした者もいる。

「おい、そうすぐに殺すなよ。コイツは丈夫で楽しみがいがあるんだからよ」

 などと言って止めようとしている。

 その手をイディオが斬り落とした。


 悲鳴と怒鳴り声。イディオが制圧するのを待とうか一瞬悩んだが、アニキとやらを人質にとられるとまずい、と思い至って私も飛び出した。

 混乱している中を突っ切り、アニキに到達。

『結界よ、我が身と救うべき者を守れ!』

 詠唱を怒鳴るように唱える。……間に合った!

 アニキとやらは動揺し、イディオに怒鳴っている。

「……お前、イディオか!? ……オイやめろ、やめてくれ! 俺がおとなしくしていないと、牢屋に入れられている連中が殺されちまうんだ! イディオ、やめろ!」


 もうおぼつかなくなっている足をふんばり、鎖を揺らして必死で怒鳴るアニキ。……確かにめっちゃいい人そう!

 私はアニキの正面に回って止めた。

「残念ですが、もう殺されています。……私たち、牢屋の前を通ってきましたから」

 喧噪の中、その声はアニキの耳に届いたらしい。アニキは怒鳴るのをやめ、呆然としていた。

「……嘘、だろ?」

「ここで嘘をついてもしかたがないですし、私があなたに嘘をつく理由もありません」

 アニキは、目を見開いたまま小さな声を洩らす。

「……あ……あぁあ……」

 大丈夫かな? と声をかけようとしたとたん。


「ああああああああああああ!!!」


 至近距離で怒鳴られた!

 ついでにアニキ、吊されていためっちゃ太い鎖を引き抜いた!

 ついでにアニキ、私の結界を吹き飛ばした!

 なにしてくれてんじゃあ!?


 全員が注目している。

 ヤバい。結界魔術をもう一度かけると、治療魔術に使う魔力が足りなくなる気がする。

 そして、もう一度結界魔術をかけたとしてもアニキに吹き飛ばされそう。

 さてどうするか。

 私は一瞬で考えを巡らせ、アニキに怒鳴った。

「アニキさん! 私、今からあなたを治療します! 治療したら、私は魔力の枯渇で気絶します! そのままだと殺されちゃうので、絶対に守ってくださいね!」

 私の結界を吹き飛ばし鎖を引き抜いたのだからそうとう強いんだろうと踏み、アニキに賭けた。あるいはやけっぱちとも言う。

『癒やしの光よ! かの者に救済を与えよ!』

 怒鳴って杖を振ると、アニキが光る。

 そして私は倒れた。


 アニキは慌てて私を抱きとめる。

 ……私はギリ、気絶しなかった。だけど今日はもう魔術を使えません……。

「……すっげぇ。伝説の聖女サマかよ!?」

 アニキが目を丸くしていますが、そんなんじゃないから。稀少な魔術を使えるってだけの貧乏な次期男爵家当主だから。

 あと、守ってよね!? マジ動けないから! なんか、拷問吏が迫ってきているんですけど!?

「死ねェエ!」

 拷問吏が剣を振り下ろそうとしたとき。


「うるせぇ。テメーが死ね」


 アニキは手元を振った。

 ホント、ハエを払いのけるような気軽さで。

 そしたら、ぶっとい鎖にぶち当たった拷問吏の顔が弾けました。


 …………え?

 すっごい強くないこの人?


 片手で私を抱き上げ、肩に担ぎながら鎖をふるう。

 ふるった鎖はどんどんと拷問吏の頭を粉砕していく。

 イディオも途中から啞然としていたわよ。


 そして、立っているのがイディオだけになり、イディオが剣を収めた。

「アニキ。お久しぶりです」

 イディオがキッチリと頭を下げる。

「久しぶりだな。……こんなところでの邂逅でなきゃ、もっと盛り上がれたのによ……。とりあえず、出るか」

 アニキの言葉に、イディオは小さくうなずいた。

 そして、困ったように言う。

「えーと、あの。……彼女はプリエ・ルミエールという男爵令嬢なので、もう少し丁寧に扱っていただけると……。あとで怒られそうなので……」

 アニキが気づき、ニヤッと笑った。

「なら、お前が抱っこしろよ。ナイトくん」

 いや、アニキのほうがいいよ私。安定感があるもん。イディオはフラフラしそうだから嫌だ!

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