第51話  プリエ・ルミエールの旅~アニキ救出編1

 ごきげんよう、プリエです。今、私は山岳地帯にある収容所に向かっています。

 旅のお供は元公爵家子息のイディオと、見た目は美少年動きは変態のアダン。

 イディオはずっと黙ったまま。そんなに大事な人なんだ? ……なので、私もアダンもなんとなく黙りがちになりながら馬車に揺られていた。


 アダンは馬を気遣いながらも山道を走らせ半日くらい経ったとき、収容所が見えてきた。

「イディオ。収容所が見えてきたわよ」

 声をかけたが、うつむいたままだ。

 イラッとして、思いきり頭をひっぱたいた。

「イデッ! ……唐突に何をする!?」

「アンタが辛気くさい顔をしているからでしょ!? ……心配なのはわかるけど、うつむいてたって結果は変わらないわよ! 信じて飛び込んで敵をなぎ倒して救い出す! 以上! ダメだったらそこから考えなさい! 今うつむいていじいじと暗い妄想にふけってたってどうしようもないんだからね!」

 イディオが啞然とした。……後、ふっきれたように笑いだした。

「そうだな! そういえばアニキにも言われていた。私の取り柄は、ひたすら前を向いて前進をすることだと! ここで考え込んでいたってしかたがない。進むぞ!」


 ……えぇ~。アニキとやら、イディオにそんなことを言ったんだ? むしろソレ、欠点よ? なんせその欠点で、公爵家子息から冒険者に転がり落ちたんだからね!


 アダンには少し離れた場所で待機し、私たちが戻りしだい、いつでも出発できるようにしてもらった。また、看守に見つかると面倒なので道から見えない場所に隠れていてもらっている。

 私とイディオは馬車から降りて収容所の検問所近くまで歩き、木陰からそっと様子をうかがった。


 収容所の周囲には逃走防止用の柵がめぐらされている。

 ……とはいえ、さほどの高さでもないいばらの柵だ。しかも、ところどころ壊れて倒れている。逃走防止の意味ナシ!


 私は声をひそめてイディオに尋ねた。

「……どうやって侵入する?」

 検問所には人のいる気配がないけれど、念のためね。

「それを考えていたのだが……。見取り図もないまま来てしまった。正面から堂々と行くしかあるまい。ジョゼフ・ジャステの友人ということにしておこう。彼の許可を得てここに見学に来た、と言えばいい。通用しない嘘だろうが、私兵や住民は伯爵の権力を盲信していた。なら、私たちもその威光にあやかり『伯爵が許可をくださったのだ逆らう気か』、と権力を駆使しよう。何せ、連中にとっては王家よりも伯爵の方が権力があるらしいからな」

 イディオが痛烈に皮肉を言った。

 私はイディオにうなずいて見せた。

「了解。その辺は任せるわ。私はいつでも結界を張れる準備をしておく」

 結界があればこちらから一方的に攻撃出来るからね!

 私とイディオは立ち上がり、検問所に向かった。


 ――さっきまでの私とイディオの決意を返してほしい。

 と、考えるほどに何事もなく、なんの問題も起きず、どんどん先に進めてしまった。

 というか誰もいないし!

 ナニコレ? どうなってんの!?


 検問所の詰め所を通り過ぎるときそっと中をのぞいたが、長い間誰もいなかったようだ。あらゆるものが埃をかぶっていた。

 そのまま正面玄関まで誰にも遭わず、無事到着。

 正面扉をノックしても反応なし。私とイディオは顔を見合わせ、だけどイディオは決心したように扉を開ける。


 ……開けた先は、さっきの詰め所ほどではないけれどけっこうな荒れっぷりだった。

 囚人が逃げないようにいくつか内扉があるのだが、全部開かれている。逃走防止の意味ナシ!


 イディオは顔をしかめながらズンズン奥へ進むので、私も杖を出して用心しながら進んだ。

 ここにきたらもはや『男爵令嬢』という体裁を取り繕う必要はない。だって、どう考えても異常だ。少なくとも、『伯爵の許可うんぬん』が通用する人間がいる場所とは思えない。収容所としては既に使われていなくて、野盗のアジトにでもなっているんじゃない?


 奥に進むにつれて、ゴミが散乱してきている。メインは酒瓶だ。虫が飛び出してきそうで嫌だが、ここに関して言えば、虫よりも人が飛び出してくる方が嫌だ。

 そして……徐々に臭いがしてきた。イディオも気づいているようで顔色が悪い。


 これは、血の臭いだ。


 さらに進むと微かに声が聴こえてきた。

 私の心臓がドクドクと脈打っている。緊張で、杖を持つ手が震えているのが分かる。

 微かに聴こえてくる声は、大勢ではやしたてるような下卑た笑い声。それは、地下から聴こえてきている。血の臭いも。


 いったい何が起こっているの?


 イディオがそっと扉を開け、地下に進む。

 階段を下りると、扉があり、それを開けるとむせかえるような血の臭いが襲ってきた。

 思わず顔をしかめつつ見渡すと、独房が並んでいた。……だけど、ほとんど人がいない。


 独房を確かめつつ歩いていたら……

「――ッ!?」

 私は片手で口を押さえて息を呑んだ。

 惨殺された囚人が、睨むようにこちらを見ていたからだ。

 イディオも息を呑んだ。


 私は尋ねるのが怖かったが、尋ねるしかない。

「……知り合い?」

 イディオは首を横に振る。

「いや、違う。だが……冤罪で捕まり、殺されたのか。さぞかし無念だったろうな……。私も捕まって牢屋に入れられたことはあるが、そこの看守はとても親切で、なぜ俺が捕まったのか、どうしたら良かったのかをずっと説教してくれたんだ。なのにこの人は……」

 ……イディオは沈痛な顔で言ったけど、捕まって牢屋に入れられて親切にされたって、美談じゃないわよ。しかもソレ、私をストーキングして捕まったってヤツよね?

 場違いにも思い出し怒りしそうなのをぐっとこらえ、さらに進む。騒ぎは突き当たりの扉の奥から聴こえてくるようだ。


 私とイディオは、扉を少し開け、中を覗き込んだ。とたんに喧噪が耳に飛び込んでくる。

 うるさっ!

 と、鼻に皺を寄せた。

 残念ながら、扉の前にはご丁寧に衝立があるので見えない。イディオが手で合図し、中に滑り込んだ。

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