第72話 護衛騎士、ネクロマンサー一族の将来を憂う

 聞いていた俺と姫さまは顔を見合わせた。

 ……それって、なんかこう……嫌な展開だって思うぞ?

「……姫さま。少し離れますので、お気をつけください」

「ん? うむ。わかった」

 俺は姫さまに声をかけると、ジローを促した。

「少し、話があります。出来れば奥様と先代にも聞いていただきたいのですが……」

「え……? お、おう、わかった」


 ジローは戸惑いながら家の中に入る。

 奥さんと先代を呼んでもらい、俺は厳しい顔で全員を見た。

「だいたい、状況はわかりました。言っておきますが、下手をすると一族滅亡、あるいは生まれてきた子が謀反を起こしますよ」

「「「…………は?」」」

 全員がキョトンとした。


 ……マジでわかってないのか……。

 俺はため息をついて三人を見据えた。

「あなた方は、長男に甘すぎる。すでに跡取りとして見捨てているのかもしれないが、だからといって単に甘やかすだけじゃダメでしょう? 次に生まれてきた子がかわいそうすぎます」


 コレ、たぶん経過は違えど行き着く先は辺境伯と同じだぞ。

 まだわかってない三人に、現状と未来図を説明した。

「長男をさんざん甘やかしてダメ息子にし、慌てて鍛えようとしているけど、まだ甘いところがあるから奥さんが臨月を迎えそうになってもまだダメ息子のまま。最終的に諦めて引きこもりに戻そうとしているよな? 奥さんは、産まれたらすぐ戦線復帰するつもりだろう? ――で、乳児はどうすんのよ?」

 三人は顔を見合わせる。

 しばらくして、奥さんがおずおずと言いだした。

「……確かに、産んですぐ復帰するつもりですよ。それがうちの一族の使命ですし……。子どもは、町にいる友達に乳母をやってもらうつもりです。彼女は一昨年産んだので、ちょうどよくて」

 やはり、そうなるか。

「ちなみに長男が生まれたときも同じでしたか?」

「…………いえ、リノールのときは育児をしながらでしたけど…………。でも、あの頃はまだそんなに魔物は活発化していなかったし、お父さんも元気だったから。お父さんと旦那とでもなんとかなったんですよ。どうしてもってときは私が出ましたけど、でも、リノールが寂しがって大変だったので、今回は最初から乳母を頼もうって決めてたんですよ」


 ……確かにそうだろうね。母親が勇者の供の立場だから、どうしようもないところもあるだろう。

「で? 今、魔物が活発化しています。そして貴方は妊娠しています。今、貴方は身動きが取れない。先代も動けない。ならば、幼いけれど長男が頑張るしかないでしょう? まだまだ至らないというのならわかる。だけど、虫を怖がって気絶するようじゃ話にならないじゃないですか。その辺りはどう考えているんでしょう? ……キトリーさんの代で終わりですか? なら、今もう活躍していないので、姫さまに勇者の武具を返還してください」


 俺の言葉に三人が固まった。

 激昂したのはジローだ。俺の胸倉を掴んで怒鳴った。

「ふざけるな! 親父さんもキトリーも、その先祖も、代々ずっと魔物を狩ってきているんだぞ! それなのに、もう終わり? 妊娠して動けないなら返せ? ……彼女の一族をなんだと思ってんだ!?」

 俺は掴まれたまま冷たい目で見た。

「私が問題にしているのは現在と、今後に起こる問題です。今、キトリーさんが言ったでしょう? 魔物の出没は深刻化している。持ち手のない勇者の武具を遊ばせておくより、しかるべき者に持たせて戦ってもらった方がいいんですよ。特に、キトリーさんの代で終わるのなら早々に返還してもらい、別の者に委ねた方がいいに決まっているじゃないですか。魔王が暴れ出す前に」

 ジローさんはぐっと詰まって手を離す。

「……なら! 次に生まれてくる子に継承させればいいんだろう!? 俺が責任をもって厳しく育てる!」

 その答えを聞いたとき、盛大にため息をついてしまった。


 実際、そうすると思ってたよ。

 まだ生まれてもいない乳児に期待して、最初の息子を甘やかしたからって反省して、今度は厳しく育てるだろうってな。

「なにが不満だ!? それで解決するだろう!? 今はネクロマンサーとして活躍できないが、産んだらすぐ復帰する! 産まれてきた子は俺が厳しく育て、ネクロマンサーとして活躍できるようにする! それで問題はないはずだ!」

「問題だらけですよ」

 即切り返した。


 頭に血が上っているジローから目を離し、先代と今代に目を向ける。

「貴方がたはどう考えています?」

 二人は戸惑いつつ顔を見合わせ、キトリーさんが言った。

「……ジローと同じ考えです。私が復帰するまではジローがなんとか抑えます。産んですぐ復帰して、ジローと今度こそ産まれてきた子をちゃんと一族の者として厳しく育てます」

 それを聞いて、もう一度ため息をついた。

「……そうですね。最初間違えたから、次は正す。勇者の武具を取り上げられないようにするため、一族としてはそうするんでしょうね……。それなら楽ですからね」

 ジローさんは頭に血が上っているらしく、「楽!? 楽だっつったのか!? 子育てしたこともないくせに!」と、怒鳴り、先代と今代は、俺が何を問題視しているのかわかってないが、だが何か問題があるのだということはわかったらしく、オロオロし始めた。


 俺は、再びジローを見据えて言った。

「生まれてすぐ離れた町の知らない女性の手で育てられたその子が家に戻ったとき、家の中でおままごとをして遊んでいる長男を目の当たりにする。なのに自分は、戻った家で次代のネクロマンサーとして厳しく育てられる。母親がすぐ戦線復帰したために母親にまったく甘えられてないのに、母親も他の家族も長男にだけ甘い。……まだ産まれてきてもいないその子は、そんな環境をどう感じるかな?」

 三人が、硬直した。


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