第71話 姫さま、代理ネクロマンサーを教育する

「ギャワーン!!」

 うん、大丈夫じゃなかった。


「まずは慣らしとして、どこまでイケるのか、何がダメなのかを確かめる」と言いだした姫さまに無理やり連れて行かれたリノールは、わしづかみした虫を眼前に突きつけられた途端に叫んで泣いた。

 心配そうな顔でジローがついてきたけど、絶句しているな。

「えええ……」

 止めた方がいいのか、って顔をしているから、肩を叩いてこっちに顔を向けさせて、俺は首を振った。

「姫さまは、勇者でもあるがその前に王族だ。よっぽど理不尽な仕打ちじゃない限りは我慢しろ。それに、正直あれくらいでビビってたら勇者の供はおろか冒険者としてもダメだろう?」

 もっと言うなら、平民の悪ガキはああいったことをするぞ。勇者の供の子孫ともあろう者が悪ガキに泣かされるなよ。


 姫さまはイキイキしている。平民の悪ガキが、大義を持っていじめているの図だな。

 さすがにやり過ぎたら止めないといけないが、俺も内心では、虫くらいで叫び泣くなよお前は貴族の子どもか、って思うぞ。

 ……って考えてたら、あ、とうとう虫を服にくっつけたよ。リノールはぎゃあぎゃあと暴れわめいた後、失神した。


 姫さまは、腕を組んで仁王立ち。

「うむ。プリエとイディオを足して混ぜたという感じだな」

 プリエ様は泣いて気絶し、イディオ様は泣きわめいて暴れるから、足して混ぜたのか。

 それは最悪だな。


 俺は頭をかくと、姫さまに進言した。

「いやこれ、無理でしょ。一両日中にどうにかなるようなものでもないし、ここで足踏みしているわけにもいかないですし。鍛えながら進んでもいいですが……いや、やっぱりそれはキツいです」

 お守りはイヤです。なら、不死の軍団を諦めます。

 姫さまは首を横に振って拒否のポーズ。

「とにかく、もうちょっと鍛えるぞ! 彼女だって、産んですぐ動けるわけでもないのだろう? なら、コイツに踏ん張ってもらうしかないじゃないか!」

「そうでしょうが……」

 無理でしょ。


 俺はジローを見た。

 ジローも頭をかいて、

「いや、すまねぇな。俺とキトリーの間に出来た子とは思えねぇ……つーか、平民とは思えねぇっつーのはわかるよ。甘やかし過ぎたかなぁ……」

 と、ぼやいた。


 ジローが語るところによるとだな……。

 嫁に似ておっとりしたかわいらしい赤ん坊だったから、皆でかわいがっていたそうだ。

 ネクロマンサーとしての素質もあり、嫁が教えてある程度は動かせるようになった。それを見て皆でまたやれ天才だのなんだのと褒めたたえた。

 さらに……。この辺りは山奥で、近い歳の子どころか、そもそも人がいない。息子はおっとりしていて外で遊ぶのがあまり好きではなく室内でスケルトン相手におままごとのようなことをしていたそうだ。


「スケルトン相手におままごとですか……」

 ある意味英才教育だな。


 それが仇になったとわかったのは、外に出たときだった。

 家の中はスケルトンがピカピカに掃除をして、害虫害獣一匹たりともいない状態。

 引きこもりでおままごとばかりしている息子が、外に出たら。

 ――足下を歩いているダンゴムシを見て、悲鳴をあげてひっくり返ったのだった。


 これはまずいと思った嫁と舅と婿、跡取りをまず外の世界に慣らすということをやらないといけなくなった。

 どうやら、見慣れない動くものを見ると怖がるようだとわかったが、慣れれば平気だと思っていた。


 というか、慣らさないとまずい。

 嫁の一族はネクロマンサー、勇者の供の子孫だ。

 使命は、魔物を狩りその脅威を可能な限り減らし、そして、きたるべき魔王復活のときに勇者の供として不死の軍団を引き連れて魔王の復活を阻止すること。

 …………なのに、引きこもりの腑抜けが次の代となっては困る。


 いきなり鍛えてもより引きこもりが加速するだろうと、徐々に慣らしていくよう考えていたら嫁が妊娠してしまった。うっかりした。

 嫁はギリギリまで魔物退治をしていたが、いいかげんやめてくれと頼みおとなしくさせ、鍛えるためもあり息子を連れて魔物討伐に行ったが、泣きわめき魔物を刺激するだけして気絶する。

 けっきょく冒険者の自分が狩っていたが、この辺りはけっこう凶悪な魔物が多く、自分一人だけではキツい。

「仕方ないから、嫁が無事に子を産むまで冒険者ギルドに依頼しようかと考えてたんだよ」

 と、頭をかきながらジローは苦笑した。

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