第65話 姫さま、尋ねられてキョドる

 パスカルから経緯を聞き終えた俺は、知らず息を吐いた。

「……俺と姫さまがそこに行ったときは、雑魚しかいなかった」

 くやしいな……。死を覚悟して向かったけど、たぶんその異形、俺なら勝てたと思う。姫さまの魔法銃も、どうも魔術とは違うようなので効いたはずだし、相手の魔術の攻撃は、この不気味な寄生型魔物……じゃなかった、勇者の鞭が効果を発揮する。

 姫さまの身につけている反射のブローチや守りの札が魔術に効くかわからないが、余裕たっぷりの姫さまなので効くのだろう。戦う敵が逆ならよかった……。運が悪すぎる。


 ……と考えていたら、パスカルがなんとか手を動かそうとしていたので、俺はその手を取った。

「どうした?」

「……アニキを、頼む」

 パスカルに言われて一瞬詰まったが、うなずいた。

「わかった。……実は俺も異形と戦って、ソロじゃ無理だと悟ったんだ。アニキやお前らに依頼を出して一時的に組んでもらう予定だった。だから、アニキと一緒にお前らの仇討ちをやらせてもらうよ」

 パスカルはまた泣いた。

「泣くなよ。泣くのだって体力が要るし、身体が悲鳴をあげるだろ? お前はとにかく身体を治すことに専念しろよ。決着したらまた来るから」

 死んでなければな、と心の中で添えた。

 去ろうとしたら、パスカルが引き止めた。荷物の中にある物を取ってほしいという。

 脇に置いてあるザックを開け、パスカルの指示通りに取り出したのは、いつもティファニーが身につけていた腕輪だった。

「ティファニ、の、形見、もら、て、くれ」

 いやいやいや。

 俺は首を振った。何言ってんだよ。

「待て待て。俺はもらえないよ。アニキに渡せって」

 仇討ちとしてはアリなのかもしれないけど、俺、そもそも勇者の供として姫さまと魔王を倒しに行くのが優先で、仇討ちはそのついでだからさ。

「アニキに渡せってことか? でも、アニキも見舞いに来ると思うから、お前から渡せって。ティファニーも、親しくもないどころかむしろ嫌っていた男に自分の身につけていた持ち物を預けられたくないだろ」

 パスカルが何か言いたげだったが、俺はなだめてパスカルに握らせた。

「アニキは来るよ。俺とはすれ違ったけど、きっとここに来るから、そのときに渡してやれ。お前から渡した方がアニキもティファニーも喜ぶだろう。あと、アニキが来たら俺と合流するように言ってくれ。アニキと合流しないと俺もお前の隣に並んで寝ることになりそうだ、って俺がぼやいてたことも伝えてくれよ」

 パスカルは呆けたような顔で、挨拶をして去る俺を見送った。


 治療院を出た俺は、姫さまに尋ねた。

「姫さま、異形に違いがあることをご存じでしたか?」

 また言えない案件なのかと思い尋ねると。

「……う、うむ。実は、だな……。……初代のときは、あんなモノ出なかったのだ」

「はァ!?」

 俺が大袈裟に驚くと、姫さまがもじもじした。

「だから、私も知らなくてビックリしたのだ。もともと魔物は魔王や魔王種から産み出されていて、活発になるということは魔王の封印が弱まり新たに魔物を産み出している、って思ってた」

 マジかよ……。

 ただ、新たな魔物を産み出している、っつーなら、アレは魔王に産み出された新たな魔物なんだな。

 ただあの魔物、人型なのが気になる。

 あと、人型なのに内臓がほとんどないのも。

 人型の魔物もいる。二足歩行の魔物もいる。

 だが、あそこまで中身のない魔物はもともと人間だった者が魔物化したパターン以外知らない。

 レイスについてはわかっていないが、グール、スケルトンは、特有の瘴気があれば内蔵がなくても動いていられるので、その地帯にしか出没しないしそこから出ない。

 ただし、脳や生命維持するための機能がないため基本は徘徊、誰かに怨みがある者がほとんどなので人間を見かけたら襲う、ってくらいだな。

 死体を操る魔術師もいるらしいが……。


「うーん……。グールに似た生態の魔物なんですかね。ただ、あそこまで戦える上に知能があるとなると……そうとう厄介な新種ですね」

 俺は頭をかきながら姫さまに返した。

 姫さまもしかめっ面をしている。

「確かにやっかいなのだ。アレは、普通じゃない。魔王の眷属なら不利になれば魔王種に逃げ込むはずだと思ったら、まんまとそうした。アレがなんだかはわからんが、人間を滅ぼしにかかってる」

 そうなんだよ。間違いなく対人間を想定した魔物だって、俺も思った。

 あと、人間を抱えて逃げていったってのが引っかかってる。嫌な予想をすると、食料として連れ去ったってのが考えられる。

 魔物って、魔物か人間かしか襲わないから。

 だとすると他の魔物でもいいはず……。って、ちょっと矛盾が生じているな。

 魔王が魔物を産み出したのはいいとして、なんで同じ魔物を食料とするんだ?


「姫さま。『魔王から産み出された魔物が同じ魔物を襲う』ってことへの文献は残ってなかったですか? 家畜を襲わないのはいいことだと思っていたのですが、魔物が魔王から産み出されたとすると、同族を殺して喰うような真似をどうしてするのか、ふと疑問になりました」

「え?」

 姫さまに尋ねたらビックリされた。

 その後、なぜかソワソワして、マジックバッグを覗き込んだりしている。

「……特にはなかった。けど、人間と魔物で、他の動物や植物にはない器官があり、それを魔物は食べないと生きていけないんじゃないか、って言ってた」

 しばらくすると、姫さまがそう答えた。

「そうですか……。さすが初代勇者は詳しいですね」

 どうやら魔物と人間は近しいものらしい。納得出来ないが……。


 ま、いいか。

 疑問はあるが、俺は研究者ではない。魔物が人間を襲うのは確かで、あの異形は確実に殺していかないと、魔王種の中に帰っちまう。再度出てくるのか魔王種に連れ帰った人間ごと喰われちまうのかはわからんが、どっちみち戻したら魔王種が強化されそうだしあんなのを野放しにしていたら被害が甚大だ。

 連中には個体差があり、強個体がゾロゾロいることはなく、複数体産み出されても単独行動をとる、というのが今回わかった。

 ……なら、俺にも少しは勝ち目もあるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る