第11話 閑話(イディオ・グランの場合1)

 私はイディオ・グラン。グラン公爵家の一人息子で次期当主だった男だ。

 物心ついた頃から神童の呼び名が高く、何をやっても一番だった私は、常に賞賛を浴びていた。

 そんな私は幼い頃、とんでもない娘と婚約させられたのだ。名前はパシアン・ドラミトモン。ドラミトモン国の第三王女だ。

 家柄はまぁまぁ良いだろう。だが、五歳の幼女と婚約など馬鹿げている。

「幼児の相手などできん!」と告げたら、私にしては珍しいことに両親からたしなめられた。

「いつかは皆、大人になるのよ」「私たちだって子どもの時はあったのだよ」と。

 ……確かにそうだろうが、肝心なのは今なのだが。


 今思い返せば、私もそれなりに子どもだったのだろう。両親からそんなことを言われてふてくされてしまった。

 そして、その八つ当たりをパシアンにしてしまった。

 ――あぁ、最悪の出逢いだった。私も幼女に当たり散らしたのは大人げなかった。


 だが!

 泣かすことはないだろう!?


 最初の会合のとき、離宮のガゼボにて待ち合わせたのだが……。内心面白くないがそれでもどんな姫かと期待していた私の前に現れたのは、背の高くなかなか強そうな騎士……が脇に抱えている幼児だった。

 幼児は泥だらけで、棒きれを持っていた。

 騎士は、ため息をつくと言った。

「大変お待たせして申し訳ありません。パシアン姫を連れてまいりました」


 ――このときの、私のショックをわかるだろうか?

 父も母も笑顔がひきつっている。いや、ひきつってくれなければ困る。

 私は、こんなのと婚約するのか? ――無理だ。

 思わず父と母にすがるような視線を送ってしまった。

 すると、父と母が私を見て、優しく微笑み、聞こえないほどの小声でこう言った。

「――イディオの好きにしなさい」

 父と母も、この幼児は私の手に負えないと思ったのだろう。


 だが私は、その父と母の言葉で逆に火が点いてしまった。

 ……そう。この幼児は今後もらい手などつかないだろう。だが、この私にかかれば淑女に仕立てあげるなど造作も無いこと!

 私が立派な公爵夫人にしてみせよう!


 私が決意しているさなか、騎士は人形を置くように幼児を座らせて、

「おとなしく座っていてください。ここでお菓子が食べられますからね。――ホラ、この棒剣は私が預かっておきますから、そこの男の子と仲良くしてくださいね」

 と、諭していた。


 決意した私は、幼児に向かって言い放った。

「私はイディオ・グランだ。お前は第三王女のくせになぜ棒きれを持っている!? そして未来の夫と会うというのになぜ身支度を調えていない!? 今後は私の言うとおりにしろ! 常に私の後ろに付き従い、私の言葉を至上のものと思え! でなければ、力ずくでわからせてやるぞ!」

 うん、ちょっと脅しも入ったかもしれない。

 だが、あくまでも脅しだった。そうしなければパシアンは従わないと直感的に思ったのだ。……まぁ、両親から説教された上で会ったらガッカリにガッカリを重ねた姫だったという八つ当たりも過分にあったが。

 場が凍ったのはわかったが、これは脅しだ、とあとで両親と騎士には弁解するつもりだった。

 次のパシアンの行動がなければ。


 パシアンは、私が話すまではボーッと座って菓子をみつめているだけだったのに、私の発言を聞いた途端、キラリと目を光らせ、椅子からテーブルの上に飛び乗り、さらにテーブルからジャンプして私の顔の正中めがけて棒きれを打ち据えたのだ。

 騎士は棒きれを取り上げなかったのか!? やーやー言って嫌がったからって甘やかすな!

 ……と、後になって思ったが、私は打ち据えられた衝撃で頭が真っ白になっていた。


 ――いつの間にか馬車に乗り、帰途に就いていた。どうやら私はあれからギャン泣きして、両親は大声で泣く私を連れてそのまますぐ離宮を去ったらしい。

 私はこのことが原因で、衝撃的なことが起きると頭が真っ白になり、気づいたら大声で泣くようになってしまったのだった……。


 それから数年。

 私は負け続けた。

 両親は「もう婚約を解消していいから」と言ってくれたが、負けっぱなしはこのイディオ・グランの名が廃る!

 ……いや、さすがに姫に腕力で勝つのはどうかと思うので控えるが、どうにかしてパシアンに私がすごい奴だと認めさせたかったのだ。

 そこに現れたのが、プリエ・ルミエール男爵令嬢だった。

 私という人間を理解し、褒めたたえる。気に入ったのでそばに置いてやった。

「金がない」というのが口癖なので、憐れに思いいろいろ買い与えてやった。善行を施すのは気分が良いな!


 私はふと、「コイツプリエは評価上昇に使えるのではないか?」と思った。

 彼女から私の評価をパシアンに聞かせたら、パシアンも少しは私を見直し言うことを聞くようになるかもしれない、あと避雷針ほしい。……と考え連れていくことにした。


 その結果、パシアンはまったく変わらなかったが避雷針としては使えることが判明した。

 プリエも嫌がっていな……嫌がってはいるが、ひきつりながらも笑顔なのでそこまで嫌ではないのだろう。……泣いているときもけっこうあるが……。

 私もパシアンの嫌がらせにはかなり慣れたが、アイツ、顔面に虫や蛙をくっつけようとしたりするからな……。そうなると頭が真っ白になってしまうのだ。つまり泣いてしまうのだ……。

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