第12話 閑話(イディオ・グランの場合2)

 最終的に、プリエもパシアンの仕打ちには耐えきれなかった。

 泣きそうな顔で「もう勘弁してください、離宮には行きたくありません。姫さまの仕打ちに耐えられないのです」と拒絶されるとさすがに連れていけない。

「……ここまでかな」

 と私も嘆息して諦めた。

 パシアンには勝てない。だから、婚約を破棄するしかない。

 プリエはひそかに私のことを好いているのだろう。なのにパシアンと引き合わせるなど、かわいそうなことをしてしまった。

 両親はもともと『好きな女と結婚していい』と言ってくれている。グラン公爵家は王家の遠縁だが、政治からは離れているため政略結婚をしなくていいのだ。

 パシアンは王命だったので受けたが、強制ではなく両者の合意があるのなら、という程度なので婚約は破棄してもかまわないはずだと言われていた。


 どうせなら大々的に宣言しようと、パシアンも珍しく出席するパーティで、私の名で両親が贈ったドレスを珍しく着ているパシアンに堂々と宣言した。

「王女パシアン! 貴様にはいいかげん愛想が尽きた! 婚約を破棄する!」

 いつも俺にドヤ顔をかましてきたパシアンが呆けた顔をしたので、『してやったり!』と、私は初めてパシアンに勝利した歓喜に震えた。

 ――が、パシアンはやれやれと言わんばかりの態度で私を挑発してきた。

 負けを認めろ! 私はあまりに頭に血が上ったせいで支離滅裂なことを言ってしまったかもしれない。負けを認めないパシアンに対してどうやって認めさせようかと考えていたら――従者が「至急、お話ししたいことがあるとご当主様が言っておられます。ただちにお越しください」と、私に告げ、グイグイと押してきた。

 それどころではない、今一番大事なときなのだが……従者の圧がすごい。囲まれて、移動させられた。


 私は控え室まで連れて行かれ、真っ青を通り越して真っ白な顔色をした両親にこっぴどく叱られた。

 今までこれほど叱られたことはなかった、というくらい叱られた。

 ……その後のやりとりは、まるで雲の中に入ってフワフワと浮かんでいるようだった。

 私は自宅謹慎させられ、日に日に両親は憔悴し、ついに、

「……お前の大失態はどうやっても取り繕えない。プリエ嬢が気に入ったのならそれでいいし、将来結婚するといいだろう。だが、男爵家に婿入りすることになる」

 と、宣告された。

 血の気が引くとはこのことだろう。

 私は両親にくってかかったが、公衆の面前で王女に不敬を働いた罪は、どうやっても取り繕えないとのことだ。二人きりならまだしも、大勢の前で王女を罵倒したのだ。今になって冷静に考えれば不敬だったとわかるが、あの頃は無理だった。というか、あんなんでも王女だったかと、今さら思い出した。


 私は謝罪をしに離宮へ赴いた。

 両親から、パシアンが私をかばい鷹揚に対応したことの礼と、恥をかかせた詫びをし、もしも公爵家を継ぎたいのならパシアンに再度婚約の打診をしてこい、と言われたからだ。パシアンは私を気に入っているようだし、パシアンが私の謝罪を受け入れ再度婚約するのならば、私を公爵家当主にせざるを得ないから、とも言われた。……なんとなく酷い言われようだが納得だ。

 それに、私とパシアンは好敵手なのだが……。

 まぁいい、細かいことはともかくパシアンとは再度婚約せねばならないことは理解した。

 だから離宮へ赴いて宣誓した。

「パシアン! 今後、私に従うのであれば、再度婚約してやっても良いぞ!」


 …………。

 …………。

 …………。

 離宮には誰もいなかった。


『よいぞー……よいぞー……よいぞー……よいぞー……』と、木霊が虚しく響いていた。


 結局、パシアンに会えないまま時間切れ。私はプリエと婚約することになった。

 絶望しかかったが、私を愛するプリエが満足するのがせめてもの慰めだろう。プリエなら、パシアンと違い私に尽くしてくれるし……と必死に自分を励ましつつ、私と両親はルミエール男爵と会った。

 ルミエール男爵は、笑顔で慇懃無礼な態度であったが怒っているようだった。

 そして言われた。

「プリエは勘当しました」

「「「は?」」」

 私たち親子は呆けた。


 ルミエール男爵曰く。

 プリエは、イディオ様……つまり私にだまされた、と言ったらしい。

 婚約者の存在も、婚約を破棄することも聞いておらず、またプリエ自身は私との婚約を望んでいない、完全な被害者だ、と、そう言ったらしい。

 ただ、巻き込まれてしまったからにはもう男爵家にはいられない、勘当してくれと言われ、しかたなく勘当したのだ、と告げられた。

「——私もかわいい娘を勘当などしたくなかったのですが……娘はこうなることを予期していたのでしょう。勘当し、男爵家とは関わりのない者としてくれと懇願されました。娘……いえプリエとイディオ様が婚約することに関して、当男爵家とは一切の関わりのないことです。どうかお引き取りを」

 最後、吐き捨てるように言われた。


 つまり、私は……私こそプリエに騙されたのだ。

 私はプリエと結婚することで爵位が保てるはずだった。

 だが、プリエが平民になってしまったことで私も平民落ちすることになったのだった……。

 両親は、「どうしようもない。すべてお前が招いたことだ。周りの声に耳を傾けもう少し謙虚になるべきだったのだ」と私に諭していたが、私はショックのあまり聞いていなかった。


 私は家を出された。

 両親は、住む家と当座の金をくれたが、私は平民の暮らしなどしたことがない!

 絶望しつつも、元凶となったプリエを探した。一言言わねば私の気が済まない。泣いて許しを請うたら、私を頼ってきたら、もしかしたら前向きになれるかもしれない。

 そう思って探し、見つけて乗り込んだら……。

 今まで見たこともない冷めた表情で見下された。

 あの、かわいかったプリエは……あれは演技だったのか……。

 気づいたらギャン泣きしていた。

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