第13話 閑話(イディオ・グランの場合3)

 ——どうやら私は失恋したらしい。

 と、今さら気づいた。

 だが、あの時は気づけず、認められず、元のかわいいプリエに戻ってほしくてつきまとってしまった。

 そうしたら憲兵に捕まり、説教された。

「そんなんで、女が元に戻るわけねーだろ? つーか、女はな、いろーんな仮面を持ってて、その時その時で付け替えてんだよ。それをドーンと受け入れてやるのが男ってもんだろ!」

 その言葉に、私はかつてない衝撃を受けた。

 ……そうか、そうなのか。……その通りだ!

「ここを出たら、キチンと詫びを入れろよ!」

「わかった! 心に刻んだぞ! 恩に着る!」

 反省を込めてしばらく留置所で過ごし、憲兵から『男とは』という訓誡を説かれ、生まれ変わった私は留置場をあとにした。


 ひと皮むけた私は謝罪の言葉を伝えに、さっそくプリエのもとに向かった。

 ちょうど、プリエが道を歩いていたのを見つけた。

 私は駈け寄りプリエに声をかけたが……見事無視された。

 だが、今の私はひと味違うのだ! 刮目して私を見よ!

 プリエの腕を掴んだら、物語に出てくる魔王のような恐ろしい表情をしたプリエが、私を思いきり振り払った。

 私は振り払われた勢いよりもプリエの表情に恐れおおのき、思わず後退りし……。

「あっ!?」

 石畳の段を踏み外してしまった。

 後ろ向きに倒れ転がり、そこに馬車が突っ込んできて……。

 激しい衝撃を受け、私は物のように弾み石畳を転がり、痛みを感じる間もなく意識を失った。


          *


「……生きている」

 私は医療室らしきベッドで目を覚ました。

 あれだけの怪我を負ったのだ、あちこち折れて動けないかと思ったのだが……普通に動く。なんなら痛みも無い。包帯すら巻かれていない。

「…………夢だったのか?」

 今までのことすべてが夢だったのだろうか。ならば、私は……。


 目を覚ました私に気づいた看護師がやってきて声をかけ、さらに医者もやってきた。

 医者だけでなく、他にも貴族……王宮に仕える文官のような者たちまでがいる。残念ながら、これは夢ではないらしい。

「気分はどうだね? 痛みはあるかな?」

 私は医者に問われるままに答え、それを文官たちがメモしていく。

 問診と触診が終わり、医者と文官たちが何かを話した。

「記憶も問題なく、完全に完治しておりますな。どこにも不具合は見当たりません」

「わかりました。診察ありがとうございます」

 医者と看護師が去ると、文官たちが私を囲んだ。


「平民のイディオ。貴方は、回復魔術にて奇跡的に命をつなぎました」

「は?」


 いきなり告げられ、私は混乱した。

「プリエ・ルミエール男爵令嬢が聖魔術に目覚めました。即死でもおかしくなかった貴方が怪我一つ無く在るのは、プリエ・ルミエール男爵令嬢が聖魔術の中でも稀少な回復魔術の遣い手で、貴方を回復させたからです」

 私は目が飛び出すほどに驚いた。

 あのプリエが……ひたすら他人にヘコヘコして褒めちぎっていたプリエが、稀少な魔術の遣い手だったというのか!?


 その後、私は王宮に連れて行かれ、もう二度と会うことはないと思っていた両親と再会した。

 そして両親から、驚くべきことを聞かされた。

 プリエは、ルミエール男爵家の次期当主に指名されるそうだ。

 だから、私がプリエと婚姻を結ぶなら男爵家に婿入りすることになるが――その可能性が無いことは火を見るよりも明らかだ。

 私が暗澹たるため息をついたら、今の話はまだ前哨戦だったようだ。


「現在、パシアン姫は護衛騎士とともに冒険者の真似事をしている」

「は?」


 父からもっとおかしなことを聞かされた。……だが、あのパシアンだ。離宮から飛び出してもおかしくはないか、と思い直した。

 私が離宮へ謝罪をしに行ったときは、冒険者になるための準備を(護衛騎士が)するため、一時王宮にいたのだそうだ。なんというタイミングの悪さだ……。

 そして現在、パシアンは王都を出てあちこち旅をしているらしい。


 それを聞いた私は、ちょっとメラッと燃えるものがあった。あの姫が、平民の……しかも下層で荒くれ者の集まりという冒険者稼業に身をやつしているだと? 私でも冒険者には手が出せないと思っていたのに?

 ふ、フフフフフ……。パシアンが出来て私が出来ないことはないだろう! 私もここを出たらさっそく冒険者に登録して活躍してみせよう!

 そう決意していたら、さらなる衝撃的な話を母から聞かされた。


「パシアン姫は、勇者である可能性があります」

「は!?」


 今までいろいろと耳を疑うようなことを聞かされ続けていたが、極めつきだった。

 ――母曰く、実は何代か前の当主もその可能性があったそうだ。

 供を連れて旅に出て、各地の被害状況などを確認し、必要とあったら魔物を退治する。今まで王族から何名かそのような行動に出る者がいて、いずれも勇者の血が濃いとされていた。

 何代か前の当主は旅から帰ってきた後、王室から抜け公爵になったという。その子孫が我々なのだと……。

「恐らく……魔王が復活するとき勇者が現れるのではないかと推測されます。そして、今まで旅立った王族たちは魔王の封印の様子を見に行っていたのではないかと……。もしも姫さまが勇者ならば、魔王が復活するのでしょう。そうでなくても姫さまは魔王復活の調査に出向かれたと思われます。そして、お前にしていたことは勇者の供の選別だったのではないかと考えられるのです」

 母の言葉に私は衝撃を受けた。私は……アレに耐えられれば勇者の供に選ばれるはずだったのか……。

 膝から崩れ落ちそうになったが、踏みとどまった。

 いいや、まだ負けていない。

 平民になっても、冒険者として活躍して、パシアンに私を認めさせてやる!

 虫がなんだ! 蛙がどうした! すべて叩き斬ってやるとも!

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