第69話 姫さま、ネクロマンサーと出会う

「何とも言えない雰囲気ですね……」

 建物を見上げながら俺がこぼすと、姫さまが首をかしげた。

「そうなのか? ちょっとボロくて汚いな!」

 と、身も蓋もないコメントを返された。

 ……うん、そうだよな。姫さまに『アンデッドに対する恐怖』という情緒が備わっているはずがなかった。

 向かうところ敵なしのお子ちゃまだったな。

 現在、スケルトンに案内されても平然としているし。

 さすがに不死の軍団を引き連れるのはイヤみたいだけど。


 スケルトンに案内されるがままに、建物の中に入っていった。

 エントランスで「待て」のジェスチャーをされ、スケルトンはカチャカチャと音を響かせながら奥に消えていき……。

「――どなたかな?」

 奥から現れたのは……背中の曲がったご老人だった。


 ハイ、姫さまが不死の軍団を率いて魔王やその眷属と戦うという野望は潰えました!

 ……このご老体に、『魔王との戦いの旅に同行してくれ』とはさすがに言えないだろう。

 ついでに言うと、もし身の回りの世話をスケルトンとかにやらせていたとしたら、勇者の道具を取り上げるのはキツいよなぁ……。

 俺はなんと言っていいかわからず頭をかいたら、姫さまがズバンと言った!

「お前が勇者の武具を持つネクロマンサーか?」

 老人は軽く目を見開き、姫さまを上から下まで何度か見ると、合点がいったように手をポンと叩いた。


「もしや、今代の勇者様ですか?」

 えっ。

 なんでわかった!?

 俺も驚いたが、姫さまも驚いたようだ。

「う、うむ。その通りだ。現在、勇者の供の子孫の現状を調査していて、ここに立ち寄った。……お前が今代のネクロマンサーなのか?」

 姫さまが再度尋ねると、老人は首を振る。

「いえ。ご覧のとおり、年老いて動けませんでして、現在は娘がやっております」

 そう言うと、老人は娘さんを呼んだ。

「おーい! キトリー! ちょっと来てくれ!」

 すると、奥から返事が聞こえて誰かがやってきた。

「……はーい! お父さんどうしたの……あら、お客様?」


 …………これは、さすがに『魔王との戦いの旅に同行してくれ』とは言えないなぁ。

 と、俺と姫さまは再び思った。


 現れたのは、妙齢の妊婦さんだったからだ。

 俺は再び頭をかく。そして姫さまを見た。

「……えーと、姫さま、どうします?」

 町の評判からしてちゃんと魔物退治をやっているっぽいから、もういいんじゃないかな? 杖もそのまま渡したままでもさ。というか、取り上げたら妊婦さんと老人の世話をしてくれるスケルトンがいなくなりそう。

 って俺は諦めモードで考えた。

 姫さまも腕組みして困っている様子。


 打って変わってまったく困った様子でない老人とキトリーさんは、呑気に会話した。

「それがなぁ。こちら、今代の勇者様なんだ。最近とみに魔物が増えてきているからもしやと思ったが、勇者様が現れたよ」

「あらまぁ。タイミングが悪いわねぇ。困ったわぁ」

 うっそだぁ。全然困ってないだろう?

 頰に手を当て困ったポースはしているけど、顔が困ってないぞ。


 困ったポーズをとっているが困った様子のないキトリーさんが話す。

「今代のネクロマンサーは私なんですけどね、うっかり妊娠しちゃってて、もうすぐ臨月なんですよ。さすがに今すぐ同行できないんですけど……。せめて産まれるまで待ってもらえません? あぁ、ただ魔王が復活したらそれどころじゃないですねぇ。パパッと行って帰ってこれるなら同行しますけど、どうしましょ?」

 姫さま、首を振った。

「無理だな。あと、同行してもらって産まれそうになっても困るので、諦める」

 …………デスヨネー。


 俺はガックリと肩を落とした。

 姫さまがポンポンと俺の腰辺りを慰めるように叩く。

 ……いや、しょうがないよ。いくら不死の軍団を産み出せるネクロマンサーとはいえ、妊婦さんを供にして旅の途中で産気付いたらそれこそ大変なことになるもん。絶対無理なのはわかってるよ。

 でも、期待していただけにかなりガックリくるなぁ……。


 俺の様子を見た老人とキトリーさん、顔を見合わせた後、困った顔をした。

 さっきは困った様子じゃないのに、なんで今困った顔をするの?

 って考えたら、老人が困った声で言った。

「……うーん。それがですな。娘がこんななので、今は孫息子に代理でネクロマンサーを継いでもらっているんですわ」

「それを先に言ってくださいよ!」

 孫息子いるのかよ!

 そして孫がやれるなら孫でいいじゃんかよ!


 と、俺は思ったのだが、老人とキトリーさんは困った顔だし、渋っている。

 キトリーさんも困った声で言った。

「……うーん。それがですねぇ。全然まだまだ修行が足りないんですよ。あと、適性がちょっと足りなくてねぇ……。私が行くのが一番だと思うのよ。あとちょっとすれば産まれるから、それまで待ってもらえないかしら?」

「いや、産んですぐに旅立つのも無理でしょ?」

 俺は手を横に振りながらツッコんだ。

 のんびりしているようで結構責任感の強い人だな。さすが連綿と魔物退治をし続けてきたネクロマンサー一族なだけある。

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