第47話 姫さま、地団駄を踏む

「とにかく、勇者の供をやる気がないなら道具と疑似魔核を返せ。お前のその魔人形は、今後の戦いで有用だとわかった。なら、初代勇者の疑似魔核を埋め込んだ魔人形なら、アルジャンのサポートにじゅうぶん使えるからな!」

 と、姫さまが言ったが、もしもその魔人形が有用なら俺のサポートにするよりも姫さまの護衛に使いたい。

 俺は、近衛騎士だけど戦って倒すのが得意なんだよね。

 姫さまの守りを固められたなら、俺はもう少し戦いやすくなる。

 ……って、それって俺のサポートになるのか。

「そうですね。先ほどの戦いでかなり有用なのがわかりましたし、勇者の武具として用いられた魔人形ならば懸念材料だった護衛の増加が期待出来ますね」

 俺はうなずいて同意した。


 これでバジルが折れた。

 ただし、

「今の魔人形じゃ強度が心配なんだよ。ちゃんとした工房がなけりゃ魔人形は作れない。疑似魔核は今あるのでいいとしても、機体はもっと頑丈で機能豊富にしないと対抗出来ないって! 俺、作った魔人形を壊されるの、嫌だから!」

 と駄々を捏ねた。

 姫さまは、

「そこはあとで詰めよう。今は、先ほどの魔王の眷属の逃亡先を見に行くのだ!」

 と言い、歩き出した。


          *


 たどり着いた先にあったものは、初めて見る光景だった。

「なんじゃこら……」

「え、気持ち悪……」

 とバジルと感想を言い合う。

 俺たちの視線の先には、なんとも奇妙な歪みがあった。

 形容しがたい、この世のモノとは思えないような亀裂。

 それが蠢いている。

「これが、魔王種……魔王の一部だ」

 姫さまが厳かに言い、俺たちは仰天した。


 ――これが、魔王の一部なのか。

 倒すの無理じゃね?


 ってのが、俺の感想だ。

 バジルもそう思ったらしい。諦めと絶望がないまぜになった表情をしている。

 姫さまは、マジックバッグから何かを取り出した。

 それは姫さまの小さな手でも掴めるくらいの球で、輪っかがついている。

 姫さまは、その輪っかに指をかけると引き抜き、魔王の一部に投げつけた。


 え?

 って思うような気軽さで。


 魔王の一部は球を呑み込み……一瞬の後、急激に蠢き、収束するように消えた。


 え?


 あまりのあっけなさにボーゼンとする俺とバジル。


 姫さまは、くるりと俺たちに向き合うと言った。

「……と、まぁ、浄化の珠が効果ある。見つけたら即浄化だ。これらの浄化は魔王本体にも効き目があるそうだ。魔王は……復活具合によるが、浄化の珠を投げつけても効果がないパターンがあるので、これのもっとすごいのを作れる者を見つけて作ってもらい浄化するか、初代と同じく封印するか。それを判断するため様子を見に行く、というのが旅の最終目的だ!」


 姫さまを虚ろに見ながら思った。

 聞いてないんですけど。


 作れそうなバジルを見たら、バジルが首を横にブンブン振った。

「俺、残念ながら調合系アウトなんだよ。専門外。調合系の錬金術師を探して」

 と、回答が返ってきた。そういうものなのか……。


 姫さまが話を続ける。

「浄化の珠は、比較的多くの王族が使えたそうだ。歴代、旅に出たご先祖様は皆使えた。もしかしたらおにいやパパも使えるかもしれない」

 姫さまが歩きながら教えてくれた。

「でも、魔王にはこの程度じゃ効かないらしくて、消えなかったんだ。だから初代は封印した。魔王の一部が出てきたってことは、封印が弱まり魔王が復活してきているんだ。完全復活されると眷属がたくさん湧くので面倒なことになる。他にも、復活の兆しで魔物が活性化しているので魔王の一部も放っておけない。とはいえ、魔王の一部がどこに湧いているのかわからない。今までと違う異常事態が起きていたら魔王の一部がある兆しだと思って、それで――」

「Aランク魔物の様子を見に行きたがったんですね」

 俺が引き継ぐと姫さまはうなずいた。

 俺は頭をかく。

「……うーん……。理由はわかりました。最初からそう言ってくだされば私ももう少し考えましたが……。ただ、やはり護衛の増加は急務です。あと、周知させないと被害が出る――」

「それはダメだ」

 姫さまがかぶせて否定。

「魔王は、周知させてはいけない」

 姫さまがキッパリと言い切った。


 え?

 なんで?


「え? なんで?」

 ってバジルが俺の内心を言葉にしたが、姫さまは理由を言ってくれない。

 ……前々から思っていたんだけど、姫さまってちょっと秘密主義な気がするな。

「先にそれを言ってくれよ」ってことがちょいちょいあるんだが……。

 俺は、ハァ、とため息をついて姫さまに言った。

「……正直、早めに語ってくださると護衛騎士としても勇者の供としても助かるのですが……。勇者の判断、というのであれば従います」

 そう言うと、姫さまは酸っぱいモノを食べたような顔になる。

 ナニその表情は……。

「……私も、知識が無いから迂闊に出来ないんだ! 何が起こるかわからないから、初代や歴代がしなかった行動は取れないんだー! わかんないんだもん!」

 しまいには地団駄踏み出したぞ。

「え、姫さまかわい……」

 とかバジルが言ってるけど。地団駄踏むの、かわいいの?

「わかった、わかりましたよ。姫さまは、初代が行った行動をなぞっているんですね? 姫さま自身、手探りなので後手に回っていることもあるし、仕方なしに後から公開していることがある、と」

 俺が両手でなだめに入ったら、姫さまがふくれっ面でうなずいた。


 確かに、こんなに幼い姫が勇者。知識は恐らく初代勇者の行動録のようなもので得たのだろう。

 やらなければならないことはわかるが、やってはいけないことがわからない。迂闊にやるとどんな結果を及ぼすかわからないからやれない。


 ただ……やりたいことはやってる気がするんですけど、その辺どうなんですか?


 と、思ったが。ま、それも姫さまの幼さだな。これほど幼くてすべてを正しく判断し、適宜情報を渡す、など出来るわけがない。

 俺は姫さまの頭をポンポンと叩いた。

「姫さまは勇者としてがんばっておられます。ですから、繰り返します。それが勇者の判断というのであれば従います。ですが、それが姫さま自身の判断であるのなら、私は姫さまの身の安全を第一に考え、意見します」

「…………うむ」

 姫さまがしぶしぶうなずく。

「たとえ姫さまが失敗しても、もうそれはしかたのないことです。幼い姫さまにすべての責任を押しつけるようなことは、私を含め誰も望んでおりません。姫さまのパパもママもおにいも姫さまの身を案じておりますし、わからないことは大人に聞いて判断してもらってもいいのですよ? 少なくとも王族の方は勇者の末裔ですから、勇者の支えとなるでしょうし、周知することには入らないでしょう。相談してみたらどうですか?」

 姫さまはハッとしたようだ。

「……そっか。わからなくなったら聞いてみる」

 と、姫さまがかわいく言った。

「姫さま、かわいい!」

 ――バジルのその言葉に、俺も同意するよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る