第53話

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 053_ゾンビフード

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 見た目は牛肉。塩・胡椒して焼いたけど臭いが酷い。極悪な臭いに進化した。食うと決めた以上は食べるつもりなんだけど、この臭いがね。

 鼻をつまんでゾンビフードを食べた。


「味は悪くない……?」


 臭いは極悪だけど、味は悪くなかった。

 北欧の国にとても臭い缶詰があると聞いたことがある。ニシンを発酵させたものらしいけど、それだと思って息をしないように食べる。

 絶対にゾンビのことを思い出したらダメ。


「「「「大丈夫ですか?」」」」


 アオイさん、ミドリさん、アズサさん、アサミさんの視線が僕に集まる。

 美人たちに見守られて嬉しいけど、食道を通って込み上げてくる臭いがキツい。


 酷い臭いだから花ノ木ダンジョンの第八エリアの小島に転移ゲートで移動した。以前、ハグレの爆砕タートルが居た小島だ。

 今はドリル弾で作ったクレーターはなく、爆砕タートルも居ない。サハギンシーナイトはミドリさんたちが駆除してくれた。

 七級になったばかりなのに、楽勝だった。彼女たちは一皮どころか二皮剥けた感じだ。


 本当はダンジョンの中に一般人のアオイさんを入れるのはよくないけど、天の声を聞く瞬間を見たいと言うので連れて来ている。

 ここでバーベキューセットを出して、ゾンビフードを焼いて食べているところなんだ。

 四人は二〇メートルくらい離れた場所から、僕を見守っている。それ、遠くない? え、そこでも臭い? 僕はもっと臭いよ。


「味は悪くない……うっぷ」


 喋ったら極悪な臭いが込み上げてきて、慌てて口を押えた。

 た、助けて……。

 涙目になりながらも、僕は全部食べた。吐き出しそうだから、早く天の声をお願いします!


「っ!?」


 来たっ! 天の声だ!

 はい? 何、これ?


 その瞬間、僕の頭の中に特殊能力の使い方が流れ込んで来た。

 体に力が湧いて来るような、水が染み渡るような力を感じる。

 あのゾンビフードを食べきった罪悪感と、新しい特殊能力を得た高揚感が僕の心の中で混じり合う。


「「「「リオンさん、大丈夫ですか? お腹痛くないですか?」」」」

「大丈夫だうげぇぇぇぇぇぇぇっ……」


 喋ったら吐いてしまった。

 四人にドン引きされているけど、これもう無理!


 胃の中のものを全部吐き出し、さらに胃液も大量に吐いた。

 これがゾンビフードの呪いなのかと、恐怖する。

 でも、吐いても一度得た特殊能力はなくならない。

 もっとも、僕の『結晶』だと特殊能力を封じることができるんだけど……。


 転移ゲートでマンションに戻った僕は、速攻で風呂に入らされた。

 ゾンビフードの臭いが体中に染みついているらしく、四人は涙目で鼻をつまんでいる。

 さらに、食べると体中からバラの匂いがするサプリを食べさせられた。

 酷い扱いと思ったけど、それほど酷い臭いがするんだ。


 三時間ほど半身浴して体中のゾンビフードエキスを汗と共に出した僕は、手足がふにゃふにゃになっていた。


「ふー、やっと落ちついた~」


 ジャージ姿の僕に徐々に近づいてくる四人。

 もう大丈夫だよね?


「うん、我慢できるレベルです」


 アオイさん、それ酷くない?


「「「確かに!」」」


 三人まで……。

 彼女たちが男なら抱きついて、その鼻先で思いっきり息を吐きかけてやるところだ。


「それで、どんな特殊能力を得たんですか?」


 アズサさんが顔を前に出して聞いた瞬間、顔を歪めて鼻をつまんだ。

 悲しくなるから、もうやめて……。僕、泣いちゃうよ。


「僕が得た特殊能力は、『テキスト』だよ」

「何それ? 試験でも受けるの?」

「アズサさん、さすがに試験は受けないよ」

「リオンさん、説明プリーズ!」

「はいはい」


 僕は『テキスト』について説明した。

 この『テキスト』はその対象の詳細について教えてくれるものだ。


「それって『鑑定』のようなものなのかな?」

「多分、近いものだと思う」


 アズサさんの質問に回答し、僕は何で試そうかと考えた。


「それじゃあ、チティスの種の詳細を確認してみてください」


 アオイさんがチティスの種を指定してきた。未だにどうするか決めてないアイテムだ。

 僕は収納からチティスの種を取り出して、テーブルの上に置いて『テキスト』を発動させた。

 するとチティスの種のすぐ上に、ゲームのような半透明な画面が現れる。


「おおお。見える、見えるよ」

「私たちには見えません。リオンさんだけに見えるようですね」


 アオイさんがそう言うと、今度はミドリさんが口を開く。


「『テキスト』には何が書いてあるのですか?」

「ちょっと待ってね。なるほど、これはね───」



 名称 : チティスの種

 希少性 : とても珍しい

 効果 : チティスの種を育てると、傷や病を癒す実をつける木が育つ。傷を癒す黄色の実は搾った汁を飲み、搾りかすを傷口に塗ると治りが早くなる。病を癒す赤色の実はすりおろしたものを毎日一回継続摂取することでどんな病も癒す。また、特殊能力『植物操作』を持つ者がチティスの種を取り込むことで、いつでもチティスの実を採取できるようになる。



「「「「「………」」」」」


 僕を含む四人がミドリさんとチティスの種を交互に見る。

 ミドリさんは固まって、しばらく戻ってこられないようだ。


「ゴホンッ。あー、これはミドリさんに取り込んでもらおうか」

「「「賛成!」」」


 まだ意識が戻ってこないミドリさん以外の四人の意見が一致した。


「はい、お姉ちゃん。これを取り込んで」


 しばらく待ってミドリさんの意識が戻ってきたら、アオイさんがミドリさんにチティスの種を差し出した。


「と、取り込むと言っても……どうすればいいの?」

「うーん……食べる?」

「これを食べるのは、ちょっと無理かも……」


 チティスの種はクルミのように硬い殻に覆われていて、その大きさは僕の拳よりもやや大きい。これを食べるのはさすがに無理があると、皆が思ったようだ。


「特殊能力の『植物操作』を発動させて、このチティスの種を取り込むようにイメージしたらどうかな?」

「やってみます」


 僕がそう言うと、ミドリさんはチティスの種を手に持って目を閉じた。

 すると、チティスの種から芽が出て来て、それが成長して長くなるとミドリさんの手を包み込んだ。

 ピカッ。それが眩い光を発して、僕たちは目を閉じた。

 目を開けると、ミドリさんの手を包み込んでいたチティスはなくなっていた。


「取り込めたようだね」

「はい。とても面白い子ですね、チティスは」


 面白い子というのが、僕たちには分からない。でも、取り込めたなら良かった。


「お姉ちゃん、チティスの実を出してよ」

「分かったわ」


 ミドリさんはベランダにあった鉢植えを持って来た。土も何も入っていない鉢植えだ。

 ミドリさんはその鉢植えに向かって、手をかざした。

 鉢植えの中に何かの根のようなものが出て来て、それがまるで毛糸玉のように丸まっていく。根が鉢植えを埋め尽くし、そこから木が生えてきた。

 その木はあっという間に一メートルほどに育ち、枝葉を広げて黄色と赤色の実を一個ずつつけた。


「「「「おおお」」」」


 黄色の実も赤色の実も形はマンゴーのようなものだった。

 ミドリさんが赤色の実をもいで、僕に渡してきた。


「病気とか関係なく美味しいと思います。リオンさんが食べてください」

「いいの?」

「これからはいくらでも作れますから」


 ミドリさんがほほ笑む。可愛らしい笑みに、少しドキリとした。


「皮ごと食べられますので、どうぞ」

「うん。ありがとう」


 僕は皮ごとチティスに齧りついた。

 シャリッ。

 目を見開く。

 なんだこれ!? 食感は硬めのナシで、高級メロンのような濃厚な甘さがあり、後味がスッキリとしている。


「お、美味しい! これ、凄く美味しいよ!」


 その後は皆でチティスの実を食べた。

 赤色の味は高級メロンで、黄色の味は完熟マンゴーだった。

 薬になるのに、これだけ美味しいと普段食べたくなる。


 

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