第14話

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 014_ハグレ

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 レッドウルフの皮で革鎧を造った。レッドウルフの皮が、耐熱と耐火の効果があるので、この革鎧にもその効果がついている。

 皮が赤かったためかなり派手な革鎧になってしまったけど、見る人が見ればレッドウルフの皮だと分かってくれると思う。

 そんな真新しい革鎧を着こんで、僕はダンジョンに入ることにした。


 しかし、革鎧も赤ければ、剣も赤い。僕は赤装備を目指しているわけではないんだけど、揃ってしまった。


 第二エリアと同じ魔物と、かなりユニークな魔物が第三エリアに出てくる。エレメンタルと言われる風の塊や、土の塊が出てくるんだ。

 風のエレメンタルは一メートルくらいの竜巻のような形をしている。やや緑がかった色は草原の緑に隠されることはなく、風のエレメンタル周辺の草は刈り取られて巻き上っている。


 土のエレメンタルも一メートルほどで、形は岩かな。岩山近くから出没するようになるんだけど、こちらは岩に擬態しているのでかなり見つけにくい。

 エレメンタルは他の魔物のように群れでは現れない。2体が近くに居ることはあっても、群れていない。

 また、遠隔攻撃が得意なので、気づいたら攻撃されているということも珍しくないらしい。


 草原を進むと早速グリーンウルフの群れが現れた。数は一二体で、猛スピードで僕に向かって来る。

 革鎧を造っている間、『時空操作』の新しい使い方を考えていた。『時空操作』には二つの属性がある、『時間』と『空間』だ。この二つのうち『空間』についてはそれなりに使っている。必殺技のドリル弾も開発した。しかし、『時間』のほうはまだまだ開発が必要だと感じたんだ。


 僕は『時間』属性を使い熟すにはどうしたらいいか考えた。以前も使ったことがあるけど、魔物の時間を遅くするデバフ(弱体)しか思いつかない。

 僕自身の時間を速くするというものあるけど、僕自身の時間を速くすることを多用すると、それだけ年を取る可能性があるのであまりしたくない。


 ドリル弾の時はかなり難しくて習得まで時間がかかったけど、対象の時間を遅くするの以前も使ったので苦労しない。でも、効果は五割くらい遅くするのが限度。一〇秒を一五秒くらいに引き延ばす感じかな。


「遅延」


 一二体のグリーンウルフの動きが緩慢になった。時間経過を遅くしたので、速度がかなり遅くなった。

 赤銀製の剣を抜いて僕も駆ける。一体、また一体と動きの遅くなったグリーンウルフを剣で切っていった。

 グリーンウルフたちからすれば、僕が神速の速さで動いたと思えたかもしれない。

 僕自身の速度は変わってないけど、時間の流れがゆっくりになったグリーンウルフにとっては致命的な差だった。


 以前よりも剣の扱いに慣れた僕にとって、遅延はかなり使えると思った。最悪は僕自身の時間を加速させれば、その時間の流れの差はもっと開く。

 それに、使い慣れれば遅延の効果をもっと大きくすることだってできると思う。


 レッドウルフ戦の時にこの遅延を最初にかけていたら、あんな怪我はしなかったかもしれない。これからも自分の安全のために、色々なことを模索していこうと思っている。


 草原を進んでコボルトの群れを殲滅した直後、風のエレメンタルを発見した。周囲の草を刈りつつ移動しているため、『魔眼』がなくても判別はしやすかった。

 風の刃が飛んできてもいいように、自分の周りに空間の壁を展開する。ドリル弾を訓練したおかげで、壁を展開したまま少しは移動できるようになった。これは便利なんだけど長時間の展開は無理。動かさないとずっと展開できるけど、動かすとせいぜい五分くらいしか展開できない。


 二〇メートルほどまで近づくと、風のエレメンタルから何かが飛んできて空間の壁に当たった。壁は鉄壁、傷一つない。

 相手が風なので剣で切りつけることはしない。『結晶』を発動すると竜巻がどんどん小さくなっていって最後にはなくなった。普通の魔物と違う最後に、ちょっと笑った。


 それから何度か風のエレメンタルと遭遇して、風の刃が飛んできた。その射程距離は二〇メートル。感知される範囲は三〇メートルくらいかな。

 僕は空間の壁があるし、三〇メートル以上離れたところから『結晶』を発動して倒せるからいいが、接近戦主体のシーカーはかなり危険だな。

 ミドリさんのパーティーメンバーの二人は接近戦だから危険だな。今度会ったら警告しておこう。


 岩山まであと少しまで近づいたところで、土のエレメンタルを発見。敵の射程外から『結晶』を発動させるのが基本だけど、土のエレメンタルが射出する石を見てみたい。僕はわざと近づいた。

 土のエレメンタルから石が射出されて、空間の壁に当たった。石が粉々になったので、その威力が分かるというものだ。


 射程距離は風のエレメンタルと同じ二〇メートル。危険度は風のエレメンタルのほうがやや上。風の刃は見づらいのが、危険だ。ただし、岩山に土のエレメンタルが居たらヤバいと思う。擬態して見分けがつかないところから、砲台よろしく石を射出されたらかなり危険だ。


 岩山まで辿りついたので、今日はここで帰ることにした。

 普通のシーカーはダンジョンの中で野営して探索するけど、僕は転移ゲートのおかげでマンションに帰って休める。これって、凄いアドバンテージだと思う。


 一瞬でマンションに帰った僕は、疲れた体を風呂でケアする。ゆっくりと湯舟に浸かって半身浴。

 風呂から上がると、パスタで腹ごしらえする。今日はエビの旨味がたっぷりのトマトソースをチョイス。忙しい時は、パスタもソースも電子レンジで温めて食べることができるので、数分で出来上がる。しかも美味い。


 ダンジョンの中に春夏秋冬はないけど、地上は夏真っ盛り。テレビでは今日の最高気温が三三度になったと言っている。普通なら夕方でもエアコンが必要だ。

 でも、マンションの一〇階だと南北の窓を開けておくと、良い風が通る。夕方ともなると、かなり涼しい。


 風を感じながらパスタを食べると、僕もよい身分になったと思う。

 ちょっと前までは、一日三食食べることもできない日があった。実家に帰ろうと何度も思ったけど、僕は歯を食いしばってシーカーを続けた。

 まだしばらくはシーカーを続けられる。今はそう実感できている。


 翌日は第三エリアの岩山を登る。

 全身が岩でできているような岩トカゲという魔物が現れた。大きさは四メートルほどで、ワニのような凶悪な顎で岩をも食らう魔物だ。

 見た目通りかなり硬い魔物で、倒すには特殊な打撃武器か『爆破』系の特殊能力が必要だと言われている。


 剣で戦おうとは思わない。発見次第、『結晶』を発動させる。土のエレメンタルも同じなので、剣を振る機会はない。

 そうやって魔物を倒しながら進んでいくと、巨人が現れた。僕の記憶が正しいなら、それはトロルと言われる巨人種の魔物。四メートルの巨体で防御力が極めて高く、傷を与えてもすぐに再生してしまう厄介者。


「なんでこんなところにトロルが……?」


 トロルはD級ダンジョンに居るような魔物で、E級の枇杷島ダンジョンに居て良い魔物ではない。


「ハグレか……」


 本来はそこに居ないはずの魔物のことを、ハグレと言う。たまにこういうハグレ魔物が現れる。

 ただでさえ明らかに強い魔物なのに、ハグレになるとさらに強さが増す。はぐれが現れると、シーカーに被害が出ることが多い。


 歩くたびに足音が響き、邪魔な岩があれば砕いて進むような乱暴者のトロルと目が合った。

 ヤバいと思った僕は、即座に『結晶』を発動した。生命力を吸い取られていくのが不快だったのか、トロルは「グオォォォッ」と雄叫びをあげて嫌がった。

 普通ならすぐに生命力を封印できるけど、まるでトロルが抵抗しているように結晶化が進まない。こんなこと初めてなので、僕はかなり焦ってしまった。


 トロルが岩を僕に向けて投げてきた。焦った僕は空間の壁を出すことを忘れ、横に飛びのいてしまった。

 飛びのいてから気づいたけど、そこは崖になっていた。落ちそうになった僕は、岩の出っ張りに掴まりなんとか転落を免れたけど、宙ぶらりん状態であまり良い状況ではない。


 トロルが足音を立てて近づいてくるのが分かる。岩を掴む手にその振動が伝わってくるのだ。

 巨大な影が僕を見下ろした。まるで象牙のような巨大な牙が見える口が歪む。その太く逞しい腕が伸びてきて、岩にしがみつく僕の腕を取ろうとする。


 このままではトロルに捕まって、僕は食われてしまう。考えろ、どうすればいい?

 下は地面が数十メートル先にあって、逃げ場はない。上からは極太のトロルの腕が伸びてくる。絶体絶命、剣が峰、九死的な状況で僕が生き残るには……。


 トロルの涎が垂れて僕の手に付着。それが岩を掴む手を滑らして、落ちそうになる。徐々に力が入りずらくなってきた指が一つ、また一つと外れていく。


「くっ」


 さらにはトロルの腕があと一〇センチで僕の腕を掴むところまで近づいた。

 くそっ、トロルになんか食われてたまるか!

 僕は指を離した。重力に引っ張られて自由落下が始まる。


「う……おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」


 地面がどんどん近づいてくる恐怖が、全身を突き抜ける。


「とぉぉぉろぉぉぉるぅぅぅっ」


 僕は絶対に許さないぞ!


 地面が迫る。恐怖で顔が歪む。だけど、これで終わりなんかじゃない!

 地面に直撃する寸前に、僕は転移ゲートを発動した。

 地面と僕の間に入り口を作って、地面すれすれから上のほうへ出るように出口を設置した。

 一気に天地が反転した。空中に放り出され、勢いがあったため二メートルほど上に浮き上って地面に落ちた。


「ぐへっ」


 地面に体をぶつけたけど、二メートルくらいの高さだったので、痛いだけで済んだ。

 あって良かった『時空操作』。本気で死ぬかと思った。


 崖の上を見ると、トロルが叫んでいる。僕が生きていてかなり悔しいようだ。

 これはしっかりとお礼をしないといけない。待ってろよ、トロル。僕を怒らせたことを後悔させてやる!


 距離はおよそ八〇メートル。こんな高い崖を落ちるのは、めちゃくちゃ怖かったんだからな! 


 威力マシマシのドリル弾の発射準備。


 ドリル弾は回転数を上げるのに時間がかかる。さらに、押し出す膨張力を得るのも時間がかかる。

 一〇〇メートルを二秒で飛翔する速度―――時速一八〇キロのドリル弾を発射させるための準備には、四秒かかる。時速が上れば上がるほど発射までの時間がかかるんだ。

 今回はサハギン砦を貫通したマッハ越えまではしない。さすがにあれは威力があり過ぎたと思う。


「グオオオッ」


 トロルが岩を持った。また僕に投げつける気だ。


「やったろーじゃんっ!」


 トロルが岩を投げた。僕もドリル弾を発射した。


「いっけーーーっ!」

「グオオオッ」


 ドンッ。一瞬でドリル弾がトロルへと至る。投げられた岩は一〇メートルも飛ばずにドリル弾によって消し飛ばされた。

 何が起きているか分からないトロルは、首を傾げている。だけど、その胸から腹にかけて一メートル以上の大きな穴が開いていた。


「大男総身に知恵が回りかね。か」


 まさにそんな言葉がしっくりくる光景だった。


「あれだけの大穴が開いていたら、さすがのトロルも生きていないだろ?」


 僕は転移ゲートでトロルの後方へ移動し、『魔眼』でトロルを見た。予想通り、再生が追いつかずに、生命力は今にも消えそうだった。

 僕はトロルの消えかけていた命の炎を、『結晶』で吸い取った。今回は上手くいって、トロルは消えてなくなった。


 トロルの魔石を拾い上げた。トロルの魔石は小一級だと記憶しているけど、これはどう見ても中サイズだ。清州ダンジョンの隠し通路で倒したホブゴブリンとオークも本来のものよりも大きかった。嬉しいことだけど、下手をしてら死んでいたと思うと簡単には喜べない。


 さらにアイテムもドロップしたが、なんと二つもあった。

 一つはトロルの皮で、「また皮かよ……」とちょっとがっかりした。レッドウルフの皮で革鎧を造ったばかりなんですよ。

 でも、二つ目はよく分からないものだった。それが何かはシーカー協会で鑑定してもらわないと僕では判断がつかない。


 

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