第31話

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 031_五級昇級試験(二)

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 ヒントを得て森の中を探索する僕だったが、なかなかメリッサさんのフィギュアは発見できない。『魔眼』では得におかしな力場は見えない。

 ダンジョンの入り口から見て森の右側は探索した。これは左だったかな……。


 夕方の六時まであと三時間。このままでは五級への昇級はできないかもしれない。焦りで探索が雑にならないように、気を引き締める。

 そんな僕の進む方向に、魔物が群れていた。魔物間の距離が嫌らしい。この配置では、迂回するとかなり大回りになりそうだ。

 迂回すると時間はかかるけど安全。戦えば時間は短縮できるけど魔物がリンク―――戦闘中に次から次へと魔物が襲ってくる現象になりかねない。


「さて、どうするか……?」


 顎に手をやり、しばし考える。

 魔物はぐるりと何かを囲むように配置されている。もしかしたら、この先にフィギュアがあるのか?

 魔物が人間の都合に合わせて、フィギュアを守るように動くなんてあり得ない。だけど、この魔物の配置は気になる。


「メリッサさん。転移ゲートを使いますが、構いませんか?」

「私も使えるのであれば、問題ない」


 了解を得られた僕は、転移ゲートを出した。

 水面のようなゲートを見て、メリッサさんの目が見開かれた。


「僕が通った後に、続いてください」


 転移先は魔物が遠巻きにしている何かがある中心部。

 そこだけ木々がなく、巨石が聳え立っていた。なんとなく神秘的な感じがする場所で、『魔眼』では巨石からかなり大きな力場が発せられている。

 この巨石の力場が魔物を侍らせているのだろうか?


 僕は巨石に手を当ててみた。その瞬間、巨石が震え出した。

 大きく後方に飛びのいた僕は、その巨石の動きを注視した。何が起きているんだ?

 五メートルほどの高さだった巨石がさらに高くなった。


「引けっ!」

「っ!?」


 メリッサさんが叫び、僕の腕を引いた。

 巨石のような何かから距離を取った僕は、その巨体から放たれる威圧のようなものに目を見張った。

 これほどの力場は見たことがない。この力を結晶にしたら、どれだけの『SFF』を入手できるのだろうかと思ってしまう。


「これはジャイアントゴーレム。C級ダンジョンに出てくるような魔物」

「これがジャイアントゴーレム……」


 体長一〇メートル近い巨体のゴーレム。圧倒的なパワーを誇る化け物。

 ジャイアントゴーレムが動くと、周囲に侍っていた魔物が四散していった。

 こんな化け物が動きだしたら、踏みつぶされかねない。このエリアに存在する魔物たちが逃げるのも無理はない。

 なのに、これほど大きな力場を見て喜んでいる僕がいる。最近の僕はちょっとおかしい。これも良い特殊能力を得たおかげなのか、それとも調子に乗っているのか。後者ではないと思いたいけど、自分ではそういうところがよく分からない。


「ハグレに遭遇するなんて、ついてない」


 そうかな? ハグレはアイテムがドロップしやすいから、いい獲物だと思う。もちろん、勝てる見込みがあればという絶対条件があるけど。

 こういう考え方をすることが、調子に乗ったり増長しているということなのかもしれない。

 これは遊びじゃない。下手をすれば死んでしまう。それなのに、力を手に入れることを先に考えてしまう。


「ジャイアントゴーレムの動きは遅い。逃げる」


 メリッサさんは瞬時に逃げる選択をした。三級シーカーのメリッサさんでもジャイアントゴーレムを倒すのは難しいということだ。

 だけど、僕は踵を返したメリッサさんを呼び止めた。


「メリッサさん、時間を稼ぐことはできますか?」

「時間を稼いであなたを逃がせと?」

「いえ、ジャイアントゴーレムを倒します」

「……本気で言っているの?」

「時間を稼いでもらえるのであれば、倒します」


 僕のドリル弾なら、あのジャイアントゴーレムでも倒せると思う。だけど、ドリル弾は溜めが必要なんだ。その間、僕は動けなくなる。

 メリッサさんはジッと僕の顔を見ている。どうするのか、考えているんだと思う。


「どれだけの時間が必要?」

「一分ほどで大丈夫です」

「その程度?」

「はい」


 ドリル弾がマッハ超えになるのには、溜めに約三二秒かかる。マッハを超えたドリル弾はどんなものでも破壊する。僕はそう信じている。


「引きつけるのは一分よ」

「はい、お願いします」


 メリッサさんの視線が鋭くなった。戦闘モードに入ったようだ。

 僕はさらに距離を取ってドリル弾の準備に入った。


 メリッサさんの姿が消えた。そう思った瞬間、ジャイアントゴーレムの頭部の前に飛び上がっていた。


「はぁぁぁっ!」


 その拳でジャイアントゴーレムの左頬を殴った。その威力によってジャイアントゴーレムの頬が陥没し、巨大な顔が四五度ほど回転した。

 さらに肩を蹴ってメリッサさんは、くるくると数回回転してから着地した。

 その一連の動きが流れるようにスムーズで、僕は目を奪われてしまう。

 それ以上にひらひらのスカートがめくれそうでめくれない。見えそうで見えない。なんとも言えないじれったい演出(?)があって、目が離せない。


「てやっ」


 おっといけない。見とれている場合ではない。ドリル弾をしっかりと準備しないと。

 キュイィィィィィィィィンッと回転数が上っていくドリル弾。さらに、空間圧縮をマシマシで威力を高めていく。力が溜まっていくのが、分かる。


 その間にも、メリッサさんとジャイアントゴーレムの戦いは続いている。

 メリッサさんの動きは目にも止まらぬほど速い。だけど、ダメージを与えても、ジャイアントゴーレムの体はすぐに修復されてしまう。

 あれでは鼬ごっこで、このまま戦いが続いたらメリッサさんの体力が尽きてしまう。メリッサさんが一分という時間稼ぎを了承したのも、その程度であれば体力は問題ないと考えたからだと思う。

 僕はジャイアントゴーレムの巨体から繰り出されるパワーが厄介だと思っていたけど、あの修復力こそがジャイアントゴーレムの厄介さだと悟った。


「せいっ」


 ジャイアントゴーレムの動きは遅い。多分だけど、あの動きなら僕でも被弾は滅多にしないと思う。


「グオオオオオオッ」


 ジャイアントゴーレムが叫ぶと、その体からたくさんの岩が射出された。

 メリッサさんは圧倒的な速度で岩を躱していく。だけど完全には避けきれず、いくつかは掠ってしまった。


「………」


 あれだけの物量で攻められると、完全に躱すのは無理だ。直撃ではないけど、それなりのダメージを負ってしまった。

 ひらひらのゴシックな服に防御力はなさそうに見える。それだけにちょっと掠っただけでも、このクラスの魔物の攻撃は大変なダメージになるかもしれない。

 多分、ちゃんとした防具を身に着けるように言っても、ビジュアルを大事にして変えないと思う。僕なら見た目よりも防御重視にするが、妙な拘りを持つシーカーは意外と多い。メリッサさんもその一人なんだろう。


 ダメージを受けても、メリッサさんは一分という時間を僕に与えるために、ジャイアントゴーレムに立ち向かっていく。

 僕はその時間を大事に使わなければいけない。一撃必殺。一発でジャイアントゴーレムを屠るそれだけの威力のあるドリル弾を撃たなければならないと、拳を握りしめた。


 しかし、メリッサさんの動きはほんとうに美しい。僕もあんな動きができれば、きっと違う世界が見えるんだと思う。


「僕があの域に達するのは、いったいいつのことか……」


 雨のように射出される岩の攻撃を、メリッサさんは最小のダメージで切り抜けていくが、それでもダメージは蓄積していく。メリッサさんの動きが鈍ったように見えた。その甲斐あってドリル弾の準備が完了した。


「メリッサさん!」

「離脱!」


 メリッサさんが、ジャイアントゴーレムから距離を取った瞬間、僕はドリル弾を射出した。

 高速回転高圧縮されたドリル弾は、戦車の砲門から射出される砲弾のような衝撃波を残して、一直線にジャイアントゴーレムへと進んだ。


 ドゴンッ……バリッバリッバリッバリッドガーンッ。


 音速を超えた超高速のドリル弾のその衝撃波は、僕を吹き飛ばし、地面を抉り、ジャイアントゴーレムに命中。

 ジャイアントゴーレムの上半身を完全に消滅させたドリル弾は、止まることなく森の木々を薙ぎ倒していった。


「え?」


 メリッサさんが目を見開き、口を大きくひらけてその光景を見ている。

 衝撃波によって吹き飛んだ僕は、立ち上がって土埃を払った。『魔眼』でジャイアントゴーレムの下半身を見た。

 なんとジャイアントゴーレムの下半身には、大きな力場がまだ残っていた。僕は『結晶』を発動した。さすがに上半身がなくなったジャイアントゴーレムの抵抗は小さく、僕の手の中にジャイアントゴーレムの力を封印した結晶が現れた。

 それを収納した僕はメリッサさんへ近づき、ポーションを差し出した。

 ポーションを見た後、僕の顔に視線を移したメリッサさん。


「今の……何?」

「僕の奥の手です」

「そんな奥の手があるなんて、聞いてない」

「奥の手をペラペラ喋るようなことはしませんよ」

「そうね」


 ジャイアントゴーレムはアイテムを残した。それを回収して、僕たちは再びフィギュア探しをした。

 そして巧妙に隠されたフィギュアを発見できた。

 メリッサさんにそっくりなフィギュアは、ゴシックな感じが強調されていてアニメのキャラのように見えた。


「これ、メリッサさんにそっくりですね」

「有名な原型師に頼んで作った。自信作」


 フィギュアのようなポーズで可愛らしく言われると、なんと返事すればいいのか分からない。

 可愛いと言えばいいのかな? 似合っていると言ったほうがいいのかな?


「むう。感想は?」

「え、あ……か、可愛いですね」


 メリッサさんがにやりと頬を緩めた。正解だったようだ。

 とにかく、僕は時間内にメリッサさんのフィギュアを発見した。これで五級に昇級できるはずだ。

 万年一〇級とか無能とかバカにされていた僕が、五級かぁ……。


「ところで、ダンジョン内でこういったアイテムは、時間経過と共にダンジョンに吸収されますよね?」

「特殊な加工がされている。だから大丈夫」

「その特殊な加工というのは、なんですか?」

「知らない。協会がした」


 なるほど、シーカー協会はそういった技術を持っているということだね。

 それがどういったものか、僕に教えてくれることはないと思うけど、帰ったら聞いてみようかな。


 

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