第32話

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 032_五級シーカー・リオン

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 人間は誰でも死ぬ。魔物も絶対に死なないという理屈はない。

 僕だっていつ死ぬか分からない。病気で死ぬかもしれないし、魔物に殺されて死ぬかもしれない。

 だから生きているうちに楽しみたい。そのためにお金が必要なのは、嫌というほど味わった。もう二度とあの生活に戻りたくはない。

 幸いにも今の僕には、シーカーの他に安住製作所の重役の地位がある。役員報酬の他に月に数千万円の収入がある。


「リオンさん、難しい顔をしてどうしたのですか?」

「あ、いや、なんでもないですよ。アオイさん」


 目の前にはミドリさんとアオイさん姉妹。

 中華料理店らしい赤い柱やテーブル、椅子。

 美人姉妹と高級中華を食べられる幸せを嚙みしめている。


「リオンさん、五級昇級おめでとうございます」

「おめでとー、リオンさん!」


 グラスをカチャンッと合わせ、ウーロン茶を飲む。


「二人ともありがとう。まさか僕が五級になれる日が来るとは、感慨無量です」

「ねえ、リオンさん」

「何?」

「C級ダンジョンは、どこにするの?」


 僕が所属する清州支部には、C級ダンジョンはない。そのため、他の支部が管理するC級ダンジョンに入ることになる。

 マンションから四五分圏内に二カ所のC級ダンジョンがあるんだけど、一カ所は罠がたくさんあり、もう一つは死霊ダンジョンと言われるほどアンデットが多い。

 それ以外になると片道二時間くらいのところに一カ所ある。でも、わざわざそこまで行かなくても、罠か死霊のどっちかに行けばいい。


「正直言って、一度死霊を見てみたいかな」

「そうすると、海ね!」


 海と言っても海水浴場ではなく、海に近い場所にあるダンジョンだけどね。


「アオイ、海水浴場が近くにあるからって、遊びじゃないのよ」

「分かっているわよ。それに、今は冬だし」


 そう、今は冬。残念ながら海水浴は無理。つまり、水着は……。本当に残念だ。

 もっとも、まだD級ダンジョンを踏破していないので、踏破後にC級ダンジョンへ挑戦するつもりでいる。


「帰ったら死霊について、調べておきますね」

「あ、うん。お願いするよ」


 そんなわけでC級ダンジョンは、死霊が多く出る知多ダンジョンになった。


「私も早く五級になりたいです。そのためには、日々のダンジョン探索をがんばります!」

「ミドリさんたちなら、きっとなれるよ」


 これは適当に言っているわけではない。それなりの根拠があって言っている。

 まず、ミドリさんは信頼できる仲間を見つけた。背中を預けられる仲間というのは、本当に大事だと僕は思っている。


 僕だって過去にパーティーを組んでいたことがある。珍しい特殊能力を持った僕が凄いと勝手に思い込んだ彼らは、役に立たなかった僕を荷物持ちにしてこき使った。

 荷物持ちをしていたある日、僕たちの前にエリアボスが現れた。いや、エリアボスを倒すんだと、彼らが突撃していったんだ。

 だけど、彼らはエリアボスに勝てなかった。そして、僕をエリアボスの生贄にした。

 その時は運良く別のパーティーが通りがかって、僕を助けてくれた。


 地上に戻った僕は、パーティーメンバーたちのことを協会に訴えた。だけど、協会は彼らを処罰しなかった。証拠がないから処罰できないのだ。

 それ以来、僕はソロでシーカーを続けた。別にパーティーを組むのが怖いわけではない。誰も僕とパーティーを組まなかったのだ。

 役立たずとはパーティーを組めないと言うのだ。その気持ちは分からないではない。背中を預ける仲間が僕のような役立たずでは、安心できない。でも、一番安心できないのは、仲間を生贄にするようなシーカーだ。

 ダンジョンの中では何があるか分からない。ちょっとしたことで命取りになるのがダンジョンなんだ。だから、信頼できる仲間は昇級やお金以上に大事だ。


 背中を預けることができる仲間は、とても貴重だ。それに、アサミさんとアズサさんは強い。戦う所を実際に見たのは昇級試験の時くらいだけど、最近の彼女たちの動きを見ればなんとなく分かる。

 塚原道場に通って師範に稽古をつけてもらい、シーカーとして五級にもなった。多少は強さというものが分かるようになったつもりだ。まあ、大した眼力はないかもしれないけど、二人からは強さが伝わってくる。

 ミドリさんは前衛ではないので、二人のような強さはあまり感じない。でも、あの『植物操作』は可能性が詰まっていると僕は思っている。きっと大成すると、僕は確信しているんだ。


「はい! 早く五級になれるように、がんばります」


 天使のような笑顔のミドリさんに、僕も微笑み返す。


「あっれー、何、何、二人、なんだかいい感じー」

「うっ!?」

「ちょ、アオイ!」

「あははは。お姉ちゃんたら、赤くなってるー」


 僕とミドリさんがいい感じ……。ちょっと嬉しいかな。


「リオンさん、どうしたの? ボケーッとして」

「え、あ、うん。なんでもないよ」

「ほら、もっと食べて! お姉ちゃんも食べなよ! お姉ちゃんの奢りなんだから!」

「あんたねぇ……」


 別に僕が奢ってもいいのだけど、僕の五級昇級を祝うものだからとミドリさんの奢りになった。学生のアオイさんは、働くようになったら考えるそうだ。ちゃっかりしてるね。

 口にしたフカヒレの姿煮はとても美味しい。頬が落ちそうだ。

 僕たち三人でたくさんの料理を食べた。お腹がいっぱいで動けないよ。


 ・

 ・

 ・


 シーカー協会の本部内にある個室。そこではシーカー協会で昇級試験を管轄している綾瀬と、リオンの五級昇級試験の試験官をしたメリッサがコーヒーを飲んでいた。


「あれは化け物」

「あんたが言うんだからそうなんだろうけど、どう化け物なの?」

「ハグレのジャイアントゴーレムを瞬殺」

「瞬殺……? ジャイアントゴーレムを? どんな攻撃だったの?」


 眉間に皺を寄せた綾瀬が、コーヒーカップを見つめたまま問いただした。

 リオンには、ソロで五級として活動していける力がある。それはこれまでの実績と『SFF』の数値からシーカー協会として判断している。その判断基準はシーカー協会が設立された時よりも、より厳しいものになっている。そのおかげで五級以上の死傷率はかなり減っていた。


 綾瀬も元はシーカーであり、二級へと至った人物だ。二〇歳そこそこで三級になったメリッサほどの才能はないが、地道な努力で一流と言われるまでになった。

 メリッサにしても、決して才能だけではない。それを綾瀬は知っているだけに、「怪物」とか「化け物」をあまり信じていない。


「分からない。気づいたら、ジャイアントゴーレムの上半身がなくなっていた」

「……ジャイアントゴーレムの上半身がなくなった? 粉々に砕いたってこと?」

「なくなった。消滅」

「消滅とは穏やかじゃないね」


 眉間の皺が深くなるのを感じた綾瀬は、顔を上げて眉間を揉み解した。


「管理職なんてしていると、眉間の皺が取れないよ。困ったものだね」


 メリッサがそういう話に反応しないのは分かっている。ただ考える時間を作っているだけだ。


「あの子の特殊能力は『時空操作』と『結晶』、さらに最近身につけた『サハギン王』。『結晶』は役に立たない特殊能力だと報告を受けているし、『サハギン王』はさすがに違うと思うから『時空操作』による攻撃だと考えるのが妥当かね」


 消滅したのであれば、上半身だけ別の空間に飛ばしてしまったとも考えられる。そんな攻撃ができるなら、不可避の攻撃となる。ゾクリと背筋に冷たいものが走った。


「もっと詳しく話してもらうよ」

「面倒」

「面倒でも試験官なんだから話してもらうよ。私だってそういった情報を集めるのが仕事なんだ。動画を撮ってあるよね。それも提出してもらうよ」

「上手く撮れてなかった」

「そうなのかい。まあいい。見せておくれ」


 メリッサが見せた動画は、メリッサがジャイアントゴーレムと戦っていたため、ブレブレで大事なところ―――リオンが特殊能力で攻撃するところが、映っていなかった。

 それでも、ジャイアントゴーレムの上半身が消滅した光景は、しっかり映っていた。その光景はとても六級や五級のシーカーによる攻撃とは思えなかった。


「この動画、私のメールに送っておいてくれるかね」

「分かった。もう帰っていい?」

「ああ、構わないよ」


 メリッサを見送った綾瀬は、リオンのことを報告するためシーカー協会の大幹部の一人、実質的に協会を動かしている人物のところへと向かった。


 

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