第25話 本当の強さとは

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 025_本当の強さとは

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 アオイさんと会う約束をしたけど、待ち合わせ場所は僕のマンションだった。女の子が来るのは初めてなので、掃除をして待った。

 予定通りの時間に呼び鈴が鳴ったので出ていくと、可愛らしいアオイさんが立っていた。今日は秋らしいファッション。その後ろにミドリさんも居た。


「あれ、ミドリさん。どうしたの?」

「アオイが無理を言ってすみません。保護者としてついてきました」

「こんなこと言ってるけど、お姉ちゃんはリオンさんに会いたかったんです」

「アオイ!」


 美人姉妹が玄関先で言い合いをしている。ギスギスした言い合いじゃなく、仲の良い姉妹のじゃれ合い。なんと言うか、ほっこりする光景。


「あの、二人とも上がって」

「「はい!」」


 言い合っていたのに、完全に調和した「はい」が返ってきた。本当に仲がいい。

 二人をリビングに通してソファーに座ってもらい、コーヒーを出す。


「インスタントでごめん」


 お金持ちのお嬢様たちなのでこんなインスタントのコーヒーなんて口に合わないかなと思いつつ、これしかないので出した。


「今日は面接に来たつもりなんで、お構いなく」

「僕が相談したんだから、そんな大げさに考えないで」


 二人にコーヒーを勧めて、僕も座って飲む。

 アオイさんは税理士試験に現役合格しているので、税金のことは任せてほしいと、なぜかミドリさんが言う。

 よく分からないけど、税理士試験って難しいんでしょ。そんな優秀な子が僕専属として働くの? いいのかな?


 とりあえず、僕の収入とか見せることになった。シーカー協会に頼めば、収入の計算書を一カ月単位で出してもらえる。もちろん、オークションで得たお金も含んでいる。それを事前に出してもらったものを見せた。


「うわー、稼いでいるんですね」


 計算書を見たアオイさんが感嘆すると、ミドリさんが「失礼でしょ」と注意する。微笑ましい光景だし、美人姉妹がキャッキャするのを見るのは眼福だ。


「リオンさん。支出のほうも見せてもらえますか」

「あの、支出のほうはそういった計算をしてなくて……」

「レシートとか領収書でいいです。まさか捨ててないですよね?」

「はい。捨ててないです」


 箱に放り込んだままのレシートを持ってくると、アオイさんだけではなくミドリさんまで内容を精査していく。なんか早いんですけど。


「ざっと見ただけですけど、収入に対して支出が少なすぎます。これでは無駄に税金を払うことになります。もっと色々購入して、節税しないと」


 アオイさんのアドバイスを聞き、そんなものかと思ってしまう。


「私がちゃんと節税とかも考えます。雇ってもらえますか?」

「真面目に働くように、私が目を光らせます。どうでしょうか」

「なんでお姉ちゃんが目を光らせるのよ。お姉ちゃんはシーカーでしょ」

「いいのよ。そんなことは」


 美人姉妹のじゃれ合いは、見ていてほっこりする。


「僕のほうからお願いしたいので、よろしくお願いします」

「「本当ですか!?」」


 息がぴったりだね。

 アオイさんが大学を卒業するまでは、週に一回レシートとかを整理してくれることになった。レシートの整理が終わったら、どれだけの金額を使ってどういったものを購入するかを決めようと。


 また、大学を卒業してからは、平日は毎日出勤する形になる。このマンションを自宅兼事務所にして家賃の七割くらいは経費にできそうだと言っていた。こんなことならもっと広いマンションにしておくんだった。

 あ、そうだ。安住教授の新会社のことを言わないと。安住教授やヨリミツのことや、新しい会社の名前だけの役員になると話す。


「役員報酬の話や、リオンさんが提供するものの対価がどれくらいなのか分かりませんので詳しい話はできませんが、問題ありません。いくらでもやり様はありますので」


 頼もしいお言葉です。

 その後、雇用条件を詰めた。もっとも、僕ではよく分からないので、アオイさんとミドリさんが話し合って決めてくれた。

 後日、ちゃんとした雇用契約書にして持ってくると言っていた。お父さんも経営者だと言っていたので、そういうことに慣れているのだろうか?


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 道場には週に三回通うことになっている。仮入門なので、そんなものらしい。

 初日は一時間動かずに抜刀の構えをした。実際に木刀を左の腰に携え、中腰で一時間はかなりキツかった。

 おかげで、筋肉痛になってしまった。筋肉痛になるなんて、いつ以来だろうか。


 抜刀の構えは、家でも稽古できる。朝起きてストレッチをしたら、一時間行う。ただでさえ筋肉痛なので、足がすぐに悲鳴をあげる。それでも我慢して一時間じっと構える。

 汗が頬を伝って顎から落ちる。床にヨガマットを敷いていたけど、一時間後には汗で濡れていた。


「……そう言えば、床に落ちた汗を拭き忘れてた」


 今度道場に行ったら、掃除をしてから帰ろうと思った。


 道場に行く日になって稽古着を持って向かったら、師範が僕を見て驚いた顔をした。


「二度と来ないかと思っていたぞ」


 そう言って笑った。理由を聞いたら、入門しても抜刀の構えを一時間すると来なくなる人ばかりらしい。

 いくらなんでもそれは根性がないと思った。僕のようなシーカーなら、剣に命を預けることになる人も多いのに、その程度で心が折れるようならシーカーなんてやってられないと思う。

 僕のように剣のほうがサブの武器でも、あのくらいで音を上げていたら命がいくらあっても足りないよ。シーカーというのは、そういう職業だから。


「まあいい。来たからには、しっかり教えるぞ」


 そう言った師範は、また抜刀の構えを一時間だと指示してきた。

 僕が抜刀の構えをすると、フウコさんも同じように構える。二人で構えて動かない―――僕は何度も叱られたけど、一時間過ぎた。


 汗が吹き出し、床に大の字になって荒い息を整える。そんな僕を無視して、フウコさんは素振りを始めた。

 あの華奢な体のどこに、そんな体力があるのだろうか? 僕なんか足がプルプルして、すぐには立てないよ。


「あいつは天才だ。見本にするな」

「天才……ですか?」


 師範は剣の世界ではそれなりに名が売れているらしい。その師範から見て、フウコさんは天才だと言う。


「あと二年も修行すれば、俺を越えるだろうな」


 剣の世界に身を置いて四〇年になる師範を、すぐに越えて行くと言うから驚きだ。

 その頃には師範も五〇になっているので、体力は全盛期ほどない。だけど、この世界の達人たちはそれこそ五〇や六〇になっても達人だ。師範も達人と言われる人らしいけど、フウコさんはその師範を越えていくだろうと、師範は楽しそうに語った。


「弟子が師匠を越える。師匠と言われる者には、これほど嬉しいことはないぞ」

「そういうものですかね」

「だが、簡単に越えられるわけにはいかないから、俺ももっと修行を積まないとな」


 一カ月ほど剣の稽古に明け暮れた。と言っても、一時間抜刀の構えをして、休憩してまた一時間構えるの繰り返しだ。

 稽古の日は抜刀の構えだけを三セット行い、稽古のない日でも一セット行う。それが日課になりつつある今日この頃は、筋肉痛も以前ほどない。


「で、どうする?」

「どうするとは?」

「正式に入門するか?」


 そういえば、僕は仮入門だった。

 正直言って、今の稽古をしていて強くなったとは思っていない。このまま続けても強くなるかどうかも分からない。だけど、ここで辞めたら強くなれないことは分かる。


「正式に入門します」

「おう、道場は平日の午後三時から夜の八時まで空いている。その間なら稽古をつけてやる」

「それ以外の時間に道場は開いてないのですか」

「そんなに稽古がしたいのか」


 強くなれるなら、稽古する。でも、それが理由ではない。


「職業柄、その時間以外でも稽古ができればと思っただけです」

「事前に言えば、開けてやる。ただし、別料金だ。残念ながら、道場の経営は苦しいんでな」


 道場を運営するのにもお金が要るのか。当然のことだけど、世知辛いね。


「では、月謝を通常の一〇倍出します。その代わり、自由に道場を使わせてください」

「ほう、一〇倍か。いいだろう。ちょっと待っていろ」


 師範が道場の奥へ消えて、すぐに戻ってきた。


「時間以外に俺は居ないと思え。それから使った後は清掃と戸締りをしろ。いいな」


 そういって鍵を渡された。


「ありがとうございます」


 その日、師範は抜刀の構え以外に初めて稽古をつけてくれた。

 抜刀の構えから剣を抜き去る、その刹那に全てを賭ける必殺の術。


 鞘から剣を抜く。それが意外とスムーズで驚いた。


「何を驚いているんだ」

「なんというか、こんなにもスムーズにできたことにちょっと驚きました」

「そのために、構えがブレないように稽古をしてきたのだから、当然だろう」


 なるほど、あの構えだけの稽古はこのためなのか。

 僕は何度も抜刀を行い、剣を鞘に戻した。


「リオン。敵を見よ。そして極めるのだ」

「敵を見る……。極める……? 師範、どういう意味ですか」


 敵を見よというのは、仮想敵を思い浮かべろということらしい。その仮想敵の動きを見極め、弱点を見極める、それが極めるということ。

 仮想敵を思い浮かべることが難しい。想像力と記憶力の全てを動員しても、簡単ではない。剣を抜く前に、それができなくて苦労することになった。


 気分を変えようと、久しぶりにダンジョン探索をしようと思た。

 枇杷島ダンジョンに入って第七エリアに進んだ。第七エリアは山林型のエリアで、生い茂った木々や草花が太古の地球を思い起こさせる。

 出てくる魔物も恐竜を思い起こさせるようなものが多い。Tレックスに似た魔物のバーサーカーザウルスは、力が強く狂暴、さらにその皮もかなり厚くダメージを与えにくい。


 まだ剣術を身に着けてない僕は、剣ではなく『結晶』で戦うことを選んだ。

 バーサーカーザウルスを発見すると、すぐに『結晶』を発動して倒す。

 最近思うのだけど、最初の頃に較べて手の中にある結晶のエネルギー量が明らかに多い。おかげで解放した時の『SFF』の増える量も多い。


 以前は『SFF』が全然増えなかったことに焦りを感じていたけど、『SFF』がただ増えただけでは基本的な能力が上ったに過ぎない。

 本当の強さというものは、『SFF』では現れないところのほうが多いのかもしれない。と最近思うようになった。


「『結晶』に頼っていては、いつまでも敵をイメージできないか」


 地響きを立てて迫ってくるバーサーカーザウルスを睨みつけ、その動きの一挙手一投足に注目する。

 なんて大きさだ。あんなのと剣で戦うなんて、正気の沙汰ではない。だけど、それがシーカーという職に就く者。それが僕なんだ。


 鋭い牙を隠しもしない口からは、涎が垂れている。あんな涎だらけの口で噛み砕かれるのは、ごめんだ。

 後ろ足はかなり太いけど、前足は短くて頼りない。でも、爪はかなり大きくどれも危険だ。


 バーサーカーザウルスの危険なところは、あの鋭い牙と太い後ろ足の攻撃だ。

 そんなバーサーカーザウルスの弱点は、あの巨体を支える太い後ろ足。だけど、あれを切れるのか? 半人前にもなってない僕が、あの後ろ足を……。


「集中しろ、僕。あの化け物にだって、必ずつけ入る隙はある」


 長く細い息を吐いて、今にも口から飛び出しそうなくらいに激しく鼓動する心臓を押さえ込む。

 赤銀製の剣の柄に右手を添え、腰を落として抜刀の構えをとる。


 不思議なことに時間が引き延ばされたかのように、バーサーカーザウルスの動きがゆっくりに見えた。次第に落ち着いてきたのが、自分でも分かる。

 どこだ、どこならあの太くて逞しい足を斬れる。バーサーカーザウルスの動きを注意深く見つめる。


「……見えた!」


 その刹那、時間が止まりバーサーカーザウルスが止まった。

 それを見逃さず、僕は抜刀した。


「シッ」


 筋肉と筋肉の間、そこにある筋を斬る。

 ズドーンッとバーサーカーザウルスが倒れた。あの巨体を支える筋を斬ったことでバーサーカーザウルスは立つこともできず、地面に倒れてもがく。

 息の根を止めるまでは、油断しない。『結晶』を使ってその命を摘み取った。


「できた……。まだ一撃必殺には遠く及ばないけど、何か見えた気がする」



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