第71話 クランハウス入居

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 071_クランハウス入居

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 安住製作所で重力結晶と生命結晶を納品すると、ヨリミツが手をクイクイして僕を呼んできた。


「何?」

「ついて来い」


 相変わらず言葉が少ない。

 ついて行くと、厳重なセキュリティの部屋に入った。

 ここは開発部の最重要区画だと思う。


「これは……」


 その光景に絶句。


「飛行機?」

「惜しい」


 流線形で翼がある。飛行機じゃなければ、なんだ?


「まさか……」

「ああ、宇宙船だ」


 おいおい、なんで安住製作所で宇宙船なんて開発しているんだよ?


「指向性重力制御システムを使ったもので、打ち上げ台も長い滑走路も必要ない」


 重力を制御する指向性重力制御システムなら、打ち上げ時に必要なエネルギーを大幅に軽減させることができるとヨリミツは言う。


「これは試作機だから乗員は二人だが、将来的には月や火星への旅行ができる大型旅客宇宙船も開発したいと思っている」


 そういえばヨリミツは宇宙で稼働できるロボットの研究をしていたんだったね。それの延長線としてスマートメタルを開発したけど、宇宙のことが諦められないのかな。


「大きな夢だな……」

「何を言っているんだ。指向性重力制御システムはそれを可能にする技術だぞ。だからお前は大陸の大国の手先に拘束されたんだろ」

「お、おう……そうだったな」


 試作宇宙船は既存の航空機のようなジェットエンジンではなく、指向性重力制御システムを改造した重力エンジンを使っているとか。

 試作機はほぼ完成しているから、何度かテスト飛行を行って実際に宇宙に上げるそうだ。


「その時は僕も呼んでくれよ」


 ヨリミツは含みのある笑みを浮かべて頷いた。





「さあ、今日は私たちのクランハウスの改修が終わって、引き渡し日です!」


 アオイさんの元気な声を聞いた僕たちは、クランハウスへと向かった。

 伏見駅から徒歩二分の場所に、クラン【時空の彼方】のクランハウスが聳え立っている。大きなビルだ。

 元々商業用のビルを改修したもので、各階の防火設備の拡充とあまり仕切りのなかったフロアを複数の小部屋に改装、その他に耐震補強やセキュリティの強化などを行っている。

 よく一カ月でこれだけやったよね。それだけ金に糸目を付けなかったらしいけど。


 一階のエントランスは高級ホテルのロビーみたいに広々としていて、奥は管理人室と倉庫になっている。

 二階は多目的スペースで、食堂や遊戯スペース、大浴場がある。

 三階は作業スペースと訓練場。

 四階以上は個人の居住空間になっている。


「「広い部屋だね!」」


 アズサさんとアサミさんは四階の部屋に入るそうで、もうすぐ引っ越しのトラックがやって来るらしい。


 個人用の部屋には、キッチン、トイレ、風呂が完備されている。僕が以前住んでいて、今は共同スペースとして使っているマンションの部屋よりも大きな部屋だ。


 上になるほど部屋数が少なくなり、一部屋が広くなる。一人暮らしなら四階の部屋でも十分広いよ。


 エレベーターで最上階に。


「リオンさんはクランマスターなので最上階です!」


 アオイさんに任せていたら最上階のフロア全てが僕の部屋になっていた……。


「見晴らしがいいですね」


 ミドリさんが名古屋の町並みを見下ろす。僕も隣で景色を眺める。いい景色だ。

 このビル、ここら辺では一番背が高いんだよ。


 ルルルルッ。ルルルルッ。アズサさんのスマホが鳴った。


「引っ越し業者さんが来たから、私たち行ってくるね」


 アズサさんとアサミさんが引っ越しの対応に向かった。

 僕の収納に入れて運ぼうかと提案したんだけど、せっかくだから一人暮らしの気分を味わいたいと断られてしまった。


 僕も大学を卒業してシーカーになった時は、軽トラに荷物を積んで岐阜から出て来たっけ。


 ルルルルッ。ルルルルッ。今度はアオイさんのスマホだ。


「警備会社の方が来たみたいです。私も行ってきますね」

「僕も行こうか?」

「大丈夫ですよ」


 アオイさんも出て行った。

 残ったのは僕とミドリさんの二人だけ。


「クランハウスなのに警備員を入れるんですね」

「僕たちがいつも居るわけじゃないからね」


 基本的にクランハウスに常駐するのは、アオイさんだけだ。

 アズサさんとアサミさんは住むことになっているけど、職場はダンジョンだからね。僕もこのクランハウスで住めばいいけど、タワマン買ってしまったし。妹のアイカが住んでいるけど、アイカにタワマンを渡す気にはならない。それにお父さんがアイカの一人暮らしなど絶対許さない。


「ミドリさんはここに住まないの?」


 姉妹で住み込んでいいと思うけど。


「私は通っても不便ないから。でもアオイは泊まりこむことが多くなると思います」


 一応、ミドリさんとアオイさんの姉妹用の部屋もある。住み込みじゃないから、二人で使うと言って一部屋だ。


「部屋はいくらでも空いているから、いつでも引っ越しして来てね。住んでない僕が言うのもあれだけど(笑)」

「はい。その時はよろしくお願いします」


 最上階の僕の部屋はいくつか区切られていて、二人でそれぞれの区画を見て回った。

 なにせワンフロア全部だから、かなりの広さだ。


「まさか僕専用の訓練場があるなんて……」


 師範の道場よりも広い訓練場があった。


「あの子、張り切ってましたから……」


 アオイさんが張り切った結果だった。

 二人で最上階を見終わったので、降りて行くと引っ越し業者が荷物を運んでいた。


 玄関前にちょっとしたロータリーがあり、そこに引っ越し業者のトラックが二台止まっている。どうやら二人の荷物が同時に到着したようだ。

 地下に駐車スペースがあって屋根がある四トントラックも入れるけど、今は誰も居ないからロータリーから運びこんでいるようだ。


「リオンさん。ちょっといいですか」


 エントランスで警備会社の人と話し込んでいたアオイさんが僕を呼んだ。


「何かな?」

「警備の責任者さんが、挨拶をしたいと仰るので」

「ああ、なるほどね。うん、大丈夫」

「大井警備保障の大井と申します」


 大井警備保障の大井さん? 社長かな?

 名刺には警備部執行役員兼警備本部長とあった。


「クラン【時空の彼方】のクランリーダーをしているカカミといいます」


 僕は名刺を持ってないから、簡単な挨拶を交わした。

 どうせ暇だから、ミドリさんも一緒に警備体制の説明を聞いた。


 大井さんの話が終わると、今度は派遣会社の営業さんの挨拶を受けた。

 なんで派遣会社? と思ったら、受付嬢や食堂の料理人などを雇うそうだ。

 他にも清掃業者も入って、かなり本格的に人を雇っている。


「経費で落とせる分は、できる限り経費を使いましょう」


 とアオイさんは笑う。

 税金で取られるくらいなら使いまくってやろうというのが、アオイさんの考え。僕もその考えには賛成したけど、毎年一〇〇億オーバーの収入があるわけではないからと釘を刺しておいた。





 来月はお爺ちゃんの誕生日だ。

 これまで何もしてあげられなかったから、今年は何かしてあげたい。


「なあ、妹よ」

「なんでありますか、兄上」


 食事中に僕が神妙な表情をすると、アイカが佇まいを正した。


「来月はお爺ちゃんの誕生日であるな」

「左様でございますね」

「何を贈ったらいいと思うか、百文字以内で述べたまえ」

「難しいところでありますが……」


 僕とアイカは、お爺ちゃんの誕生日プレゼントを何にするか悩んだ。


「やっぱ、現金でしょ!」


 口調がいつもに戻った。疲れたようだ。


「いや、お爺ちゃん、結構持ってるって話だぞ」


 しまったな、ボズガルド(三〇歳若返らせる薬)を売らずに持っておけばよかった。あ、でもお婆ちゃんの分がないから、どちらにしろ下手に渡せないか。


「それなら旅行にでも連れて行ってあげたらどうかな? 温泉とか」

「それいいな。どこがいいかな?」

「お爺ちゃんはあれで出不精だし、遠出は好きじゃないからね」

「そうなると近場の温泉か。下呂温泉が有名だな」

「いいね~、三名泉だっけ? 早く浸かってみたいな~」

「なんでアイカが浸かるんだよ?」

「そりゃ~私がいないとお爺ちゃんとお婆ちゃんが寂しがるじゃん」

「お前、会社はどうするんだよ?」

「土日でお願いします!」

「それじゃあ、行ってすぐに帰ることになるじゃないか。温泉なんだから、湯治を兼ねて一週間か二週間くらいのほうがいいんじゃないか?」

「お爺ちゃんがそんなに家を空けると思えないけど?」

「……それもそうだな」


 温泉で話はまとまったけど、それ以上がまとまらない。

 だからお婆ちゃんに相談することにした。


「週末に帰るってメールしておくね」

「うん、頼むよ」


 最近は月に一回は二人で帰っている。お婆ちゃんとの約束だから、守らないとね。





「そうねぇ~、お爺さんは家が大好きだから、日帰りでいいかもね」


 お婆ちゃん曰く、泊まりで旅行をしたことがないらしい。


「せっかくだから泊まりで行こうよ、お婆ちゃん」

「どうかしらねぇ……」


 お爺ちゃんは枕が変わったら寝付けないのか?

 しかし泊りが嫌いなら、日帰りしかない。

 日帰りで行けるような温泉となるとかなり限られてくるぞ。下呂は日帰りできる場所だけど、結構ハードスケジュールだ。

 僕の『時空操作・改』を使えば一瞬で移動できるけど、それじゃあ旅行感がないしな~。


「仕方がないね。近場でちょっとした温泉と食事が楽しめる場所を探そう。私が探しておくから、お兄ちゃんは財布のほうをお願いね」

「役割分担な。ちゃんと考えろよ」

「は~い」


 アイカはノートパソコンをお婆ちゃんと見ながら、キャピキャピ騒いでいた。

 母さんが帰ってきたら、三人で大騒ぎだった。

 お爺ちゃんに聞こえるから騒がないでほしいんだが、三人の熱気に気圧されて言葉が出ない。

 せっかくサプライズしようと思ったけど、お爺ちゃんがいる前で三人が相談するんだよ。お爺ちゃんはとても微妙な表情だった。



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