第7話

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 007_第二エリアの隠し通路

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 第二エリアを進むと、リトルデーモンが現れた。リトルデーモンは子供のような容姿をした悪魔系の魔物だ。小さな羽をパタパタさせて空中を飛んでいて、トライデントという槍を持っている。

 リトルデーモンのトライデントは槍として使うのではなく、その先から火炎を放出して攻撃してくる。

 火炎はかなり危険な攻撃だけど、接近戦は苦手な魔物だ。


 僕を見つけたリトルデーモンは、トライデントの先から火炎を放射した。僕はその火炎の前に転移ゲートを発生させ、さらにリトルデーモンの後ろにその出口を繋いだ。

 自分が放射した火炎でリトルデーモンは焼かれて、羽が焼け落ちた。弱ったところに『結晶』を発動して終わり。なんともあっけない戦闘だった。

 火炎を放射するリトルデーモンに僕は近づきたいとは思わないので、自分の炎に焼かれてダメージを負ってくれれば言うことなしだ。


 次はゴブリンが現れた。ゴブリンは醜悪な顔をした子供くらいの背丈の小鬼で、剣を持っている。

 僕はゴブリン相手に、真正面から戦いを挑んだ。剣と剣でどれだけ戦えるのか、試してみたかった。


 引き裂かれたような口から涎を垂らしながら、ゴブリンが僕に駆け寄ってくる。

 剣を振りかぶったところで、僕は踏み込んでショートソードを横に薙いだ。ゴブリンの肉を切る手応えがあった。


 そこで僕は油断してしまった。かなり良いタイミングで切ったから、ゴブリンはのた打ち回っているものと勘違いしたんだ。振り返ってのた打ち回るゴブリンを見てやろうとした。

 しかし、振り返ったら腹部に衝撃があって、僕は転倒してしまった。なりふり構わないゴブリンが体当たりしてきたんだと気づいたのは、転倒してからのこと。


 倒れてしまった僕に、ゴブリンが馬乗りになって錆びてボロボロの剣で刺そうとしてきた。

 慌てた僕はゴブリンをどかそうとしたけど、小さい体のゴブリンが岩のように重く感じた。

 黒目のない白目にいくつもの血管が浮かんでいて血走っているのが分かる。その目に狂気を見た僕は、怖いと感じた。

 これまで何度も死にそうになったことはあるけど、今回はその中でも群を抜いて怖い。それは、ゴブリンが人型だからなのかもしれない。


 剣が振り下ろされる。僕は必死で首を右に曲げた。剣が頬を掠めて痛みを感じたけど、それどころではない。ゴブリンは再び剣を振り上げて、僕に振り下ろしてくる。


「うわぁぁぁっ」


 僕は無我夢中で暴れまくった。それが良かったのか、ジタバタさせた足がゴブリンの後頭部にヒットした。


「グギャッ」


 ゴブリンの意識が朦朧となって横に倒れたので、僕は無我夢中でゴブリンの上に跨って拳を振り下ろした。怖かった。だから何も考えずに、とにかく拳を振り下ろしていた。

 何度も何度もゴブリンの顔を殴った。知らずに涙が出て、恐怖が体中を駆け巡っていた。

 気づけば僕は地面を殴っていた。ゴブリンが息絶えて消えたのさえ分からなかった。それほど僕は混乱していた。


「はぁはぁ……」


 なんて様だ。顎と鼻筋から大粒の汗が滴り落ちる。そして目から涙も。

 ゴブリンの白目を思い出すだけで、身震いする。僕はこんなにも弱いのに、調子に乗っていたんだ。それを神様が教えてくれた。いや、調子に乗った僕に、神様が罰を与えたのかもしれない。

 ミドリさんにちやほやされて、新しい特殊能力を得て、僕は調子に乗っていた。それを神様が教えてくれたんだと思う。


「真摯に戦おう」


 とにかくひたむきに戦いに取り組もう。もう油断してこんな思いをしないで済むように、自分を律しよう。

『時空操作』で収納しておいたオキシドールをタオルにつけて頬の傷を拭く。


「っ……」


 これは戦闘が終わってないのに、気を抜いた僕への戒めの痛みだ。この痛みを一生忘れない。

 今の僕には下級ポーションもあるけど、この程度の傷にポーションを使うのはもったいない。それに、この痛みをしばらく感じていたい。そうしないといけないような気がしたんだ。


 よく見れば、ゴブリンや地面を殴った拳が腫れている。

 ショートソードを握ることはできるけど、握力が弱い。地上に戻ることも考えないといけないな。


 そんな僕の目に岩肌から流れ落ちる水が見えた。地図にも描いてあるけど、それは飲料水にもなる水だそうだ。

 その滝つぼで両手を冷やして、ついでに休憩する。休憩中も気は張っておく。先程痛い目を見たので、その舌の根も乾かないうちに油断はしない。

 滝つぼで冷やしたおかげで、両手の握力が戻った。何度か素振りして両手の調子を確かめたけど、これなら大丈夫だ。


 ホワイトモンキーにもリトルデビルにも、そしてゴブリンにも僕は油断せずに戦った。

 今回は九級の昇級試験を受ける前に戦い方を復習しておこうと思っていたので、いい感じで気が引き締まった。絶対に九級への昇級試験に合格するぞ。


 そろそろ帰るころだと思って踵を返そうとした僕だったけど、十字路を曲がった先にある壁に力場の異常を発見した。

 そこは袋小路になっていたけど、その壁は他の壁と力場が違う。なんだろうと思って手を当てて触ってみるけど、触り心地は他の壁と同じに感じた。


「『魔眼』では明らかに違うけど、触り心地は変わりない。どうするかな?」


 地図を見てもここは袋小路になっている。シーカー協会がかなり念入りに調べて地図にしているので何かがあるとは考えにくいけど、なんだか気になる。


「『結晶』で力場を封印したらどうなるかな?」


 思い立ったが吉日と言うので、僕はその壁の力場を『結晶』で封印した。

 力場を失った壁はガラガラッと崩れていった。


「おおおっ! 隠し通路だ!」


 崩れた壁の先には通路があって、僕を誘っているように思えた。

 ダンジョンには隠し通路と言われる、何かで隠されているため通常では発見できない通路がある。僕はその隠し通路に当たったようだ。

 隠し通路には強力な魔物、そしてお宝が眠っている。気持ちが高揚するのを抑え込んで、冷静に状況を確認する。


 後方に魔物やシーカーの反応はない。

 隠し通路の中を確認すると、奥の方に動く力場を発見。これまで見た魔物とは違う力場を持つ魔物だと思う。

 他にも二つの力場がある。それは動いていないので、お宝ではないだろうか。先ずはその二つの力場を確認することにした。


 隠し通路を進むと、宝箱があった。ダンジョンで出てくる宝箱は木でできているが、その金具に使われている金属が鉄、銅、銀、金の四種類があるのは有名な話だ。

 第一や第二エリアのような浅い層では、滅多に宝箱は発見されない。発見されても鉄の宝箱ばかりなのに、僕の目の前にある宝箱は銀だった。それが二つもあるのだから、大当たりだと思う。

 宝箱には罠があるものもある。普通、浅いエリアの宝箱に罠はないけど、警戒して損はないので宝箱の裏側に回り込んで蓋を開けた。


「罠はなかったか」


 宝箱の中には腕輪があった。シーカー協会で鑑定してもらうまでは身につけるわけにはいかないので『時空操作』で収納した。

 もう一つの宝箱も後ろから開けた。ピシュッと音がして、矢が飛び出した。


「予想を覆す罠か。警戒しておいて良かった」


 矢が飛び出す罠だったので、後ろに居た僕は無事だった。もう罠はないので、中を見てみると剣があった。

 僕が使っているショートソードよりも少し長い剣で、装飾はシンプルというか質素なものだった。魔剣や魔道具系の剣かもしれないと思うと心が躍るけど、これも収納して鑑定してもらうことに。


「さて、最奥の力場に向かうけど、戦って勝てるのか?」


 その力場は離れたところからもかなり強力な光彩を放っていた。遠くから力場を『結晶』で封印すれば勝てると思うけど、安心はできない。

 ドーム状になった空間のほぼ中心で、大きな剣の先端を地面につけながら右へ左へと忙しなく動く魔物が見えた。力場の正体はゴブリンだったけど、そのゴブリンは僕の背丈ほどあった。


「ホブゴブリンか」


 ホブゴブリンは普通のゴブリンよりも大きいゴブリンで、刃渡り一・五メートルほどある大きな剣を使う。その大剣を軽々扱う腕力があるんだ。


 その正体を知って、僕は顔を歪めた。ホブゴブリンは第四エリアに出てくる魔物。こんなところに居ていい魔物ではない。

 戦うか迷ったけど、僕は戦うことにした。傲慢になっているわけでも、無謀な挑戦でもない。冷静に判断して勝てると思ったから、僕は戦う決断をした。

 ホブゴブリン相手に真正面から戦いを挑むのは自殺行為。今回はショートソードの出番はない。最初から必殺技を出してケリをつけるつもりだ。


 ドーム状のエリアに入っていくと、入り口が壁で塞がった。入り口にちょっとした力場があったので変だなとは思ったけど、ホブゴブリンを倒さないと出られない罠にハメられてしまったようだ。

 でも、僕には『時空操作』があるから、もしホブゴブリンに勝てそうになくても、脱出はできると思う。

 また、塞がれた入り口の力場を封印すれば、この壁はなくなるだろう。


 ホブゴブリンが僕を獲物として認識し、その大きな口が笑っている。

 僕も笑い返して、『結晶』を発動した。

 グイィィィンッとホブゴブリンの力場が小さくなっていく。それに伴ってホブゴブリンの顔から笑みがなくなり、苦しそうなものになった。


 油断せずにホブゴブリンをねめつけていると、ホブゴブリンが膝をついて苦しそうな息遣いになった。

 このまま勝てればいいが、油断はしない。ホブゴブリンが消えるまでは絶対に目を離さない。


「っ!?」


 そんなことを思っていたら、ホブゴブリンがその手に握っていた大剣を投げつけてきた。大剣は凄い速度で飛翔し、僕の居た場所を通り過ぎて壁に刺さった。

 僕はホブゴブリンの動きを冷静に見ていたので、その大剣を躱すことができた。それでも背中に冷や汗が流れるほど、ぎりぎりの回避だった。


「グオォォォッ!」


 ホブゴブリンが咆哮を発して、地面に倒れた。僕に大剣が命中しなくて残念とでも叫んだのかもしれない。

 消えてなくなった後、ホブゴブリンはアイテムを残した。


「宝箱から二つ、さらにホブゴブリンからも一つ。この隠し通路は大当たりの大当たりだな」


 僕は意気揚々と地上に戻った。

 シーカー協会で隠し通路のことを報告すると、会議室に通された。

 地図を広げて隠し通路のことを職員に説明すると、専属シーカーパーティーを調査に送ると言っていた。


 隠し通路で得た三つのアイテムを鑑定してもらった。

 腕輪は腕力を上昇させるものでそこまで劇的な効果はないが、それでもオークションに出せば数百万円はするだろうと教えてもらった。

 剣は赤銀製の剣で特殊な効果はなかったが、赤銀製の武器はかなり丈夫でなかなか手に入らないものだ。共に僕が使おうと思う。

 そして、ホブゴブリンからドロップしたのはブーツだった。このブーツは俊敏を上昇させるものだった。裸足のゴブリンからブーツがドロップする違和感は置いておいて、このブーツも僕が使うことにした。


 三つのアイテムのうち、二つが身体能力を上昇させるものだった。これは僕が非力だと言われているのだろうか……。

 気を取り直して九級昇級試験の申請をした。

 受付の女性が目を剥いて驚いていた。二年二カ月……もうすぐ二年三カ月になるけど、ずっと一〇級だった僕が昇級試験を受けるのがそんなに珍事なのだろうか。凹む。


 今日の収入は過去最高を更新した。なんと二一万円になったんだ!

 通常、ホブゴブリンの魔石は極小三級なんだけど、あのホブゴブリンの魔石は極小一級だった。

 あの隠し通路で長い間力を蓄えていたことで、ホブゴブリンの格が上がったのかもしれない。


 

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