第73話 呪い

 ■■■■■■■■■■

 073_呪い

 ■■■■■■■■■■



 準備を整えて稲沢ダンジョンに入った。相変わらず魔物の密度が凄いね。

 今回は物資の運搬が主目的だから、地図を確かめて進む方向に目をやる。地図も頭に入れてあるけど、地図と実際では違う。何よりも僕の『魔眼』だとサーモグラフィーのような色彩だから、余計に世界感が違うんだよね。


「ブモッ」


 ダタラと言われるイノシシのような二足歩行の魔物が行く手を阻む。

 一つ目で長い二本の牙、そして青紫の毛が全身を覆っているのが特徴の魔物だ。体長は二・五メートルくらいで、資料によれば四足で走って突進してくることもあるらしい。


 いきなり四足の突進。


「速いっ!?」


 ガツンッ。

 さすがの速度だが、僕の空間の壁を破壊するには至らない。


 四級の昇級試験の際、僕を襲った三人組の中にこの空間の壁を破壊した奴がいた。あいつは純粋なパワーで空間の壁を破壊したのではなく、特殊能力の『切り裂く』によるものだった。


 あの三人はこれまでに多くのシーカーを殺している。しかもシーカーだけじゃなく一般人も殺していた。『切り裂く』なんていうとても強力な特殊能力を手にして人生を誤った。しかも父親が国会議員だったから、悪いことをしてもその事実を揉み消してくれた。

 典型的な権力バカ親子だったけど、黒田に頼まれて僕を襲ったことで綻びが生まれた。僕は政財界に顔が利くオカザキ自動車の代表や、防衛省と繋がりがある。しかも僕がいないとスマートメタルを稼働させる結晶が得られないから、その国会議員(親)の悪さが色々リークされて自滅する羽目になった。

 シーカー協会を敵に回したのもよくなかったようだ。シーカー協会も多方面に顔が利く。特に魔石を供給している政財界には色々とコネがあった。政界の重鎮や総理も動かしての騒動になった。


 僕は十日ほどの休養になったくらいで実害はほとんどなかった。いや、怪我はしたけどチティスの果汁で治った。あの時は気が動転していてチティスで怪我を治したけど、回復の指輪を使えば良かった。今まで一度も使ってないから、その効果を実感するチャンスだったのに完全に失念していた。


 などと考えている間に、ダタラは結晶に変わった。

 今回は移動重視だから全部結晶に変えて進む。


 ダタラを五十体くらい倒したら今度はヤマンバが現れた。

 ヤマンバは僕よりも背の低い老婆の姿をしているけど、服がボロボロの着物で手には大き目の包丁が握られている。


「キエェェェッ」


 右かと思ったら左、左かと思ったら上、そんなトリッキーな動きをする老婆の姿に違和感しかない。


「ごめんな、荷物運びをするから相手してやれないんだ」


 相手をして怪我をしたら、運搬失敗になりかねない。

 とにかく今日は荷物を運びきるのが大事なんだ。


 ヤマンバの結晶を収納。再び歩き出してすぐにヤマンバが立ち塞がる。

 今度は五体がまとめてやってくるけど、全部結晶にした。


 リザードマン、ダタラ、ヤマンバの怒涛の攻撃を空間の壁で防ぎつつ結晶にしていき、目的のセーフティゾーンまでもう少しというところまでやって来た。


 ビルの角を曲がると、ちょっとした公園がある。それがセーフティゾーンだ。

 公園内に入る。当然だけど魔物は居ない。

 ここにイッシキ・ルカさんが居るはずなんだけど、ざっと見た感じ居ない。狩りに出ているようだ。


 そんな公園の中、噴水の横にプレハブがあった。そこがイッシキ・ルカさんの拠点だ。

 プレハブの周辺にイッシキ・ルカさんは居ないから、僕は噴水の縁に腰を下ろして待つことにした。

 いつ帰ってくるか分からないので、目を閉じて周囲の気配を感じる稽古だ。シックスセンスをものにできるかは分からないけど、凡夫な僕が努力を怠ったら何も成し遂げられないからね。


 噴出した水の粒が溜まっている水へ落ちる音だけが聞こえる世界。

『魔眼』のような原色ではなく黒の世界の中で、僕は次第に集中を高めていく。


 師範は感じろと言う。でも僕には感じることができない。

 だから五感を研ぎ澄ますことから始めることにした。

 噴水の音以外の音を聞き分ける耳、土と草木の匂いを嗅ぎ分ける鼻、わずかな空気の揺らぎを感じる肌。それらを研ぎ澄まして感じる。


 といっても簡単なことではない。

 耳は噴水の音しか聞こえない。わずかな音は全て噴水の音にかき消されてしまう。匂いもさっぱりだ。だけど僕の肌は敏感のようで、そよ風を感じる。

 ダンジョンの中でもそよ風があるんだと、今更ながら感嘆してしまう。


 そよ風を感じるくらい普通かもだけど、結構感じることができる。そんな僕は何かを感じた。それが何かは分からない。

 ゆっくりと目を開いていくと、僕の鼻先に短剣がつきつけられていた。


「………」

「あなたは誰?」


 昔の雑誌に載っていた、イッシキ・ルカさんだ。

 黒に近い藍のストレートの髪をポニーテールにしたイッシキ・ルカさんは、油断なく僕を見据えている。

 僕は悪質なシーカーを何度も見て来た。つい最近は大怪我をした。物資補給を装って彼女を害そうとする人が居ないとは言えない。だからイッシキ・ルカさんがこれだけ警戒することに不満はない。


「清州支部から依頼を受けて、物資を運んできました」

「いつものシーカーはどうしたの?」

「契約は半年だから、その期間が終わったことで別の県のダンジョンに入るために清州を離れたそうですよ」

「そう……物資はどこ?」

「それよりも短剣を収めてもらえませんか」

「……失礼したわね。世の中にはクズなシーカーも多いから」

「それ、とても理解できますから、気にしないでください。それじゃあ物資を出しますから、少し離れてもらえますか」


 イッシキ・ルカさんは僕から三メートルほど離れた。その間も警戒は忘れていない。彼女も悪質なシーカーによる嫌な思い出があるようだ。


 収納から二つの木箱を出す。

 イッシキ・ルカさんは肩かけカバンからカギを取り出して、木箱を開けた。


「納品書と受取書を」


 彼女の言う通りに、納品書と受取書を差し出す。

 イッシキ・ルカさんは納品書の内容と物資をチェックした。結構な量だから、十五分ほどチェックに時間がかかった。


「受領書にサインしたわ。これからはあなたが物資を運んでくるのね」

「ええ、契約期間は半年ですから、その間は僕が物資を持ってきます」

「名前」

「?」

「名前を聞いてないわ」

「ああ、僕はカカミ・リオンです。四級シーカーです」

「私はイッシキ・ルカ。ルカと呼んで」

「僕のこともリオンと呼んでください、ルカさん」


 ちょっとぶっきらぼうな口調だけど、悪い人ではないと思う。


「ルカ。さんは要らない」

「……了解。ルカでいいかな」

「うん」


 ルカは肩かけカバンに手を入れると、木箱を二つ出した。

 あのカバンは収納袋になっているようだ。


「今回の魔石とアイテム。確認して」


 清州支部に持ち込む魔石とアイテムの内容が記載された紙を受け取る。印刷物? パソコンとプリンターを持ち込んでいるの?

 そんな疑問を覚えつつ、木箱の中をチェックする。


 魔石は十個ずつビニール袋にまとめられているし、色別にもなっている。確認が楽で助かる。

 アイテムは二個あって、一個はカバンだから収納袋かな。もう一個はレヴォリューションブックだ。


「レヴォリューションブックが出たのですか」


 レヴォリューションブックは特殊能力をパワーアップするアイテムで、特殊能力が飛躍的に使いやすく強化されるものだ。

 僕も『時空操作』のレヴォリューションブックを使ったけど、おかげで『時空操作』は凄く使いやすくなった。


「鑑定しないと分からないわ」


 対応する特殊能力次第だけど、レヴォリューションブックは普通に億単位で取引されるようなものだ。

 収納袋にしても容量次第、時間経過の効果次第で億超えになる。


 さすがはB級ダンジョンだ、いいアイテムが出る。


「はい。確認しました」


 今度は僕が受領書にサインして、ルカに渡す。


「リオンはソロなの?」

「はい、ソロです」

「口調」

「?」


 彼女は唐突に単語を言うね。なんだろう?」


「口調が硬い」

「うーん。これは僕の癖なので、我慢してもらえると助かります」


 砕けた口調をするのは、家族とヨリミツくらいかな。そう考えると、ヨリミツはもう家族枠だね。


 ルカが木箱にカギをし、僕がその木箱を収納に回収する。


「僕は当分稲沢ダンジョンで活動します。物資を持ってくるのは一カ月毎ですけど、たまに様子を見に来ますね」

「お土産、よろしく」

「ははは。了解です」


 ルカは公園の外まで見送りに出てくれた。

 その視線が寂しそうに感じたのは、僕の錯覚ではないと思う。


 シーカー協会が呪いを解呪できる方法を探してくれているらしいけど、解呪ポーションでは効果がないほど強力な呪いだ。今度彼女がこのダンジョンを出る時は、シーカーを辞めることになるだろう。

 その覚悟をする時間を、この稲沢ダンジョンで過ごしているということなんだろう。


「………」


 あれ? 呪いって……もしかしたら……。

 僕は振り返り、彼女を『魔眼』で見た。

 最近は『魔眼』越しでも人の表情が読めるようになった。彼女は怪訝な表情をしている。


「どうしたの?」

「ちょっと待ってくださいね」


 彼女の心臓辺りに気味の悪い黒く蠢くものが見えた。

 これまで何人もの特殊能力を見分けてきたけど、あんな気持ち悪い力場は初めて見た。


 念のため、『テキスト』で彼女の状態を確認。

 スリーサイズはスルーし……彼女は着痩せするんだねじゃなくて……たしかにダンジョンから出ると急激に『SFF』が減少する呪いだ。ダンジョンの中にいても『SFF』が下がりやすくなっている。


 僕はその力場を『結晶』で封印した。

 手の中に黒々とした結晶が現れ、彼女の呪いと思われる力場は見えなくなった。


「な……何をした?」

「もう少し待ってね……」


 もう一度『テキスト』で彼女を見る。


「よしっ! 呪いがなくなったぞ!」

「えっ!?」


 黒い呪いの結晶は収納に入れる。あまり持っていたいと思わないものだけど、そこら辺に放置するわけにもいかない。

 収納内なら異次元だから、大丈夫だと思いたい。


「どういうこと? 呪いがなくなったって、本当なの?」


 あ、しまった。どうやって説明しようか……。特殊能力のことは秘密にしておきたいんだよね。特に『テキスト』のことは。


「僕の特殊能力の効果です。細かいことは聞かないでほしいです」

「……特殊能力のことを詮索するのはルール違反。でも本当に呪いがなくなったの?」

「ええ。呪いは間違いなくなくなりました」


 ルカの目に涙が浮かんでくる。

 表情を動かさなかった彼女が、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくる。

 呪いが解けて本当に嬉しいんだろうね。


「ありがとう……この恩は絶対に返すわ」

「いいですよ、そんなの。僕は自分の興味を満たすためにしたんですから」

「絶対に返す!」


 あまりのルカの勢いに、僕は思わず頷いてしまった。



 +・+・+・+・+・+・+・+・+・+

 フォローよろしくです!

 応援💛もください。

 ★で称えてほしいです!

 +・+・+・+・+・+・+・+・+・+

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る