第11話

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 011_引っ越ししたよ

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 八級への昇級試験は第五エリアに居るゴブリンライダーを制限時間以内に倒すこと。僕はすんなりゴブリンライダーを倒して、八級に昇級した。


 僕は引っ越しをした。風呂とトイレがちゃんとある賃貸マンションだ。

 引っ越ししたので、お祝いをしようと思って高校の頃の友人を呼んで、オーク肉を振る舞うことにした。

 本当はミドリさん、アサミさん、アズサさんたちも呼びたかったんだけど、なかなか三人に連絡が取れなかった。


 シーカーになってから収入が少なかった僕は、スマホを解約した。固定電話もなかったので、連絡手段は手紙やハガキ、あとはシーカー協会で伝言を頼むくらいしかない。

 スマホを買いなおそうと思う。それくらいのお金は稼げるようになった。また、三人には別の時に招待しようと思う。


「リオンがこんなマンションに住むとは思わなかったな」


 彼は高校時代の友人で、名前は土岐頼光ときよりみつと言う。今は国立大学の研究室で研究をしているけど、なんでもロボットの研究らしい。何度も説明を聞いたけど、その都度難しい言葉を並べるので僕にはさっぱりだった。


「やっと芽が出たって感じだよ」

「二年以上も一〇級だったんだ、普通は一年で見切りをつけて他の道を歩むものだぞ」

「へへへ。僕は諦めが悪いんだよ」

「そうだったな。昔からリオンは諦めが悪かった」


 ヨリミツは呆れたように笑って缶ビールを飲んだ。


「お前の特殊能力、『結晶』だったか? 以前は小石しか作れなかったけど、あれが使えるようになったんだろ。どういった感じなんだ?」

「『結晶』は力を封印するものなんだ」

「力を封印? 面白そうだな」


 ヨリミツは『結晶』について詳しく話せと迫ってきた。仕方ないので、教えてあげると何か考え出した。

 こうなると、僕の声は聞こえなくなるので、しばらくジュースを飲みながら待った。


「おい、リオン。その結晶を俺に預けてくれないか」


 一〇分以上考えて口を開いたと思ったら、結晶をどうするのかな?


「何に使うの?」

「魔物の生命力を封印して、それを解放すると『SFF』を得るんだろ? 研究対象として面白いじゃないか!」

「ロボットの研究をしているのに、結晶なんか研究するの?」

「違うアプローチから攻めるのもいいかもしれないぞ」


 よく分からないけど、ヨリミツの研究者魂に火が点いたようだ。こうなったヨリミツは人の話を聞かないので、ゴブリンライダーとエネルギーボールの結晶を三個ずつヨリミツに渡した。


「結晶で面白い研究ができたら、僕にも教えてくれよ」

「もちろんだ。任せておけ」


 宴会もそこそこに、ヨリミツは休日だというのに研究室に向かった。僕の引っ越し祝いを、僕は一人ですることになった。


 僕は八級シーカーとして、E級ダンジョンに向かった。

 引っ越しだけではなく、家具なども新調したのでお金がなくなった。稼がないといけない。


 電車に乗って最寄り駅で降りて一〇分ほど歩くとそのダンジョンはある。

 僕が通っているシーカー協会清州支部から一番遠いダンジョンが、E級の枇杷島びわじまダンジョンだ。


 清州支部では四つのダンジョンを管理している。

 全国に多くいるシーカーは、八級から六級が一番多い。この清州支部はこの八級から六級のシーカーが入れるE級とD級のダンジョンを管理しているので、所属しているシーカーが多い。そのため、清州支部は夜中でもシーカーが使えるように、二四時間営業をしている。


 枇杷島ダンジョンの第一エリアは草原タイプで、そのほぼ中央に湖があるらしい。

 僕は第一エリアに入って、空があることに驚いた。天井があるはずなんだけど、天井があるようには見えない。ダンジョンというのは、本当に不思議なところだね。


 草原を歩いていると、グリーンウルフが現れた。緑色の体毛が草原に馴染んでいて見分けにくいけど、『魔眼』を使っている僕にとっては丸見えだ。


 赤銀製の剣を抜いて駆けだす。僕と同時にグリーンウルフも走り出して、その距離が一気に縮む。


「はっ!」


 剣を振り抜くと、軽い手応えがあった。油断せずに振り向いて追撃を加えようとしたが、グリーンウルフは倒れて痙攣していた。『結晶』を発動させてその生命力を奪った。


 八級の昇級試験の前に溜まっていた結晶を解放したことで、今の僕の『SFF』は三四〇ポイントになっている。おかげで、身体能力だけでグリーンウルフを倒せた。

 この『SFF』は不思議なもので、半年ほど魔物を倒していないと減ってしまうらしい。だからシーカーは半年以上休養を取らない。


 グリーンウルフを倒しながら三時間ほど歩いたけど、草原の先は見えない。

 EランクダンジョンはFランクダンジョンよりもはるかに広いと聞いていたけど、ここまで広いとどっちに進んでいるか分からなくなる。


「太陽があれば方角は分かるけど、ないもんな……」


 ここがダンジョンの中なのだと思い知らされる。

 そんな僕の前にグリーンウルフが群れで現れた。八体のグリーンウルフだ。

 体高一メートルほどの大型犬サイズで、牙の間から涎が垂れている。僕を食べ物と勘違いしている目だ。


「狩るのは僕で、狩られるのはお前たち。いつまでも弱い僕だと思うなよ!」


 剣の柄を強く握り、僕は駆け出した。

『魔眼』は力場を見るだけではない。敵の動きを緩やかに見せてくれる思考加速のような効果もある。


「はぁぁぁっ!」


 一体目のグリーンウルフに飛びかかってその首に切りつける。

 囲まれたら不利になるので囲まれないように位置取りに気を付る。そのためには足を動かす。止まったら囲まれてしまうから。


「やっ!」


 自分でも分かるけど、剣を振った時の音が最近は変わってきた。

 誰かに教えてもらったわけではないから、我流の粗が目立つ動きかもしれないけど、少しずつ良くなっていると思ってやっている。


 間延びした時間の中で、僕は八体のグリーンウルフをそれぞれ一刀のもとに切り捨てた。『魔眼』の効果を切ると、時間が急激に加速したかのような錯覚に襲われる。この感覚には慣れない。

 右手にある赤色の剣は、まるでグリーンウルフの血を吸ったようだ。剣を振って血を飛ばすが、血がついていたかさえも疑問だ。


「ふーーーっ」


 荒ぶった心を落ちつかせるように、息を吐いて納剣する。


「あ、結晶にするの忘れてた」


 いかん、いかん。僕の糧になる結晶なので、手に入れなければもったいない。こういう時に貧乏性が出る。

 再び歩き出して、湖を目指す。さて、あと何分かかるかな。


 グリーンウルフのゾーンが終わりに近いのか、ハイコボルトが出てくるようになった。茶色の毛をしているので、ハイコボルトは『魔眼』なしでも簡単に見分けられる。

 ハイコボルトもグリーンウルフ同様に、動きが速い。だが、一体だけなら問題はない。一体だけなら。


「なんで三〇体も居るんだよ!」


 さすがにキツイと思った僕は、最初から『結晶』を発動させることにした。

 右から左から、僕へと躍りかかってくるハイコボルトを左へ右へと避け、なかなか『結晶』を発動するチャンスがない。


「つっ」


 危なかった。ハイコボルトの爪が脇腹を掠った。革鎧がなかったらヤバかった。

 いや、今もヤバいんだけど!


「仕方がない、こうなったら……」


『時空操作』!


「ギャウンッ」


 僕の周りに空間の壁を作った。ハイコボルトがこの壁を壊せるとは思えないが、早めに決着をつけたほうがいい。『結晶』で空間の壁を殴りつけるハイコボルトの生命力を次から次に結晶に変えていく。


「終わってみれば圧勝だったけど、これだけの数に囲まれるとさすがに『時空操作』を使わないとダメか」


 魔石を拾いながら今の戦いを振り返る。数が多い時は、最初から『時空操作』で防御を固めたほうが良さそうだ。

 だけど、空間の壁は動かせないんだよな。防御に重点を置いた固定型なんだ。

 これほどの防御力に守られ、『結晶』で一方的に命を奪うことができる。だけど、もっと自由自在に防御力を高められたらいいと思ってしまう。これは欲なのかな?


「お金が少し貯まったら、『時空操作』をもっと使いこなす訓練をしないとな」


 まずは先立つものを稼がないと、日々の生活がままならない。それに、あのマンションを出る時はもっと広い物件に移る時だと、僕は思っている。


 探索を進めてやっと湖に到着した。水は綺麗で湖底の岩とかが見える。小魚まで泳いでいる。


「大きな湖だね。これで魔物が居なかったら、泳げるのにね」


 僕が湖を見ていると、水中から近づいてくる力場を確認した。この湖にも魔物が生息しているので、その魔物だと思う。

 現れたのはサハギン。魚顔で水色の鱗を持つ二足歩行する半魚人型の魔物だ。魚顔がちょっとマヌケな感じで、笑いそうになる。

 五体のサハギンが水面から飛び出してきて、二又の槍を構えて僕に襲いかかってくる。


 僕は後方に飛びのいて、サハギンの攻撃を躱した。

 サハギンは水の中で高い機動力を持つが、地上ではゴブリン程度の強さだと聞いている。だから、できるだけ陸地に上げて戦うのがセオリーだ。


「確かにゴブリンくらいの動きだ。この動きだったら五体くらい捌ける」


 赤銀製の剣で一体を切りつけ、そのまま駆け抜けると二体目の腹を切り裂いた。

 別のサハギンの二又槍を剣で弾き、仰け反ったところを懐に入って逆袈裟に切りつける。


 全てのサハギンを瀕死の状態にしてから『結晶』を発動してその命を奪った。

 ここまで遭遇した魔物のほとんどは群れていた。五体くらいなら問題ないけど、ハイコボルトのように三〇体も居ると、さすがに厳しい。今回の探索ではそれらのことが分かったことが、収穫だと思う。


 地上に戻った僕は、シーカー協会で魔石を換金した。

 魔物が群れで出てくるので魔石の数が多くなった。換金額は六〇万円を超えた。一日で六〇万円を超える収入があると、金銭感覚が狂ってしまう。月に一〇〇〇万円を超える収入になるんだよ!

 普通のシーカーはパーティーを組んでいることが多いので、換金して数人で分けるためそこまで多くの収入にはならない。それなのに、ソロの僕は全額が懐に入るので、同じ八級シーカーの数倍の収入になるのか。


 しかも、僕の武器は赤銀製の剣なので、丈夫で長持ちする。実際、今回の戦いを経ても、刃こぼれ一つしていない。

 でも、普通の八級シーカーの武器は、鉄製がメインなので一年に数回は買い替えが必要になる。盾や鎧も同じで経費が嵩むことになる。

 もちろん、武器で戦わないシーカーも居るので、全部が全部というわけではないけど。


「あ、リオンさん!」


 名前を呼ばれたので振り向くと、ミドリさんが手を振っていた。気恥ずかしいけど、控えめに手を振り返す。


「リオンさんも今帰ってきたのですか?」

「魔石の換金を終えたところなので、これから着替えて帰るところなんだ」

「私たちもこれから換金して帰るところなんです。一緒にお食事なんてどうですか?」


 ミドリさんの後ろにアサミさんとアズサさんが居て、二人も一緒に食事をと言ってくれたので誘いを受けることにした。


「引っ越し祝いにお伺いできなかったので、今日は私が奢りますね」

「いいの?」


 ミドリさんが笑顔で頷くので、その申し入れを受けることにした。

 あまり高級なところは肩が凝ると言うと、アサミさんとアズサさんも同意してくれて庶民的な食堂で食事をした。


 最近知ったけど、ミドリさんはかなり良いところのお嬢様らしく、僕とアサミさんとアズサさんとは金銭感覚がやや違う。

 助けたお礼として高級そうなホテルのレストランに行ったのを覚えているけど、あのレストランは本当に高級だったのだろう。


 そして、ミドリさんが持っていた黒いカードは、上限なしでなんでも買えるカードだった。そのカードがあれば、家でもジェット機でも買えるらしい。

 あるところにはあるのだと、引いたのを覚えている。


 

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