第27話

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 027_サハギンメイル

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 師範の稽古はとにかく単純なものだった。構えたまま動かない、ひたすら抜刀。稽古というよりは修行、いや苦行だ。

 だけど、最近はなんとなくだけど分かってきた。基本が大事なんだと。

 構えていたり、抜刀している時は心が無になる。集中するからか、周りの音が入ってこなくなるんだ。


 塚原流剣術を学び始めて、枇杷島ダンジョンの硬い魔物も斬れるようになった。まだ一撃必殺とまではいかないけど、以前よりは斬れるようになったんだ。


 剣術を使わない場合、『時空操作』の時空の壁を使うことで魔物を押さえ込める。そうすれば、勝てないまでも負けることはない。

 時空の壁を使っていると、ドリル弾を撃つことができないのは相変わらず。だけど、塚原流剣術を学んだことで魔物の動きの見極めが、少しだけできるようになった。それが今後に生きると思って、僕は稽古を続けている。


 また、時間の操作も少しだけ練度が上った。以前は遅延を使っても五割ほどしか遅延させられなかったけど、最近は八割くらいになった。


 枇杷島ダンジョンの第七エリアのエリアボスは、グレーターザウルスという恐竜型の魔物。

 バーサーカーザウルスよりも一回り大きくて、攻撃力も防御力もかなり高い。


 僕は運が良いのか悪いのか、バーサーカーザウルスがリポップした場面に出くわした。

 エリアボスが居なかったので通り過ぎようとしたら、目の前にいきなりグレーターザウルスが現れてとても驚いた。


 慌てて距離を取って、赤銀製の剣の柄に手を添えて構える。

 リポップして二〇秒ほどグレーターザウルスは動かなかった。リポップによる硬直時間があると、聞いたことがある。硬直時間中は攻撃してこないけど、こちらが攻撃してもダメージを与えられない。


 しまったな、硬直時間を利用してドリル弾を準備すればよかった。硬直時間が終わってから気づいても遅いよね。


 グレーターザウルスの目が僕を睨みつけてきた。


「グラァァァァァァッ」


 雄叫びをあげて、地面を蹴る。重量感のある地響きを立てて、接近してくる。

 グレーターザウルスの巨大な口が、僕を噛み砕こうと迫る。


 ―――ガンッ。

 グレーターザウルスは勢いよく空間壁にぶつかり、ふらつきながら後方に五歩下がった。目の周りに星が出ている感じで呆けているグレーターザウルスに、僕は居合を放った。


「シッ」


 太い後ろ足を斬った手応えはあったけど、さすがにグレーターザウルスが動けなくなるほどではない。まだまだだと思いながらも、地面を蹴ってジャンプ。

 空中に空間壁の足場を作ってさらにジャンプし、グレーターザウルスの頭部へと迫りその目に剣を突き刺した。


「グラァァァァァァッ」


 目に剣を刺されたグレーターザウルスは、痛みで暴れる。僕は剣を抜いて後方へと飛びのく。

 巨大な尻尾が僕に迫った。空間壁でそれを防御し、その尻尾を斬りつける。太すぎて尻尾も切り落とせない。


 空間壁でグレーターザウルスを囲み、『結晶』を発動。まだかなりの抵抗がある。さすがはエリアボスといったところか。

 だけど、五分ほどでグレーターザウルスは消えてなくなった。今回はアイテムはドロップせず、魔石だけだった。毎回、アイテムを落としてくれるほど甘くはないということだね。


 これでこの枇杷島ダンジョンは踏破したことになる。

 次はD級ダンジョンにチャレンジだ!


 シーカー協会清州支部のD級ダンジョンは、花ノ木ダンジョンと言われていて、駅からもシーカー協会の清州支部からもかなり近い。

 地上に戻った僕はシーカー協会へ向かい、魔石を換金して口座振り込みを頼んだ。


 マンションに帰ると、ネットで花ノ木ダンジョンのマップを購入してスマホにダウンロードした。

 ミドリさんに勧められて購入したタブレットに、マップを表示する。ダンジョン内ではネット環境がないけど、ダウンロードしたものは見ることができる。紙を持ち歩くよりも便利だと言われたので、購入した。

 魔物のデータもダウンロードした。このタブレット1つで色々できるから便利だね。


「へー、写真までついているんだ」


 マップ上をタップすると、その場所の写真が出て来た。マップ全てが写真を出せるわけではないが、目印になるものは網羅しているようだ。

 魔物も写真で確認できる。ただ、魔物がそばに居る現場でタブレットを触って確認するのは、僕のようなソロだと難しいと思う。だから、魔物のデータは頭に入れておかないといけない。


 花ノ木ダンジョンはD級ダンジョンなので六級以上のシーカーしか入れない。

 第一エリアは海エリアらしい。サハギンリーダーとさらに上位種のサハギンランサーなどが現れる。

 元々サハギンは二又の槍を持っているのに、サハギンランサーとはどういった魔物なのか。タブレットを操作して情報を確認すると、サハギンリーダーよりも二回りくらい大きくて、槍は二又ではなく三叉のトライデントらしい。


 翌日、僕は花ノ木ダンジョンに入った。

 第一エリアは見渡す限りの海だった。本当に海エリアだ。


 普通のシーカーは、海の中に入らずに船を持って来るらしい。

 船を買って、さらに収納袋を持っていなければならない。共に高額なのでかなりお金のかかることだけど、収納袋はずっと使えるものなので買っても損はない。

 また、船はここだけになるかもしれないけど、六級ともなるとそれなりのお金を稼いでいるので買えないということはない。


 今日の僕はファイアボアの革鎧ではなく、サハギンメイルを装備している。船を買うのをケチったわけではなく、サハギンメイルを持っているし、ソロだから海の中を進んでもいいと思ったんだ。

 そう、サハギンメイルを装備していると、海の中でも活動できるのだ。


 海の中に入っていくと、呼吸ができる。最初はかなり違和感があったけど、次第に慣れていく。

 呼吸に慣れたら赤銀製の剣を抜いて素振りをしてみる。なぜか海水の抵抗はあまり感じない。

 地上のような感じで動けるのは、このサハギンメイルの効果だと思う。


 海の中を進むと、上方の海面に船の陰を見つけた。

 その船の周囲にサハギンリーダーたちが群がっている。どうやら、スクリューを壊されたみたいで、動けないようだ。


「おかしいな……」


 この海に生息するサハギンリーダーたちは、船には攻撃しない。理由は分かってないが、船のような無生物は攻撃しないらしい。

 スクリューが壊れたのは整備不良か、それとも人間を狙った攻撃が間違って船に当たったか。どちらにしろ、あの船は動けない。


 僕は船に群がるサハギンリーダーたちに『結晶』を発動。塵となって消えていくサハギンリーダーの魔石が落ちてくる。

 多分、船に乗っているシーカーは、何が起こっているのかと目を丸くしていることだろう。

 落ちてくる魔石を回収する。どうせ、彼らにはこの魔石を回収する手段はないと思うからいいだろう。


「しかし、僕がサハギンなら、船の底に穴を開けて沈没させるけどな」


 船を攻撃しないとか、サハギンたちは優しいね。

 そんなことを思いつつ、その場から離れる。彼らもシーカーだから、あとは自力でなんとかするでしょ。


 たまにサハギンリーダーに遭遇するけど、『結晶』で対処する。

 海の中で剣を使うのはできるだけ避けたい。あまり違和感はないけど、ちょっとしたことで怪我をしてもつまらない。


「しまったな……海の中ではタブレットが使えないぞ」


 地図をタブレットにダウンロードしたはいいけど、海の中では使えない。

 僕は海面に顔を出して困ったなと、苦笑する。


「海底でも地図を見れるようにするか、僕も船を使うか。帰ってから考えよう……」


 海でも所々に島がある。僕は島の一つに上陸して、地図を確認する。


「えーっと……この島は……」


 島の形から、今の位置を地図で確認する。


「どうやら僕は予定のルートからかなり外れた島に居るようだ」


 第二エリアへの通路に向かっていたつもりだけど、かなり離れている。


「まあいいか。今日はお試しなんだから」


 今日は海エリアに慣れるのと、サハギンランサーを使役したいと思っていた。

 僕が覚えた『サハギン王』という特殊能力は、サハギン系の魔物を使役するもの。僕よりも弱いという条件はあるけど、サハギンランサーなら使役できるだろうと思っている。


 再び海に入って第二エリア方面に向かう。

 ちょっと進むと、待望のサハギンランサーがやって来た。

 一〇メートルほどのところで、『サハギン王』を発動させた。

 サハギンランサーはビクッとして止まり、動かない。


「成功したのかな?」


 使役できたかよく分からないので右腕を上げろと命令したら、サハギンランサーは槍を持った右腕を上げた。


「成功のようだな。お前は第二エリアに続く通路のことを知っているか?」


 うんと頷いた。言葉は喋れないけど、簡単な意思疎通はできるみたい。そうじゃないと、使役しても使えないんだけどね。


「僕を第二エリアの通路まで連れて行ってくれるか」


 サハギンランサーはこっちだとジェスチャーして、動き出した。その後ろからついていく。

 一〇分程進んだ辺りで、島と島の間に違和感のある力場を発見。サハギンランサーを止めて、その力場をしっかりと確認する。


「これは……隠し通路か?」


 さすがに海の中に隠し通路があるとは、誰も思ってもいない?

 砂場の海底に一〇メートルくらいの岩があるだけだから、発見できなかったのかもしれない。

 僕はその岩の力場に向かって『結晶』を発動させた。


 岩が崩れ、現れたのは地底へ続く穴。


「何が出るのか……」


 穴に入らないという選択肢はない。

 サハギンランサーと共に穴の中に入って行く。しばらくは二メートルくらいの洞窟のような海底トンネルを進む。

 トンネルが上向きになってしばらく進むと、途中で海水がなくなった。


 海水から上がって洞窟をさらに奥へ。緩やかな上り坂を一〇〇メートル程行くと、石畳の通路になった。

 通路は一本道で二〇〇メートルほど進んだところで、広いエリアがあった。宝箱エリアはなく、その広い空間には大量の魔物が陣取っていた。


「あれは……ナーガ?」


 上半身は人間だけど、下半身がヘビ。ヘビの下半身だけで、五メートルはありそう。

 この花ノ木ダンジョンに、ナーガは現れない。それどころか、ナーガはC級ダンジョンに現れるような魔物だ。

 それが三〇体以上居る。サハギンランサーの支援を受けても、ちょっとヤバいかもしれない。


「戦闘を始めたら、どうせ通路は塞がれちゃうんだろうな」


 四級シーカーがパーティーで挑むような魔物が三〇体。一体なら、なんとかなりそうだけど、さすがにこの数は無理だな。

 僕は撤退するか迷った。なんとか倒すことはできないのだろうか?


「ん、待てよ……」


 閃いた!


「サハギンランサー。ここから一番離れたナーガに、水で攻撃できるか?」


 サハギンランサーは頷いた。

 僕はサハギンランサーに作戦を説明した。難しいことはないので、サハギンランサーでも理解できたようだ。


 石畳の通路を引き返した。石畳の端まで行くと振り返る。サハギンランサーがかなり小さく見える。


「いぃぃぃいぃぃぃぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 準備を始め、それが完了したら大声でサハギンランサーに合図を送った。

 サハギンランサーが奥のナーガに攻撃した。どうやら、通路からでも攻撃できたようだ。サハギンランサーは僕のほうへ走ってくる。

 足の間に水かきがあるためか、ペタペタという音がする。その後ろからヘビの下半身をクネクネさせて、三〇体ほどのナーガが追いかけてくる。


「よし、予想通りだ」


 足がないからか、走る速度はナーガのほうが遅い。少しずつナーガとサハギンランサーの距離が離れる。

 サハギンランサーが僕を通り過ぎた。


「射出!」


 ドリル弾が通路を直進し、行列になっているナーガを貫通していく。


「うわー……やっておいてなんだけど、一瞬だったね」


 通路が直線でよかった。曲がりくねっていたら、こんなことできなかったからね。


「さて、残っているナーガは居るかな?」


 魔石を拾いつつ、広い空間へ。

 ナーガは一体も残っていなかった。なかなかやるじゃないか、サハギンランサー君。

 何かご褒美をあげたかったけど、何が喜ぶのか分からない。

 そうだ、ツナ缶があったんだった。サハギンランサーにツナ缶をあげると、臭いを嗅いで……って、鼻あるの?

 魚顔のサハギンランサーは、ツナ缶を食べ始めた。


「美味しいか? そうか、美味しいか」


 サハギンランサーはとても美味しそうにツナ缶を食べた。


「さて、あの宝箱には何が入っているのか」


 ナーガの居なくなった場所に、銀の宝箱が鎮座していた。

 おそらく罠はない。だけど、念には念を入れて……。サハギンランサーに開けてもらう。

 やっぱり罠はなかった。入っていたものは、指輪。シーカー協会で鑑定してもらうとしましょう。


 隠し通路から出て、第二エリアを目指す。エリアボスは居なかったので、すんなり第二エリアに入った。

 第二エリアも海エリア。入り口付近の海底から転移ゲートで第一エリアの入り口の近くの海底へ移動し、地上へ戻った。

 地上に戻るとすぐにシーカー協会へ行き、隠し通路のことを報告した。別室に通されて、細かい話をする。


「花ノ木ダンジョンの第一エリアの海底に隠し通路ですか。よく発見しましたね」

「サハギンメイルのおかげで、海底でも自由に動けますので」


 調査隊が送られることになったが、ナーガが相手なので三級シーカーを送るらしい。

 宝箱から見つかった指輪は、回復の指輪。効果は一日に一回だけ重傷を癒すことができる。

 御守りとして、とてもありがたいものだった。


 

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