第38話 ワイバーンの悲哀
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038_ワイバーンの悲哀
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シーカー協会を出ようと思ったら、騒がしい。何かと思ったら、シーカー同士の喧嘩のようだ。
まだ若そうなシーカーだと思ったら、見たことがあるような……。そうだ、九級昇級試験の時に一緒に試験を受けた男子たちだ。
「てめぇ、舐めやがって!」
赤毛の少年が仲間の少年の胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうだ。
「離せ、この役立たずが!」
「ざけんなよ、てめぇ。誰が役立たずだよ」
「お前だよ。いつまでも俺たちに寄生しやがってよ」
赤毛の少年は役立たずだと言われ、頭に血が昇って殴りかかった。でも、胸倉を掴まれていた少年が、赤毛君の拳を受け止めた。
「くそっ、離せ!」
「役立たずのお前が、俺に敵うわけないだろ。この万年一〇級が」
あの赤毛君はまだ一〇級のようだ。いや、二年以上も一〇級をしていた僕が言えたことではないね。
あれだけ派手な爆発系の特殊能力を持っていても、当たらなければ意味がない。彼は目標が止まっていれば問題なく倒せるが、動いていると当たらなかった。
力はあるけど、器用さがない。または、脳筋で細かいことができない。そんな感じなのだろう。勿体ないことだ。
職員が止めに入って、殴り合いの喧嘩にはならなかった。でも赤毛君は、他の三人からクビ宣言された。なんか、昔の僕を見ているようだ。あの頃の僕も、役立たずと言われてクビにされた。
「赤毛君……自暴自棄にならなければいいけど……」
クビになった僕はシーカーを続けるか迷った。迷って、迷って、迷いまくってシーカーを続けることにした。まだ何も成してないのに途中で放り出すのが嫌だったというのが、僕の理由。それを納得というかは分からないけど、あの時の選択は間違っていなかったと思う。
赤毛君のことは気になるけど、こういったことは自分自身で解決しないといけないこと。シーカーを続けるにしても、辞めるにしても、彼自身が納得しないと後悔することになる。
僕はシーカー協会を出て、マンションに戻った。
爆砕タートルからドロップしたアイテムは、タルタロスの盾だった。ピアスなのに盾とか理解不明と思ったけど、説明を聞いて納得した。それを収納から取り出して見つめる。
通常時はピアスになっていて、使用者が具現化をイメージするとタルタロスの盾が現れる。
ほぼ無色透明で僕をまるっとカバーできる盾が、空中に浮いている。これがタルタロスの盾か。鑑定結果では精霊級のアイテムなので、その防御力は折り紙付き。
「ドリル弾を準備している間は空間の壁を出せないから、これがあると無防備な状態がなくなるのがいい」
僕には空間の壁があるけど、いつでも出せるわけじゃない。でも、このタルタロスの盾なら、空間の壁の代用にもってこいだ。
翌日は土曜日で、アオイさんがマンションにやってきた。ミドリさんはアサミとアズサさんと共にダンジョンに入っていて、今日は一人だけ。
コートを着込み、足元はブーツ。マフラーで厳重に首元を隠し、さらにニット帽といういで立ち。今日は今シーズン初めての氷点下になった。雪は降っていないけど、寒い。
「おはようございます。リオンさん」
「おはよう。アオイさん」
アオイさんはすぐに今週の収支を確認し出した。僕は武器や防具の手入れをする。
もうすぐ今年も終わる。今年は僕にとって特別な年になった。
万年一〇級だった僕が一気に飛躍して五級になった。大水支部長は大器晩成とか言っていたけど、そうじゃない。飛躍したのは、地獄の門のことがあったからだ。
そういえば、あのドラゴンとゾウから得た魔石とアイテムをどうしようか。今なら夢物語のような偶然によって、『時空操作』と『魔眼』、そしてアイテムを手に入れたことも信じてもらえるだろうか?
いや、まだだ。五級じゃあ、まだ足りない。せめて二級にならないと、あれらのものを世に出してはいけない。
二級以上のシーカーは、ほんの一握りしかいない。それだけ発言力も大きい。
あれだけの魔石だから、数千万円、下手をすれば億を超えるはずだ。それに、あのアイテムは神級の可能性がある。もし神級なら一級シーカーでさえ持っていないことが多い。
一級シーカーが特級に昇級する条件の一つに、神級アイテムの所持がある。これが一番大変な条件。神級アイテムはそれほど珍しいものなんだ。
あのアイテムが神級と決まったわけではないけど、鑑定に出して神級と分かったらアウト。僕のような五級が神級アイテムを持っていると分かったら、絡んでくる人が絶対に出てくる。面倒なことになる。絶対になる。だから、まだ我慢だ。
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花ノ木ダンジョンの第九エリア。ここはナイアガラの滝のように、幅広く滝が続くエリア。しかも、三段になっていて登らなければいけないため、簡単には進めないようになっている。
「これを登るのは大変だ……」
わずかにある岩場を進み、滝の下にやってきた。落差は二〇〇メートル前後。こんなところを登るのは大変だ。そのため、この第九エリアは人気がない。
六級シーカーは第八エリアまでで稼ぐようにしているし、五級になったらC級ダンジョンにホームを変えてしまえばいい。
「つまり、この第九エリアとその後の第一〇エリアには、ほとんどシーカーが居ない」
そんなわけで僕は『時空操作』の転移ゲートを上空に繋いだ。転移ゲートを通ると、一気に下降する。股間がヒュンッとなったけど、すぐに空間の板を自分の下に出す。
「おっとっと」
着地に失敗して、尻もちをつく。
「ほえー。いい眺めだなぁ」
眼下にはナイアガラの滝のような雄大な瀑布。観光地なら人気が出そうだ。
「写真撮っておこうかな」
ミドリさんやアオイさんたちに見せてあげよう。
「さて、魔物は……お、居たぞ」
僕のほうに飛んでくる魔物。それは、プテラノドンのような空を飛ぶ魔物だ。
「ワイバーンか」
この滝エリアにあって、最も厄介な魔物はこのワイバーン。一応、竜の亜種に分類されているらしい。誰がこんな分類をするのかというと、お偉い学者さんだと思う。どうでもいいか。
ワイバーンはドラゴンに較べたら強くはない。比較対象がドラゴンではワイバーンが可哀想だよね。でも、この花ノ木ダンジョンの中では、エリアボスを除いて最強に近い強さを誇る。
僕が行こうと思っているC級ダンジョン(知多ダンジョン)では、飛行系というか浮いている魔物が多い。その魔物は死霊系なんだけど、ゴーストやワイトなどが浮いているのだ。
死霊系の魔物―――俗に言うアンデッドは、物理攻撃が効きにくい。それを除けば飛んでいるというところが似ている。無理がある仮想敵ということは分かっているけど、飛行系の魔物に慣れておきたい。
ワイバーンを空間の壁に閉じ込めると、ワイバーンは壁に当たってその長細い顔を歪めた。上空で小さな空間に閉じ込められたワイバーンは暴れた。僕の空間の壁は竜の亜種と言われるワイバーンの力に、耐えてみせた。
密閉された空間の中でも、ワイバーンは酸欠にならなかった。これは意外なことだったけど、死霊を仮に閉じ込めたとしても酸欠で死んだりはしないだろう。
ワイバーンが呼吸しないのは分かった。意外だったけど、それはどうでもいいこと。
剣は空中では役に立たないと思いがちだけど、『時空操作』を持つ僕なら戦い方はある。
でも、僕は肉体強化系の特殊能力を持ったレヴォリューターではない。剣がどこまで通じるかは分からない。
ここで頭の中に浮かぶのは『結晶』のこと。『結晶』が僕本来の力。さんざん使えない特殊能力と言われた『結晶』が、どこまで使えるのか。
「考えていたことを試すか」
僕は『結晶』の可能性について考えていた。生命力を封印するだけだろうかと。視認できた力を封印できるのであれば、魔物が持つ力の全てを封印するのではなく、部分的な力を封印できるのではないのかと。
やってみて、ダメなら次を考えればいい。
『魔眼』でワイバーンを見つめる。ワイバーンの力の色は緑色。注意深く、そして慎重にその緑色を見ると、一つ一つの色にムラがある。緑っぽい中にも濃淡があるのが分かる。わずかな差しかないそのムラをより分けていく。
「見えた!」
生命力と思われる緑色の中に、薄い緑色がある。それが何かは分からないが、それを封印したらどうなるか?
ワイバーンを拘束している空間の壁を解除すると、ワイバーンは落下する。急に壁がなくなったことに焦ったようだが、ワイバーンは翼を広げて風を捉えて飛び出した。
「あれがどんな力なのか、見させてもらおう」
僕の周囲を遠巻きに旋回するワイバーンの力から、薄い緑色の力を封印する。
その力を封印した瞬間、ワイバーンが落下していく。これは生命力だったのかもしれないと思ったが、ワイバーンは翼を羽ばたかせた。つまり、まだ生きている。薄い緑色の力は生命力ではないということ。では、どんな力なのか?
ワイバーンを注視していると分かったが、翼を常に動かしている。先ほどまで翼はほとんど動かしていなかった。そこで僕はある仮説を立てた。
この手の中にある結晶に封印した力は、ワイバーンの飛ぶ力ではないかと。ワイバーンは翼を動かさなくても飛べるのではないだろうか。
怒りの目をしたワイバーンが僕に迫ってくる。必死に翼を動かしているが、速度は遅い。それを見ただけで、封印した力が飛ぶ力なんだと確信できた。
足掻くような無様な飛び方をしながら、ワイバーンは鋭い口で僕を突き刺そうとしてきた。僕は飛び上がり剣を抜いて片翼を切った。空間の板を出し直して着地。
片翼を失ったワイバーンは墜落して水の中へ消えていった。魔石は拾えなかったが、僕が得たことは大きい。
生命力を封印するのは、時間がかかる場合もある。強い相手になればなるほど、時間がかかる。
だけど、一部の力を封印するのは、そこまで抵抗を受けない。それが分かっただけで、戦い方は広がるものだ。
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