第52話

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 052_パワーアップ

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「ストップ!」


 ピタリと魔物が止まる。

 レヴォリューションブックを使った僕は、『時空操作・改』の性能を試すために枇杷島ダンジョンに入った。

 ミドリさんたちが全員七級になったからD級ダンジョンの花ノ木ダンジョンに入れるけど、花ノ木ダンジョンは僕のようにサハギンメイルを持っていないと舟が要るから準備に時間がかかるんだ。


「ゴブリンキングが本当に止まりました」


 第五エリア、通称ゴブリン城の六階層。ここにはエリアボスのゴブリンキングが陣取っている。

 エリアボスは倒されると二四時間立たないとポップしない。今日はたまたまポップ直後に当たったようだ。


「凄いね、ゴブリンキングが銅像みたいに固まってますよ」


 アズサさんがゴブリンキングの顔を、人差し指でちょんちょん突っついた。


「今までの遅延だけでも反則だったのに、完全に時間を止めるなんてチートすぎて笑えません」


 日頃あまり長文を喋らないアサミさんまでゴブリンキングの鎧をコンコン叩いていて呆れている。


「ストップの効果は分かった。ゴブリンキング程度なら完全に時間を止められるし、止めている時間に限界を感じない」


 三人もレヴォリューションブックが欲しいと言っているけど、こればかりは運だからね。

 それにパワーアップしてなくても五級になれるくらいに、シーカーとしてのスキルを上げないとね。


「さて、ゴブリンキングを倒すよ」

「「「はーい」」」


 今度は空間のほうを試す。


「空間切断!」


 スッ。

 ゴブリンキングの上半身が右へ、下半身は左へ別れた。

 これまでも空間を動かすことはできたけど、このようにスムーズに空間を動かせるようになったのは嬉しい。


「「「おおおっ!」」」


 上下に二つに切断されたゴブリンキングは、血を流すことなく消えていった。


「あ、アイテムだ」


 アズサさんが目ざとくアイテムを発見した。

 四人でそのドロップアイテムを囲んで、見下ろす。


「これはなんですかね?」


 ミドリさんが疑問を口にした。


「何かの種?」


 アサミさんの言うように、種に見える。

 ゴブリンキングから種がドロップしたという話は聞いたことがない。いったいどんなアイテムなんだろうか。


「種と言うと、ミドリだよね」


 アズサさんがそう言うと、僕たちは『植物操作』を持つミドリさんに視線を向けた。


「えー、いくら何でも無茶ぶりすぎない? こんなの分からないわよ」

「ははは。持ち帰ってシーカー協会で鑑定してもらうか」

「「「はーい」」」


 魔石と種を収納に放り込んで、第六エリアへと向かった。

 第六エリアは火山帯で、蒸気が噴き出しマグマが蠢くエリアだ。


「それじゃあ、今度はミドリさんのを見せてもらおうか」

「はい!」


 丁度いいところにロックゴーレムが居た。パワーはあるけど動きは遅い魔物だ。


「行きます!」


 ミドリさんが『植物操作』を発動させる。


「「「………」」」


 何も起きないと思った瞬間、地面から何かが飛び出してロックゴーレムを串刺しにした。

 それは植物の根のようなもので、刺さったままロックゴーレムにまとわりついていく。

 ロックゴーレムは暴れて根を引きちぎろうとしているが、暴れれば暴れるほどきつく締まっていく。

 次第にロックゴーレムの動きが悪くなっていき、そのボディにヒビ割れができた。三分もすると、ロックゴーレムは動かなくなって消えた。


「最初の一撃で、かなりのダメージを与えることが出来ます。上手くいけば、致命傷を与えられます」

「今まで以上にヤバい攻撃に進化したわけね。頼もしいわ!」


 アズサさんが拳を突き出すと、ミドリさんがこつんと拳を当てた。続いてアサミさんとも拳を当てる。


「ミドリがパワーアップしたんだから、私たちも負けていられないわね!」

「ふふふ。道場に通って鍛えた私たちを見せる!」


 アズサさんとアサミさんが怪しく笑う。


 ファイアリザードを発見すると、アズサさんが動いた。

 アズサさんの動きは緩急をつけたもので、ファイアリザードはまったく対応できない。さらに急所を突く攻撃が的確だ。

 最初に両目を潰され、次は頭部の後ろにある鱗の隙間を狙った攻撃。これでファイアリザードは動かなくなって消えた。


 アサミさんの相手はロックゴーレムだ。

 ロックゴーレムの攻撃を盾で受け止めるのではなく、受け流していた。

 パワー型のロックゴーレムの攻撃をまともに受けるのではなく、技術でいなして体勢が崩れたロックゴーレムにウンターを入れる。

 小さな力で大きな攻撃力を生む攻防一体の体捌きだ。


「三人とも成長しているね。僕もうかうかしてられないや」

「「「嫌みにしか聞こえません!」」」


 そんなつもりはないんだけど……。


 ミドリさんたちは七級に昇格したし、魔物に怯えることもなくなった。

 アズサさんとアサミさんの二人は道場に通っているから、対人戦の技術も上がっている。これならもう僕は必要ないと思う。

 三人は元々優秀な子たちだったけど、三バカの一件があってから精神的に成長していると思う。トラウマになりかねないことを糧にして、三人は精神的に成長しているのを実感した。

 彼女たちが五級の壁を超えるのも時間の問題のはずだ。


 その日、僕たちは枇杷島ダンジョンを踏破した。

 第六、第七エリアを三人が爆進した。僕は魔石回収で三人をフォロー。


「今度はサハギン砦のレイド戦に参加します」


 転移ゲートを通って地上に戻ると、アズサさんがそう宣言した。

 三月の後半にあるレイド戦に参加するようだ。今年は新年早々、あんなことがあったから開催されないかと思っていたけど、こういう時だから開催するんだとか。お祭り騒ぎして、嫌な雰囲気を吹き飛ばそうという感じらしい。


「どの道、舟を用意するのに一カ月くらいかかるから、しっかり準備して挑むわよ!」

「「はい!」」


 アズサさんはちゃんとリーダーシップをとっている。いい感じだ。


 転移ゲートで地上に戻り、シーカー協会であの種を鑑定してもらった。


「これはチティスの種です」

「「「「チティスの種?」」」」


 鑑定結果はチティスの種というものだった。鑑定結果を読むと、育てると回復効果のある実をつけるらしい。

 かなり便利なものだが、僕のマンションではちょっと育てられない。

 お金持ちのミドリさんの家なら大きな庭があると思ったけど、このチティスの木を狙った盗難事件が結構起きているらしい。危なくて、簡単には育てられないよ。


「企業に委託することもできますよ」

「この種を預けて育ててもらうのですか?」

「はい。シーカー協会で仲介もしていますから、ご利用ください」


 職員が言うには、リンゴの木のオーナー制度みたいな感じらしい。育成は業者が行って実が生ったら収穫までしてくれる。

 パンフレットまであって、それをもらって帰ることにした。

 アオイさんと相談してどうするか決めようと思う。


 ・

 ・

 ・


「業者に委託するのも良いですが、リオンさんの実家で育てられませんか?」

「え?」


 マンションに帰って、さっそくアオイさんに相談したらそう言われた。


「リオンさんの実家は農家ですよね? 以前、土地だけはたくさんあると仰ってましたから」

「育てるのは難しくないらしけど、セキュリティの問題があるよ」

「お金なら腐るほどあるのですから、セキュリティ万全の農業エリアを造ってしまえばいいと思います。強化樹脂のハウスで簡単に進入できないようにして、監視カメラもたくさん設置して、警備会社と契約するとか」


 なんだか大げさな話になった。


「費用対効果を計算してみますので、少し時間をください」

「うん、よろしくね」


 出来る秘書は違うね。


「それから、先ほど安住製作所から連絡がありました」

「ん、納品はまだ先だよね」

「いえ、会社のサーバーがハッキングされたそうです」

「え?」


 何それ、怖っ。


「大丈夫だったの?」

「最重要情報へのアクセスは防いだようです」


 自衛隊関連の機密性の高い仕事をしている関係上、こういったことは当初から予想されていた。そのため安住製作所では、二〇人以上のIT担当者を雇用している。

 ハッキング対策も企業につきまとうものらしく、以前は盗まれた情報を買い戻すのに数百億を支払えという強迫が頻発したらしい。そういったものに対応するため、IT担当者の重要性が見直されて久しい。


「最重要ではない情報にアクセスされたってこと?」

「問題ないものばかりです。ですが、今後もこういうことはあると思われますので、今はサーバーをネットから切り離しているそうです」

「ハッキングした相手は分からないよね」

「そうでもないらしいです。ハッキングを逆に利用して攻撃したらしいです。そこから抜いた情報から、大陸の隣国らしいです」

「うわー……」


 面倒臭い相手だ。

 自衛隊やオカザキ自動車から、大陸の隣国や半島の国、それに北の隣国などは平気でハッキングしてくるからと言われていた。

 それが現実のものになったわけだ。

 これらの国は、こちらが抗議しても知らぬ存ぜぬを決め込んで、話にならないらしい。


「大金をつぎ込んで優秀なハッカーを雇った甲斐がありましたね」

「いや、それ言っちゃーダメだから」

「あ、そうでした」


 可愛らしく舌を出すアオイさん。

 どういう経路で情報を入手したか分からないけど、安住製作所は公安がマークしているようなハッカーたちを雇用している。もちろん、それなりの守秘義務を科しているし、国家事業になりつつあるから情報漏洩なんかしたら国家反逆罪に問われると言い聞かせてあるらしい。

 昔、北の隣国が東ヨーロッパに侵攻したことがあって、それ以降はこの国でも軍事や情報統制の法整備が何度も整備された経緯がある。

 国でも民間でも情報を盗む行為は、重罪だ。特に国の情報を不法に入手したら、国家反逆罪に問われて一生檻の中で暮らす羽目になる。入手しただけでこれだけ厳しい話だから、情報を流してしまったら死刑だってあるんだ。


 二〇人もの元ハッカーや優秀なIT担当者たちが護る安住製作所のネットセキュリティは、高い防御力を持っているだけでなく反撃力もそれ相応にあると聞いている。

 IT担当者にはそれ相応の年俸を出していると、安住社長が言っていた。いくらかは聞くのが怖かったので聞いてない。


「リオンさんの周辺も警戒しておいてほしいと言ってました」

「了解。どうすればいいか分からないけど、警戒は怠らないようにするよ。アオイさんも変な奴を少しでも見たら、僕に言ってね」

「はい。その時はお願いします」


 

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