第68話 黒田の指

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 068_黒田の指

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 黒田さん―――もうさんづけで呼ぶ必要はないか。黒田は数日拘束すると言っていたけど、すでに三日間拘束されている。

 食事だけは三食出て来るけど、とても食べられたものではない。これが噂の臭い飯なのかと思ったけど、僕は刑務所に入っているのではないから黒田の嫌がらせなんだろう。


 スマートメタルの実戦試験の後、美味しい料理を求めて名古屋の店を巡った。その時に大量のテイクアウトを頼んだから、収納の中に美味しい料理が熱々のまま入っている。それを食べて飢えを凌いでいる。


 さらに三日が過ぎたけど、取り調べのようなものはない。何がしたいのだろうか?

 そんな僕の前に黒田が現れた。


「やあ、カカミ君」

「どうも」

「意外と元気そうだね」

「まあ、そうですね」

「もう少し堪えているかと思ったけど、さすがだね」


 この人に褒められても嬉しくない。


「ふふふ。君にいい話があるんだ」


 僕を拘束しておいて、いい話もないよね。


「スマートメタルの設計図を渡してもらえないかな」

「………」


 何を言うかと思ったら、ばかばかしいことを。僕は安住製作所の重役だけど設計にはノータッチだし、設計図を手に入れられる立場にもない。

 そんなことも知らずに僕を拘束して、無理やり設計図を手に入れようとしたわけか。この人は何も見えてないんだな。


「もっと言うと、指向性重力制御システムの設計図が欲しいのだよ」

「そんなことのために僕をこんなところに閉じ込めたのですか?」

「そんなことというのは、語弊があると思うよ。あの技術は化学の進歩を促す大きなものだと私は思っているんだ」


 そんなことは言われなくても分かっている。あれは天才のヨリミツだから簡単に発明したように見えるけど、僕なんかじゃ理解さえできないシステムだ。


「どうだろうか、私に指向性重力制御システムを渡してもらえないかな」

「ふっ、ふふふふ。あははははは」

「何がおかしいのかねっ!?」


 黒田は目を吊り上げて睨んできた。


「僕を陥れて指向性重力制御システムを手に入れようというその腐った根性が、とても滑稽で笑ってしまったのですよ」

「なんだとっ!?」

「あなたのバカさ加減に呆れてもいますけどね」

「ふんっ。その強がりがいつまで続くかな!」

「今日で六日目ですね。いつまで拘束するのですか? 百日ですか? 一年? ふふふ。それとも僕を裁判にかけますか? 今あなたが言ったことを裁判で喋りますよ。あなたはもう追い込まれているのです。これ以上無駄なことをせずに、早く僕を解放することを勧めますよ」

「舐めるな、小僧!」


 五〇代の黒田からすれば、半分も生きていない僕は小僧なんだろう。でもさ、人間の価値ってどれだけ生きたかじゃないと思うんだ。どのように生きたかが大事なんだと僕は思う。だから黒田に屈するつもりはない。


 黒田は捨てセリフを吐いて、出て行った。

 こんなところ、出ようと思えばいつでも出られる。でもそれをしたら黒田の思うつぼのような気がするんだ。

 だから僕はここで待つ。黒田が自滅するのをね。


 さらに三日が過ぎた。黒田がやって来た日から、食事が出なくなった。食事には困らないけど、ここまでやられたら、ちょっとやそっとのことでは許してあげないよ。


「意外と元気そうだな」

「おかげ様で」


 黒田は僕が空腹でヘロヘロになっていると思っていたようだ。僕の特殊能力の情報は持ってないんだろうね。シーカー協会の幹部でもそういった情報は秘匿されると聞いたことがあるけど、本当のようだ。


「いい加減、私に協力する気になったかね?」

「まったくですね」


 優越感を持って僕を見ていた黒田の表情に、困惑の色が見て取れる。どうして僕が元気なのかと、思考を巡らせているのだろう。


「それよりもいつまでこんな茶番につき合わないといけないのですか? もう九日ですよね。僕をこれだけ拘束したら、とてつもない損害賠償の対象になりますよ。僕はこれでも儲けてますから(笑)」


 シーカーとしてだけでなく、安住製作所に結晶を卸しているお金もあるからね。

 そういえば、結晶の在庫は大丈夫かな。スマートメタルの増産に伴って自衛隊が大量に消費する予定だったから、早めに在庫を積んでおく方針だったんだよね。


「君も強情だね。このままでは、本当に犯罪者になるよ」

「できるものならやってみればいいですよ。あなたには無理でしょうけどね」

「ちっ。調子に乗りおって」

「調子に乗っているのはあなたです。足元をよく見てみるといいですよ。ほら、砂が音を立てて崩れていってますよ」

「うるさい!」

「そんなに怒ってどうしたんですか? あなたの後ろで指向性重力制御システムの情報を欲しがっている人から、早くしろと催促でもあったのですかね。ふふふふ。無駄なことですよ、あなたが指向性重力制御システムの情報を手にすることはありませんから」


 拳を握って僕を睨む黒田だけど、本当に砂が崩れていることに気づいてない。


「ほら、音が聞こえますよ」


 僕の挑発に、黒田は檻を蹴る。金属の檻をそんなに激しく蹴ったら足が痛いよね。


「ああ、そうだ。指向性重力制御システムの情報は国外へ持ち出し禁止ですからね」

「っ!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。指向性重力制御システムの情報を欲しがるのは日本の企業でもあるでしょうが、こんなバカなことをしてまで手に入れようとするのは外国くらいなものですよね。大陸の大国なんて、いい値段で買ってくれるんでしょうね。ふふふ」

「き、貴様……どこまで知っている」

「全部知ってますよ」


 僕の『テキスト』は黒田が大陸の大国のスパイだと教えてくれた。あの三人にしたって『テキスト』で見ればその目的は一目瞭然だった。

 黒田は『テキスト』の存在を知らないから、気づかれてないと思っていたようだけどね。


 通常、僕は他人に『テキスト』を使わない。女性だとスリーサイズも分かるから、めったやたらに使わないようにしていた。でも敵対者に使わないわけがないよね。


 黒田は懐から拳銃を取り出した。


「シーカーを拳銃で殺せると思っているのですか。本当に愚かな人だ」

「知っていることを全て吐け。どこまで知っているんだ」

「あなたが大陸の大国のスパイだってことですか? 上司がチョウ・ファンディとか?」

「なっ!?」

「なぜ知っているか、ですか? そんなことはあなたが知る必要はないのです。あなたは僕の周囲をうるさく飛び回ったことで、自分が築いてきた全てを捨てる羽目になるのですから」

「私を羽虫とでも言うのか!?」

「そんなこと言いませんよ。羽虫に失礼じゃないですか」


 奥歯を噛んでいる。どうしようか、迷っているのかな。

 でも、もう遅いよ。


「お前を生かしておけないな」


 拳銃の引き金に指をかけた。

 だから、そんなもので五級シーカーを殺せるわけないよ。シーカー協会の偉いさんなのに、シーカーの力を知らないの?


 ―――パンッ。パンッ。パンッ。


 三発の銃弾が発射されたけど、それが僕を傷つけることはない。シーカーを舐めんな!


 直後、黒田の後方のドアが勢いよく開いた。


「黒田! お前を拘束する。大人しくしろ!」

「なんだお前たちはっ!?」

「シーカー協会特殊犯罪摘発課と言えば分かるだろ」

「なっ!?」


 シーカー協会特殊犯罪摘発課? シーカー協会にそんな部署があるの? さっぱり分かりません。


「あらあら。そんな物騒なものを出して、いけないわねぇ」


 近所のおばちゃんぽい綾瀬さんだ。


「うふふふ。黒田公明。罪状を色々並べていると日が暮れるから、かいつまんで言うわね。シーカーの拉致監禁、脅迫、そして殺人未遂。そんなわけで、黒田、あなたを拘束するわ。抵抗した場合は、四股を失うくらいは覚悟してね」


 四股を失うとか、絶対嫌だ。綾瀬さん怖すぎ(笑)


「何を」

「そういうのいいから、ほら、連行して」


 無駄な足掻きをしようと拳銃を綾瀬さんに向けた刹那、拳銃を持つ黒田の指が全部床に落ちた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ」


 右手の指が全部切り落とされて、拳銃も床に落ちた。これは痛い……。

 しかも綾瀬さんの動きが見えなかった。この人何者なの?


「これでも私は元二級シーカーよ。舐められたものね」


 え、綾瀬さんは二級シーカーだったの!? 二級なんて本当に一握りの人しかなれないんだよ。

 綾瀬さん、すごいよっ! 近所のおばちゃんなんて思って、すみませんでした!



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