10 居場所はここに
言い終えると空気感は元に戻り、なんと左手を手当てしてくれた。今までできなかった呼吸の仕方を思い出したが、濡れて冷えた服が背中に張り付いている。
「聞いても良いかしら。どうして潰そうと思ったの」
研究所が実験体の恨みを買っているのはよく知っていることで、研究所から逃げてきた実験体達の集まりである道場でも何度も許せないと言う言葉を聞いていた。皆家族や友人を殺されたとか腕を片方奪われたとか、憎むのには充分すぎる理由を抱えているし、私だって思い出すのさえ嫌な事を何度もされ、見てきた。
だからそんな過激な思考になるのもうなずけるが、道場の誰も復讐をしようとは思っていなかった。思えなかった。チップがあれば実験動物なんて簡単に殺せる。実行に移す前に果てるなら、馬鹿げた夢を我慢するか諦めるしかない。
「死んだ家族のために」
終希が口を開いた途端、もう一度空気が震え思わず身体を引いた。
「俺がやらないといけない」
終希の声にはまるでそのために生まれてきたかのように力がこもっていて、気合いだけは今すぐにでも復讐を果たせるような自信が満ちている。
おかしいだろうが、私達の叶うはずのない夢は彼のために残されているんじゃないかとそう思ってしまった。
「でもひとりじゃ無理だ。お前の力が欲しい」
「っ……」
私に対して「居て欲しい」と言う人は初めてだった。
何度「死ね」「寄るな」「気持ち悪い」と否定されただろう。何度も追い出され街を彷徨って、そこでも疎まれた。白い目で見られた。実験体だと分かれば手のひらを返し、最終的に実験体でさえ腫れ物扱いした。
だから希望を抱きたくなる。もしかしたらこの人なら奇跡を起こして実験体達を救ってくれるんじゃないか、倫理を失ったあの人達を更生させて、私の生きる場所を作ってくれるんじゃないか。
目を瞑り、生まれて初めて研究所の高く白い壁が瓦解する光景を想像した。ああ、なんて爽快なんだろう! そうだ、私はこれを求めていたに違いない。
夢を追うのは好きだ。届きそうにないゴールほど目指してみたくなる。実際いないはずの東京外の人を見つけることができたのだから神様は私に味方している、また奇跡は起こる。その証拠に窓の外の雪もキラキラと私達を応援している。
「協力させて。研究所を止めれば生まれ方で苦しむ人がいなくなるわ」
終希はにっこり笑い大きなため息をついて、溶けるように礼をした。
「ありがとう、本当に……心から感謝する」
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