11 生きろ
龍を逆に引っ張り、無我夢中で玄関前の階段を駆け上がった。ドアを蹴り開け土足のまま階段を二階まで駆け上がり、寝室のドアも蹴破って中に入る。叶の家を訪れることで自分が逃げる時間が少なくなって自分が殺されるかもしれないなんてことは全く頭に無かった。
「フィフティ!」
走り出したときに振りほどかれた龍が待って、と手を伸ばす。一秒でも早く叶を連れて行かないといけないのにモタモタしてんじゃねえ、と眉間にしわを寄せると、同じように機嫌の悪い龍が息も絶え絶えに信じられないセリフを発した。
「叶はいいから、逃げるぞ」
「は」
叶は、いいから? 置いていくつもりなのか、叶はもう自分一人で起き上がることすら容易ではない。つまり、龍は叶を見殺しにしろと言っている。認めたくはないけれど、龍は叶が好きで叶も龍が好きだったんじゃないのか、それなのに何故無情に助けようとせず自分たちだけ逃げて生き延びようとしているんだ。
「本気?」
「本気だよ、ねえ叶!」
龍は大好きな人を捨てて自分たちだけ生きるんだと、ふざけたことを本気で言っていた。龍がそんな酷い考え方をする人だとは思っていなかった。
「意味分かんねえ、お前なんかもう友達でも何でもねえよ。勝手に行けよ、自分一人だけで生き残れば良いだろ!」
パァン、と乾いた音。次いで左頬がヒリヒリと痛んだ。叶が今までに見たことの無い怖い顔で右手を掲げている。
「どうして戻ってきたんだ!」
激怒していた。でもどうして怒られているのか全然分からない。俺が何か悪いことをしただろうか、皆で逃げようとそう言っているだけだ。
「分かるだろう、私を連れて行っても荷物になるだけ、ここで生き延びてもあと数日しか持たない。いつまでも夢を見られると思うなよフィフティ」
「わかんねえよ……」
「見てみろ」
「……え?」
視線に誘導されて窓から外を見ると、さっき村の外に向かっていったはずの人々が立ち止まっていた。逃げるのを諦めてしまったように立ち止まり、負ぶっていた人も地面に寝かされ、寄り添って最期の時を待っている。サーティーンなんかはまだ自分の足で歩く力は残っているのに、腰に片手を当てて歓談している。
研究者達は依然として村の入り口から動こうとせず、時計を見てつまらなそうにひたすら何かを待っていた。恐怖で逃げ回っているのはよく知っているはずだが、捕まえようという気はないらしい。
新たに車が一台止まって、中から男性と子供が出てきた。
……まるで檻の中のネズミを片目にコーヒーを啜るような。
「逃げられないんだ、私達はあの森に踏み入ることが出来ない」
指さす先には村を囲む森がある。なんとなく薄気味悪く立ち入りたくなかった鬱蒼とした森が村を取り囲んでいる。確かにあそこは怖くて近づきたくはないけれど、命がかかったこの状態でもそうだろうか。
「さあ行け、お前達を逃がすために四十七人で十四年間練ってきた策を無駄にする気か」
叶は俺の方に両腕を回して体重を預け、それから「四十八じゃなくて?」と首をかしげた龍も同じように抱きしめて何かささやいた。
……確かに、五十人いて俺と龍を抜いたら四十八人のはずだ。生まれてすぐ死んでしまったという48《龍》と50《俺》の間の49を抜いたのだろうか。
「――をよろしくな」
頷いた龍は叶をベッドに横たえ、さよなら、と小さく呟くと俺の手を握って部屋を出て、階段を落ちるように駆け下りた。
大好きな叶の顔がどんどん小さくなっていく。
玄関から飛びだし、灼熱地獄をいつか遊んだ広場まで駆け抜け、そこでいつかのように蛇口を全開にする。滴るほど濡れた服のおかげで頭も身体も冷えたが、内側の気持ち悪さと頭痛は引かない。
部屋を出る直前、叶が「生きろ」と呟いていた。家の中にいればきっと見つからないで明日も生きて会えるはずだと自分に言い聞かせた。そうでもしないと二人の決定に従ってしまった俺を一生許せないと思ったから。
ポーン
小さく、しかし通る機械音の後、何かが変わったような感じがした。周りを見渡しても何が変わったのかは分からなかったが、見えている世界の色が少しだけ違うような。言葉には出来ないが、やっぱり何かが違う。
その正体を掴み損ねていると、突如熱暑をかき消すほどの轟音が辺りを揺らす。入り口の方に大きな火柱が立ち、土煙が地を這って広がった。
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