10 片付け
少し走っただけでずっと前を行っていたはずの皆に追いついた。皆走っているつもりなのだろうが、ほとんど杖をついて足を引き摺ったりおぶられたりしていて、まともに歩いている人は少ししかいなかった。走れる人は、ゼロだ。
数えたことを酷く後悔した。五十人いたはずの家族はいつの間にか五分の一程度にまで減っていたのだ。
俺と龍と、それから家にいる叶を含めても十一人しか居ない。昨日までは冷房の効いた家の中に引きこもっているんだと思い込むことができたが、それはまさに思い込みでしかなかったのだ。
たった十一人になったとしても、皆は大切な家族だ。病によって死ぬのさえ辛いのに、どうして殺されなければならない。手をつないで皆を引っ張っていけば間に合う! と手を伸ばす。
「捕まって!」
しかし、皆首を横に振って俺達に先を促した。
「私達のせいで動ける君たちまで逃げられなくなるくらいなら、いっそここで死んだ方がマシ。足手まといになってたまるか」
「大丈夫だ二人とも、俺達もちゃんと逃げるから。後で会おう」
「んな事言ったって!」
双子が片目を瞑り、力が入らず震える親指を上に向けてニッと笑う。どうして今笑っていられるんだろう。
固まっていたら双子の後ろからよたよたと杖をついてババアがきて、おもむろに俺達二人の頭に両手を乗せて髪をぐしゃぐしゃにした。温かくて安心する掌から伝わる「大好き」に俺達は何も言えずされるがままになっていた。
「龍、フィフティ、よく聞きぃ? ここからずうっと西に家があるんね、そこにあたしの小ちゃい頃の写真があるさ。べっぴんさんだからよう見るね?」
「……はあ?」
気の強い年長者の声は確かに不安でいっぱいになっている背中を押してくれるのだが、緊迫した状況で言われたのが「美人な私の写真を見てこい」だ? 早く皆で逃げなければならないのに痴呆の入ったどうでもいい話にかき乱されて、でもどうでも良いとは思えなくて混乱する。
「いきぃ!」
「う、うん……うわあ!」
あんな細い腕のどこに力があったのかと思うほどの力で押される。もう歩くことすらままならないのに、崩壊寸前ボロボロの筋肉を想いで補い増強しているのだ。転びかけて足を出した俺達はその勢いで中央の通りを外れ、真っ直ぐ西へ走っていった。
走る、走る。息が切れてもがむしゃらに進んだ。皆とは離れてしまったけど、もう一度会うと約束したから。
突如、音が上がる最中の中途半端な場所でサイレンがブツンと切れた。煩さに苛立った研究者が線を切ったのだ。
もう一度大通りからババアの声が聞こえた。何を言っているのかここからでは分からないが、これは紛れもなく悲鳴。ちょうど家の死角となって見えないところでそおっと壁から覗いてみると、白衣の人がババアを羽交い締めにしているところだった。
「あいつ!」
「ダメだ、殺される!」
ぎゅっと口を塞がれ壁に押し戻される。抵抗する金切り声はずっと響いていたが、ゴッと鈍く重い音を境に急に聞こえなくなり土嚢が落ちるような音に代わった。自分の呼吸の音も分からないほどの不気味や静寂が胃を締め上げる。
今、何が起こった?
今、あいつは何をした?
震える手をもう片方で押さえながら壁から顔を出して見てみると、額が大きく凹むほど殴られたババアと、凹みと同じ大きさの、持ち手に血がついた杖が道路のど真ん中に転がっていた。
「フィフティ……み、見えるの?」
龍は俺の無言を肯定と取り、壁から少し顔を出してぎゅうっと縮こまっている。家五軒ほどの近さなら鮮明に見える、ちょうどこちらを向いた光のない赤い瞳と目が合った。急上昇した吐き気を堪えきれず多少零し、代わりに怒りをすんでのところで堪える。
嘘だ、こんなに簡単にあのうるさいババアがくたばるはずがない。
だって、さっきまであんなに……
ぎゅっと龍の左手を握った。その生きている温度を糧に来た道を戻ろうとする。
「姉さん!」
二度、銃声が響いた。撃たれ飛んでいく双子の口が「生きろ」と動いた。龍が涙ながらに崩れ落ち、顔を覆って叫ぶ。
何度も死体撃ちするショットガンが立て続けに銃声を発したおかげでここに二人がいることは伝わらなかったが、俺の理性は飛びかけていた。
「ああ……うぁ……ああぁぁぁ……」
助けないと。
あと五人、まだあと五人生きている。
歩き出そうとするも足首が固定され動かなかった。なんで、と下を向くと叫んで崩れ落ちた赤紫の髪がふるふると揺れていた。熱い地面に手のひらをついて立ち上がるのをじっと見ていた。火傷で赤くなった膝に手をつき、上体を起こし腕で涙を拭って、何度も拭っても絶え間なくこぼれる濁流を止めるのを諦め、ぐしゃぐしゃになった顔を上げて言う。
「逃げよう」
「なんで」
涙を噛み殺しながら逃げようと手を握る龍に引っ張られ、ゆっくりと歩いていく。何をしたいのか、何をしたくないのか、何をするべきで俺はどうしたいのか、もう何もわからず呆然と上を見上げた。
ちょうど家の裏手に来ていたようで、窓からぼんやりと外を見つめる叶が目に入った。
「叶を連れて行かないと……」
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