4 笑っていれば、きっと
叶はやはり流行病に侵されていた。とはいえ最初の数日は目が赤い程度で、叶自身まさか自分が死病にかかったとは到底受け入れられずそれまでと同じように遊んでいた。
俺と龍もどうせ眠気が抜けていなかっただけなんだろう、水が目に入ったのかも、などと現実を直視しなかった。実際数日間は目が赤いだけで特に他の異変はなかったし、叶自身もいつもと変わらずとても元気そうだった。
充血の症状が現れた二週間後、何もしていないのに叶が「疲れた」と音を上げた。叶の弱音を聞いたことの無い俺たちは聞き間違えか若しくは冗談だと笑い飛ばそうとしたのだが、振り返るとそこにはいつもの男子二人に呆れ笑う少女など居らず、代わりに太陽に負け顔を真っ赤にしゼェゼェ息をつく別人がいた。
叶はいつも俺や龍のことを弟のように気にかけてくれたのだが、その時ばかりは自分のことに必死で俺達のことなど眼中になかったように思う。謝ることも作り笑いで誤魔化すこともなく、口を閉ざし帰ってしまった。
ついに倒れたと言う話は一瞬で広まった。
おかげで叶が家の外に出なくなった代わりに毎日家に誰かしらいるようになった。幸い病にかからなかった俺達は今まで通り外に出ることが出来るが、遊び友達が一人欠けるだけで寂しくて自然と家に押しかけるようになった。
俺は家の中に引きこもることが好きではない。ずっと家にいると思いっきり両腕を広げて走り回ることが出来ないが、それは翼が開かないように糸でぐるぐる縛り付けられているようだった。
朝早く全ての家のチャイムを押しては逃げまわったが、不快感が無くなることはなかった。ただ身体を動かしていれば良いというわけではないのだ。だから二人といることと一人で外に出ることという二つの選択肢のうち、日の当たらない場所に引きこもってでも家族といることを選んだ。
今日も薄暗い部屋の中椅子に腰かけて各々好きな本を読んでいた。二人の真似をして本を手に取ってみたのは良いが全く興味が湧かない。挿絵だけを見て、こいつは俺の部下でこいつは俺の召喚獣だなどと妄想を膨らませ、つまらなくなってうとうとしていた。
叶がはっと顔を上げた。手すりを掴みながらゆっくりと一階へ降りていきじょうろを蛇口の真下に置くのを、やっと別のことが始まるんだと期待して後ろからついていく。叶はただ水を汲んでいるだけなのに楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「花に水をやってくる。二人はここで待っててくれ」
「俺が行くよ、叶は休んでて」
龍がぱっと動くのを見て、闘争心が湧いた。何故か最近はこんなモヤモヤを抱えることが多い。
叶が水入ったじょうろをとても重たそうに持ち上げるので、ひょいと奪い必要以上に持ち上げて、龍をちょっと上から誇らしく見下ろす。両手で持ち上げていたからかなり重たいのだと思って両手を使ったが、持ってみると案外軽く片手で余裕だった。叶のような気の強い人でも女性というのは力が無いのだろう。
「さすがだなフィフティ、では頼むよ……いや、心配だから私も付いていこう」
「はあ? 何が心配なんだよ」
「その水は水浴びに使うものじゃないぞ、分かってるか?」
「わ、分かってら……」
大真面目に腰に手を当てる叶の後ろで龍がクスクス笑っている。
結局じょうろを持った俺と監視二人で外に出ることになった。久しぶりに外に出る叶は玄関から一歩出て立ち止まり、全身で外を堪能している。
「相変わらず暑いな」
「うん、本格的に夏だね」
龍が手で日陰を作って目を細めた。今日も太陽が得意げに座っている。ここ数日熱をため込んだ石レンガが家から出た三人を出迎えて、うち二人に相当嫌な顔で睨まれていた。
「そして誰もいないな……こんなに暑いんだ、当然か」
病という現実に直面しないよう理由をねじ曲げて現実逃避をするのが常套手段となっている。暑いのだから冷房の効いたところで引きこもっているに決まってる、と。
「叶、大丈夫?」
叶は玄関先から動こうとしなかった。花壇が見える玄関前の階段に座り、膝に腕を乗せている。
「平気さ、たまには外に出ないとそれこそ身体に良くない。ワンが言っていただろう、『引きこもってると身体が腐るぞ』って。それに花を育てるのが私の趣味でね」
「ワンじいのなんとかってそれだったんだ……」
龍が口をぽかんと開けて呟いた。
「あーそれそれ」
「フィフティって興味無いことは本当に覚える気ないよな」
膨らみ始めた蕾たちを可愛がる叶の目を追って、慌ててじょうろを傾ける。冷たい水を貰って涼むそれらが恨めしかった。暑くて溶けてしまいそうだ。
「その顔、花には興味なさそうだね」
苦笑する叶には悪いが、俺も龍も花についての知識は皆無だ。そこに咲こうとしている花の名前は予想も付かないし、恐らく聞いてもすぐに忘れてしまうだろう。それよりこの暑さと駆け出したくなる衝動はなんとかならないのか。
それからも毎日家にお菓子やゲームを持ち込んで遊びに行ったり、同じように見舞いと称して涼みに来た皆と盛り上がったりした。こき使われるようにお使いを頼まれ伝言を頼まれ村中を行ったり来たりすることもあったが、どこの家も俺や龍の顔を見た途端に嬉しそうに子供扱いしてお菓子をくれるので、進んで外へ飛び出しては戦利品を手に帰っていた。
「楽しそうだな、二人とも」
「叶も良くなったら行こうぜ」
「ああ」
しかし、皆の見舞いも虚しく叶はみるみるうちに体を動かすことが出来なくなっていき、一週間経った頃には自力で歩くことも出来なくなってしまった。
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