2章 革命の迷い
1 考えさせて
(私の馬鹿……)
一日経ち後戻りできなくなってから、終希に本当に協力するべきかどうか迷っていた。あのときの私は終希のペースに引きずり込まれただけだった。
復讐という言葉の意味をちっとも分かっていなかった。雪が応援するなんて私は幻覚でも見ていたのだろう、復讐は応援されるはずがない残虐なものだ。
雰囲気に流されてあんなこと考えるなんて、と朝食べ終えた皿を洗いながら悶々としている。一方終希はまた本に熱中していた。
ほっと息をついて洗剤のとれた手をタオルで拭く。終希は本当に興味の無いことには無頓着なようで、タオル特有のふわふわが全くなくなるほど使い込んでいたようだ。同じように私のことも放置している。よかった、私はすぐ顔に出るから。
復讐に手を貸すことで研究を止められるのならいいかもしれない、そう頭の片隅で思う一方、人殺しなんてしたくないと言う思いが脳の大半を占めている。二つを叶えることは出来ないから、どうやっても片方を諦めるしかない。
ただ一つ譲れないのはもう二度と人が死ぬところを見たくない、二度と苦しむ人を見たくないと言うことだ。だから、元凶を潰そうとしているにせよ人殺しをする「復讐」には賛同してはいけなかった。
研究者はたくさんの被害者を生む。酷い運命になることが分かって生命を作る。それに対する彼らの言い分は「実験体は生命ではない」だった。ひどい詭弁だ。
そんな考えをする組織は止めなければならない。そして、止めるためには息の根を止めてしまうのが単純で一番手っ取り早いと言うことも頭では分かっている。人殺しができる程の力を持つ警備ロボットは二百年間研究者を放置してきたが、その理由がもし研究所の息がかかっているからであるならば、代わりに人の手でやるしかない。
でも救った命の代わりに失うものが敵の命であるとするならば、研究者を殺すことは正義にはならないだろう。つまり殺されるのが仲間から研究者になり、殺人者が研究者から私達になるだけだ。そんなの何も変わっていないのと同じじゃないか。
あの人達と同じ事をしたくない。
ただ、白い壁が瓦解する光景はとてもとてもきれいだった。そもそも生きる世界を二つに分ける必要なんて無いだろう、壁の中に閉じこもったからおぞましい研究が許されてしまっているのだ。
「……一葉、もう走れるか?」
終希が不意に振り向くので、目を合わせてやるとそう言った。貴方は呑気でいいわね。殺すことだけを考えていればいいもの。
「まだきついわ。歩けるけど完全に痛みが引いたわけじゃないのよ。どうして?」
「いや、ちょっと……本気で戦ってみてえなって。お前なら死なないだろ」
賛同したことによって良かったことは、逃げ出さず、裏切らない限り私は殺される心配がなくなったことだ。
終希はもうどこにも武器を隠していないようだし、私もナイフを東京にいるときと同じように服の下にしまい込んでいた。仲の悪さは相変わらずだが、仲間だとは思ってくれているようだ。
「あと数日待って」
机の上で繰り広げられた小さな戦闘によって「殺す」という言葉が冗談ではないことを思い知った。あのときは座っていたし小刀だったから良いが、もし本気になったら防ぐことができるか分からない。投げナイフ一本で全てを失うことを考えるとぞっとする。同じように、私のナイフだって人を殺すことができる立派な武器なのだ。
……ちゃんとしまっておこう。
命の保証だけでも相当な幸運だったと思うのに、さらなる朗報があった。逃げる機会が与えられたのだ。
チップの位置情報の発信にどう対処するのかと思ったが、生きたまま敵陣に戻ることとなった。私が裏切るかもしれないというリスクを抱えている終希にとっては賭けだが、「お前に託さなかった場合の勝率は限りなく低い」と不本意ながら私を送り出すことに決めたらしい。
ここを安全に出られる、とほっとした顔を見せないように「何心配してるのよ」と笑顔に置き換えたが、気がつかれていないだろうか。先程の私のように脳が花畑になっていて全く気がついていないことを祈るばかりである。
首を切ってチップを取り出さないのか、と聞いたら、「死んだという情報が研究所に行くのも避けた方がいい」と当然のように言われた。首を切られる心配もなくなったというわけだ。
――東京に帰るまで残り七日。
東京に戻った後、私には三つの選択肢がある。全て無かったことにしてどこか別のところで新しい生活を始めるか、研究者の命を守るために終希と戦うか、ここに戻って終希に手を貸し同じように手を汚すか。
それは東京に戻ってから考えようと思う。今は終希の賛同者でいなければ。生きていなければ未来はない。
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