14 君へ
鞘を後ろに投げ捨て、腰を落として構えた。いつもよりも体が重く、海に浸かった終希の目を見る。白いまま、ならば私も灰にやられたわけでは無さそうだ。これはただ、三日間のツケが回ってきただけ。
「弱」
「うるさい」
後ろ髪から黒い水を滴らせ起き上がり、銃を向けた。焦点は肩に向いているが、銃口が少しだけぶれている。どの口が言う、お前も弱っているじゃないか。
「分かったんだよ」
銃を下ろし、手をついて立ち上がる。戦闘の意思が見受けられずつい釣られて刀を下ろしてしまった。俯きがちに砂浜を見つめる彼はぱっと顔を上げて掴みかかる。
「悩まなくても良かった、お前は俺よりずっと強いだろ。あんなことで変わるお前じゃない!」
不意打ちをくらい、避けられずに転倒する。転がった勢いで刀を回し、終希の肩に傷をつけて立ち上がる。首を上げると銃口がこちらに向いているのが見え、光る前に狙いから逸れて、両手で掴んだ大太刀を右に保持して突っ込んだ。振り上げた刀は右手にあったナイフに阻まれ、大きな金属音を響かせた。容易く押し返されてしまった刀に引きずられよろけた体を踏ん張って保持し、その様子を見た終希に鼻で笑われた。
「従え、一葉」
「ええ!」
元々そうだった。私の力が欲しいと言ってくれたのは終希だけ。焼印を見ても何も言わずにいてくれた。所長の娘のクローンだと知っても耐えてくれている。そうやって私の居場所をくれたのは。
光る。音は連続してふたつ、耳元で炸裂したのは爆発音と金属の大きな音だった。鈍く刀が何かを貫いた音は私でも銃を持った終希でもなく横から聞こえた。刀身が砂浜から生えている。同時に刺さった先に目を向けた私達は次いで私の手元に視線を移し、戦闘を取りやめた。
「私は仲間よ、終希」
「いいや、お前は俺の駒だ」
「これは私の意思よ」
結局変わらない。私は終希と共に行くのだ。研究所を壊すために、復讐を止めるために。龍さんは復讐を止めることで終希を守ろうとしたが、それは終希にとって良い策ではなかった。しかし龍さんの遺志は継がなければならないし、終希の敵となった今それしか償う方法が思いつかなかった。
軽くなってしまった刀は腰までの長さになり、持ちやすくなったものの戦力としては心許なくなってしまった。私と似ている。
昔の私は無敵だった。どんな悪口にも、どんな暴力にも笑えるほどに。しかし、聞こえなかった訳では無い。傷跡は頬や腕にずっと残っている。それが最近になって疼くようになっていた。
「私に生きて欲しいって言ったのは貴方だけだった!」
右手を刀から離し、全体重をかけて殴り返す。隙だらけの単純な攻撃は両腕で防御されてしまったが、それごと押して海に落とす。盛大に上がった水飛沫の向こうで明日香がスコップと水筒を持ち、泣きながら名前を呼ぶのが見えた。
「それがどれだけ嬉しかったか……貴方には分からないでしょう」
明日香が裸足で走ってきて、銃を上げた終希に抱きついた。腕を掴んで下ろそうとするが、か弱いその力では成人男性に勝てるはずがないだろう。それでも必死にやめさせようとしている。
終希が小さくではあるが、微笑んだ。
手から滑り落ちた銃が砂に埋まるように突き刺さった。宙に浮いた手は私に向いて、黒く汚れた瞼から雫が垂れ、頬を伝って落ちる。ああこの人は、あまりに優しい。
「だから私は、いえ、なんでもないわ。満足するまで戦えばいいよ、終希」
「うん」
「譲れない所もあるけど」
「それでいい」
言ってはならないこともある。終希がわざと隠したその言葉をあえて私が言う必要は無いのだ。手を取ると確かな温もりが伝う。
終希なら、強くなろうとしなくても平気だ。肩書きではなく私自身を見ていてくれる。
「面倒なことになったな」
「私のせいでね。明日香、ごめんなさい。もう怖いことはしないわ」
明日香の涙と黒い水でぐちゃぐちゃな顔を指で拭って抱き上げたのは私ではなく終希だった。抱いたまま左手で銃を拾い、水から離れた砂浜に下ろし、私に目で何かを訴えて森の方へと行ってしまった。
明日香の前に膝をついて、目を擦るのを覗き込んだ。目の前で人が死ぬのがどんなに怖いことかは私もわかっているつもりだったが、しばらくそんな光景ばかり見ていたうちに慣れてしまったのかもしれない。もう見たくないのに自分でそんな状況を作ってしまっていた。ごめんなさい、という言葉だけで忘れさせることが出来たら良かったのに。
「旧世界の日記には、砂で城を作る遊びが載ってたの。知ってる?」
「お城?」
「うん、こうやって」
「おもしろそうです」
明日香の涙が止まり、笑顔が戻るまで遊ぶ私達を終希は木の影から無言で見つめていた。
その先ずっと、終希は私達と距離をとった。それはもう、わざとらしいくらいに。家にもいないことが増えた。明日香は寂しそうに恋愛小説を読み耽っている。私は夜に旧世界の資料を片っ端から漁り、昼間は森で終希と戦う。決着が着いたらどちらともなく離れていく。
龍さんの日記は終希の手元にあるが、開かれているのかはわからずじまいだった。でも、彼はいつも村の方から歩いてくる。片手に赤や紫色の花を持ち、萎れる度にそれを花瓶に挿している。龍さんの髪色と同じ、綺麗な色だった。
そうやって夏が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます