2 少年時代

     *

「ねえ今日くらい中にいようよ……こんな暑い日に外に出ることないだろ」

 龍は額に張り付いた赤い前髪を押し上げながら玄関の前で弱った。部屋は冷房が効いているが、玄関はその涼しさの恩恵にあずかることは出来ず外の温度に浸食されている。外がもっと暑いことは想像に難くないが、しかし遊ぶに最適だ。龍にはそれが分からないらしい。

 彼は俺の親友であり、双子の兄である。龍と俺に血のつながりは全くないのだが、家族という枠に血縁の有無は不要だ。勿論住んでいる家が異なっても変わりなく、G型の五十人全てが俺の家族だった。

 そして、G型の五十番目さいごの俺は何をしても、弟をかわいがるあまり基本許されていた。

「フィフティ、聞いてる?」

「聞いてない」

「もう……」

 フィフティというのは俺の名前だ。その頃はまだ終希という名前は無く、首に記された真名のG-50の数字だけとってそう呼ばれていた。G型の真名は当然首に記されているので、産まれた時わざわざ覚えなければならない別の名前をつけない。今考えたら異常だったと思うが、誰も他の集落を見たことがないのでその頃は変だと思わなかった。

 ただ、龍――G-48フォーティエイトと言うのだが――のように真名が長くて呼びにくい人に限っては誰かが勝手にあだ名をつけて呼び出す。所詮あだ名でしかないので人によって呼び方が違うこともあるし、むしろ長くなることもあった。

 俺にもあだ名が欲しいと思ったこともあるが、フィフティという名前に文句はなかった。

「暑いから行くんだよ、ほら龍暑い方が似合ってそうだし!」

「名前だけな。俺がインドア派なの知ってるだろ……」

 龍は彩度の高い赤髪だが、生え際が紫がかってていてドラゴンのような禍々しさを思わせる。目も赤紫色で、性格を知らなかったらキツい色の彼は危ない人だと思っていたかもしれない。しかし龍は丸顔で性格も温厚。龍という名前は外見しか的を射ていない。

 それもギャップってやつだいいだろ、とサーティーンという陽気な青年が勝手に不穏な方を取って龍と呼び始め、それが瞬く間に家族全員に広がっていった。

「引きこもってると何とかってワンじいちゃんが言ってたぜ?」

「何とかってなんだよ」

 汗のにじむ腕で本を抱き締めて外には行かないぞと抵抗する龍の腕を引っ張り灼熱地獄へと躍り出た。龍は最初から半ば諦めていたようで、あっさり本を置いた。

「うわあっつ」

「だから言ったろ、絶対外出るべきじゃないって……待ってフィフティ、置いていくなよ!」

 碁盤の目のような石の道を駆け抜ける。両側に似通ったデザインの木造住宅が立ち並んでいた。坂ではないが腰の高さまであるレンガの上に乗っていて、玄関前に階段がくっついている。二階のベランダに洗濯物がかかっている家は以前と比べて少なかった。

「……ここも寂しくなったね」

「気のせいだろ」

 ここ数ヶ月、村では流行病が広まっている。両目の充血から始まり、寝たきりになって最後は眠るように死んでいく、そういう死病だ。研究所に治療法を聞いているが、医者も頭を抱えているようだった。もう既に五十名いた家族は三十数名まで減ってしまい、生きている者も元気でいる人の方が少ないくらいだ。

「ほら、暑くて引きこもってるだけだ」

 寂しくなることなど考えたくなくて、口笛を吹いて笑い飛ばす。

 未だに症状をほんの少し軽くする程度の薬しか見つかっていないし、寄って集っていくら医者を責めたてても現状はちっとも良くならない。未来のことを考えると気が鉛のように重くなって息苦しくなった。

「それでどこ行くのフィフティ」

「叶迎えに行く!」

「かわいそ……暑いのに……」

叶は一つ年上の姉で、俺と龍と三人でよく遊んでいた。頭の回転が速く、諦めて投げ出すのが嫌いな質だ。運動はそこまで得意でないのに、疲れようとも満足するまで文句を言わなかった。

 叶の家は俺と龍の住む東ブロックではなく、大通り――大通りと言っても車がすれ違えないほど狭く、真ん中に植木がある程度だ――の向かい側西ブロックの、さらに一本奥に入った場所にあった。少しばかり離れているが、所詮五十人しかいない集落だから遠いも近いもたいして変わらない。

「叶、遊ぼう!」

 花壇の花が一際綺麗に咲く家の前に立ち大声で叫ぶと、ドタバタという音が聞こえ、すぐに玄関が開く。その先で口を尖らせた家主が仁王立ちしていた。胸まである薄い黄色の髪を梳かしもせずボサボサのまま、服はシンプルな無地のパジャマでとても今すぐ遊べるとは思えない。

「ごめん、起きたばかりだったんだね」

 龍が申し訳なさそうに手を合わせる。

「おはよう二人とも。早起きはいいことだが……まさかこんなに暑いのに外に行くの?」

 眠そうに目を擦る仕草は女子そのものだが、ハスキーでよく通る凛々しい声だ。

「そう! キャッチボールしようぜ、な、龍」

「マジで……」

 二人がげんなりしたように見えたが、仕方ないな、と肩を竦めて許してくれた。いつも末っ子の俺を許してくれる、いつも俺の思い通りになる。

「いいよ、広場で待ってて。男の子は元気でいいね」

「っしゃ、絶対来いよ!」

 大きく手を振ってまた駆け出す。天気も良く、いつまでも走れる気がした。

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