8 同族嫌悪 2

 重い荷物を肩に背負い、数度振り返っては挙動不審に周りを見回した。誰も来ない、何にも見つかってないことに安堵し、末端をズルズル引きずり拠点に戻る。何度も反動をつけて担ぎ直すほどの重量があるくせに人肌ほどの温度があるから暑かったし、その途中ずっと辺りに神経を尖らせなければならず精神面も疲弊した。

 狭い玄関に入り切ってから肩からそれを下ろし、開け放たれていたドアを閉める。安堵し息を吸った時、目の前の光景のおぞましさにようやく気がついた。俺は今、人を殺そうとしている。

 これは生きるために必要なことで、暴行を加えた時点で後戻りは出来ないんだと言い聞かせ右手を握る。何度も深呼吸しても収まらない震えをどうにか押さえつけるため、目を閉じて家族の顔を思い浮かべた。龍、叶、サーティーン、ババア……

「ああ大丈夫だ、俺はやれる」

 目を開けたら震えは収まっていた。

 もう一度外に出て、今度は誰にも会わずに閑静な商店街を歩いた。何事も無かったかのようにスーパーに入って適当に魚の缶詰とベーコンブロックを数個、それから卵をパネル上で選択し、決算ボタンを押す。カードをかざした訳でもないのに俺を認識して切り替わった画面には「お買い上げありがとうございます」と黒文字があり、右側に残金四百九十万三千円とあった。

「五百万も使わねえよ」

 これはどこからか借りてきたものではなく明日香がデータを弄って無から作り出したもののはずなので、こんなにあるのは明日香の価値観の現れだ。

 帰りに着替えを買い揃え、道中新たに見つけたふたつの後頭部に石を投げて凹ませた。しかし両手が食材等で塞がっているのでどうしようもなく、その場に転がしておく。買った荷物を拠点に戻ってリュックに詰めてから一体ずつ担いで回収した。

 ずっと耳をすまして目を凝らし、灰で霞んだ家屋の向こうから急になにか出てこないかと警戒していた。

 誰も、何も来なかった。何年もなかったはずの殺人が行われても。一葉や明日香が警戒していた機械なんて一体もいなかった。

 ついに廃墟に人間を三体運び終え、薬を作るための機械も調達した。男の意識が戻ったので今度は首にナイフを投げて黙らせ、ほか二人が静かなのを見てため息をつく。両足を縄で縛り、天井からぶら下げて頭をバケツに突っ込んでからナイフを抜くと、動脈からだくだくと血が溢れてきた。最初こそ滝のようだったがだんだん静かになり、読書のために目を離していた隙に顎まで赤い液体に浸っていた。

 頭を引き上げてもう一度本を触ると、赤い汁が三頁に渡って染み込んでしまった。

「やべ」

 本を読むのはやめにしよう。

 髪から最後の一滴が落ち、小さな音を立てた。首から下は真っ赤、いや、真っ黒に染められて顔も性別すら判別できなくなっていた。

 集まった血から薬を抽出するためには機械に数度に分けて入れなければならなかったし、一本のチューブから本当に少しだけしか取れなかった。薬のある一番上の層は横から見て一ミリにも満たず、全てかき集めても注射器三回分程度しか無かった。

「一葉……」

 一体お前は何人の命の上に生きてるんだ? 一体何人を殺して……

 死体を下ろしたとき、何かが光った。一瞬のことで気のせいかと思ったが、すぐ二度目があったのでナイフを取りだし、切り込みから光ったあたりに刃を入れて少し切る。

 一度だけ経験したことのある小さな感触がナイフ越しに伝わった。指を突っ込んでつまむとぐちゃ、と変な音がし、小さく黒い球体がその姿を現した。

「チップ……なんで」

 実験体でもないただの人間の首からどうしてこんなものが。これは実験体の首に埋め込んで焼印で蓋をするものだろう。生体データを取って研究に使うための、行動制限をして村から出られなくするための……いや、不思議なことでは無いんだ。ただ考えないようにしていただけで。

 笑いが込み上げてきた。どうしようもなくおかしくて、久しぶりに腹を抱えて笑い転げた。ああ俺達と同じじゃないか! そりゃあ警備隊なんているわけない、犯罪も東京から出る人ものだから!

 人を殺せるか? ああ殺せる。

「なんでお前らは生きてんだよ、お前らも俺らと同じ実験体だろ?」

 死んだのに灰で消えていかない死体を蹴り飛ばした。これが灰適合ができる成功作。

 殺さないと。じゃないと俺の家族だけが不幸になってしまう。

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