9 助けて 1
夜を過ごし、いつもより随分早く出てきた朝日を拝んだ。三本の小さなチューブと買い込んだものをリュックに入れ、腐敗を始めた死体を跨いでドアを閉める。
静かな街だ。朝焼けに光る廃墟じみたコンクリート街は歪な空気を醸し出している。今日は灰の上に雲が出ているのだろうか、昨日見えた蒼はどこにも見当たらなかった。
リュックに空きがあったので火薬の材料なども買い出し、重くなった背中を揺らして東京を出た。当然来ない警備ロボットにもう違和感はない。
家に着いたのは二度日が落ちてからだった。真っ暗な中淡く光る人工の光を目印に歩くのも悪くない。人のいない夜の森にある光は今まで淡い月の光か焚火だけだったのに明日香はよくもこう、便利にしてくれた。
大きくなってきた光の中に揺れ動くふたつの影があった。何やら楽しげな様子で話しているようで微笑ましいが、ひとりでに足が止まってしまった。
「っ……」
帰りたくないなんて今まで一度も思ったことはなかった。でも、あの二人を見ているとそこに俺が混ざるスペースなどないような気がしたのだ。龍と叶の時のような疎外感ではなく、確かにある居場所を自分から拒絶しているようだった。
殺人を犯したからかもしれない、と思うがそれは違うような気がした。この背中にのしかかる三つの罪を後ろめたく思っているが、軽く聞いたところ一葉だって人殺しはしている。それにも関わらずああやって明日香と笑っていられるなら同じように俺だってそうできるはずだ。
とにかくここから先に行くことができなかった。
ヘッドライトの光を頼りに近くで薪を拾い、ライターで火をつけた。三人で食べるはずだった肉を一つ取り出し、切り分け、焼き、食べる。
揺れる炎に釘付けになるのはどうしてだろう、過去を思い出すだけなのに目が離せない。脳裏に焼き付いた情景を思い出しては昔失った家族に会いたくなる気持ちを噛み殺した。
「終希?」
顔を上げるといつの間にか近づいて来ていた一葉がゆらりとランタンを掲げた。眩しくて思わず目を瞑る。
「大丈夫? また灰で動けなくなったのかと思ったわ」
家の方を見ると、人工的な光が消えていた。明日香はもう寝たのだろうか。
「何でここが分かった?」
「こんなわかりやすい信号出しててわからない人いると思う?」
焚き火を指さして肩をすくめる。そして焦げかけた串を一本抜いて頬張るとたまにはキャンプもいいわね、と笑った。
「明日香は」
「寝たわよ、私は眠れそうにないから」
さらっとそう言うがまた寝不足が何日も続いているのだろう。俺が東京にいる間寝ていたとも思えない。決まり文句のように寝るよう忠告するが、それで眠れるようになるとも思えなかった。
「疲れてるわね」
「別に」
「やつれてる。東京で何かあった?」
「ない……カードに五百万入ってた」
「そんなに? 明日香ったらもう。そんなに使わないでしょう」
バレた、と思ったが、一葉の方が見るからに顔色悪く余裕がなかった。何かあったかと聞きたいのはこっちだ。沼津から帰ってきてからもずっと眠れていないようで、いつも通り口数が多い。俺も増えただろうが、それ以上にうるさかった。
「東京、どうだった? あ、そっか。初めて行ったんじゃなかったわね。どこまで行ったの?」
「警備隊、見たことあるか」
「まさか事件でも起こしたの?」
薪を引き寄せるフリで顔を隠した。事件、事件だろう。人が三人も殺されているのにも関わらず犯人は捕まっていないのだから。
「いや、気になっただけだ」
ふうん、と顔を覗き込んでくるのでバレないように表情を変えない様に必死だった。リュックに入っているあの男に表情が変わらないと言われたので大丈夫だと思うが。
「盗みかしら、やったわね」
「なんでわかるんだよ」
今回盗みはしていないが、住居への不法侵入、偽装カードの使用、殺害、隠蔽、色々やっている。それがなぜ一葉にばれたのかわからなかった。
「目が泳いだ、ちょっとだけね。それで警備隊のことよね。私は見た事ないわよ、事件起こしてないし起こったところだって見たことないもの。当たり前でしょ? 見たことあるって人の方が珍しいと思うけどなぁ、私は聞いたことないもの」
ずっと立って串焼きをつまんでいたが、とうとう俺の横に腰を下ろして火に当たった。燃え尽きた炭が弾け、ふわりと舞ってはそっと消える。ギリ、と奥歯から音がした。山の上から見た最後の村と似ていたのかもしれない。こうやってちらほら赤いところがあって、煙が立ち上って……
と、最後の炭が潰された。靴を地面に押し付け完全に消すと、一葉はもう一度座って後ろに倒れ込む。ふん、と息を吐くと俺たちの間にランタンを置いた。この火はあまり似ていない。
「私はここにいるから、それ持って帰って」
指したランタンの周りを羽虫が舞っている。
「家だとうるさくて眠れないの。あそこにいたいのに、居られないの」
「うるさいって……」
ランタンに手を伸ばしながら「お前のせいだろ」と言いかける。一葉は耳を押さえて小さく丸まっていた。
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