10 助けて 2

 一葉と明日香の二人セットが居なければすんなり家に帰ることができた。生ものを塩漬けにしてリュックから戦利品を取り出し、棚にしまっていく。薬は俺から渡すのはおかしいだろうと思ってリュックの中にしまったままにした。

「お父さん、お母さんがいないです」

 朝早く明日香が自室の扉を叩いていた。いつも何かあれば一葉を呼びにいくくせに今日は俺なのか、と乱れた髪のままドアを開ける。見下ろすと今にも泣きそうな顔をした明日香が両拳を握りしめて立っていた。俺を見た瞬間パッと手を掴み、リビングに引きずっていく。こう言うのは俺も子供の時よくやっては大人を困らせていた。

「お母さんがどこにもいないんです……」

「二回言わなくてもわかる。昨日は外にいたからもう少ししたら戻ってくるだろ」

 気を紛らわせようと朝食を作り始め、明日香に座っているよう言うが、すぐに落ち着かない様子で暖炉横の窓辺に立って外を凝視した。昨日キャンプ地にしたのはそっちでは無いのでいくら見ても無駄なのだが。

「心配しすぎだ」

 それより、と口を開いた。

「お前の目的はなんだ」

「お母さんが……」

「殺すぞ」

 低く言うとひゅっと息を飲んで青い顔をこちらに向けた。一葉と違って俺に対抗する技を持たない明日香には先の威嚇射撃がよく効いているらしい。

「東京と連絡する手段持ってただろ」

「……こわさないでくださいよ」

 急に目つきが鋭く、面倒臭そうに変わる。さっきまで十くらいだった歳が急に俺と同じかそれ以上に見えるようになった。こちらが素と見て間違いないだろう。

「それから、奴ら全員実験体だろ」

「ばれましたか」

 ふふ、と面白そうに笑った。火をつけっぱなしで自室に戻り、リュックから二つ薬を取りだして明日香の手に包ませた。にこりと笑った少女は表情とは相反した言葉を吐く。

「人殺し」

「誰の指図だ」

「私は人を殺せなんて言ってません」

 そういえばそうだった、血がどのくらい必要だとか薬を作る方法だとか言われただけで……しかし他に選択肢はないだろう、詭弁を使いやがって。

「お察しかもしれませんが、東京は灰に適応できない人類のための薬畑です」

 酷い言い方をする。しかしそれが研究所にいる人間の認識なんだろう、東京で生まれ育った人の気持ちなんて全く考えていない。彼らにとって東京の奴らはただの薬にしかすぎず、それは家畜や野菜を育てるのと変わらない感覚なのだ。俺達G型は品種改良のために生まれた薬の一種。最初から人間として見られていないのも納得できた。

「でも、壁の中だけではきゅうくつですし実験体と同じ場所で暮らすのも悪くないと思うんですよね、せっかくお話できるんで」

 今度はペット感覚か。

「お前の目的はなんだ」

「ですから、壁を壊すことですよ」

 嘘だと言う確信があった。俺は最初から研究所に復讐したいと言ってるのだから、壁を壊すなら俺に会わず二人で勝手にやればよかったのだ。わざわざ苦労してここまで来なくてもいいし、敵対しなくてもいい。ここまで来たなら俺を巻き込んで戦力として使えばいいのだ。

「明日香」

 包丁を握り、投げるそぶりをすると両手で顔を覆った。言います、言いますから! と叫ぶので降ろすと、おずおずと腕の隙間から俺を見た。やっぱり嘘だった。

「私には所長から与えられた仕事があります。ちょっ待ってください! ああもう、血の気盛んな人ほんと嫌いです……H−01、つまりお母さんを守ることが私のです。ですからお母さんが外に行きたいと言えばサポートしましたし、お母さんが嫌ってるお父さんのことも嫌いです。それ以外は特に」

「ああ……」

 だから一葉についてきて同意見を吐いた。そして薬を俺に取りに行かせたのは薬と東京の真実を知られたくないというものと、一葉が人殺しを嫌っているからだ。一葉にばかりついて回り俺にはそっけないのも、一葉に好かれることしか興味がないから。とんだマザコンじゃないか、ああ、親として見てるのは俺と一葉に和解して欲しいからか。

「チップをシャットダウンしたって言うのは嘘か?」

「もちろん。位置情報と定期検診のアラートは切ってますが、それ以外はつけっぱなしですよ。貴重な実験体を手放すと思いますか?」

 すっと血の気が引いた。一葉が最近悩んでいる原因が分かった。明日香が持ち込んだチップを作動させるシステムだ。沼津まで離れると電波が届かなくなるんだろう、だからあの時急に変わったんだ。

 研究者はどうして数値とチップで全て掌握できると思っているんだろう、そればかり見て本人を見ていないじゃないか。守るべき相手の何も分かってないくせに何が義務だ。

 廊下に飛び出て窓に張り付くが、そこに一葉はいなかった。ただ燃え尽きた木の棒が白く残っているだけだ。

「チップをとめろ」

 心底面倒くさそうな明日香をチラッと見て下駄箱から銃を取った。

「言い忘れてましたが、私を殺すとお母さんも死ぬようになってますよ。お母さんには死んでほしくないでしょ?」

 銃を腰に差し込んで仕舞う。

 脅しなんてどうでもよかった。演技で一葉を心配し、どうせチップがあればなんとかなると思っているのが信じられなかった。

「いいから止めろ! 一葉が死んでもいいのか!」

 柄にもなく怒鳴って玄関を飛び出し、雨の森を走り抜けた。

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