7 最後の誕生日
「待って、君に渡したい物がある。龍も」
むっとして振り返ると、叶は龍に支えられてベッドに腰掛けていた。
「そこの引き出しの一番下に入っているんだ、取ってくれないか」
ドアノブに手をかけながら叶と睨み合う。淡い金の繭糸のような髪に、透明感のある青白い肌。自分と同じ色のはずなのに比較にならないほどずっと優しくて強い光を放つふたつの瞳。
ずっと叶が好きだった。誰もを笑顔にする強さに、自分の両足で地面を踏みしめ真っ直ぐ立つような凛々しさに憧れていた。
「……」
目を逸らし、渋々扉の近くに置かれた小さな戸棚の引き出しに手をかけて手前に引く。ガタガタつっかえるので揺らしながら開けると、中には金属の箱があり、飾りの無い白封筒がふたつ入っていた。それぞれ自分と龍の名前が書いてある。
「なにそれ」
「はい、お前の」
「ありがとう」
肩越しに覗き込んだ龍にひとつを手渡し、自分の方に手をかける。ご丁寧に糊でくっつけられていた。
「今は開けないでくれないか」
端の方に切れ込みが入った。まだ中身は見えない。
「じゃあいつ開ければいいの」
「今はダメだ……それはね、私の……」
ハッと息を飲む音がして音のした方を見ると、龍が蒼白になって首をふるふると振りながら後退りしていた。
「龍は察しがいいね。そうだよ、これは」
「やめろ」
ふふ、と笑う。
「私の遺書だ」
「やめろよ!」
寝室がビリビリと揺れた。大声に驚いたのか隣の家の窓が開く気配があり、次いでしんと静まり返った。
「誕生日なのに……どうしてそんなこと言うんだよ!」
龍の両目に涙が溜まっている。俺は遺書という言葉に愕然とし、二人のやりとりを傍観することしかできなかった。
目の前で言われてしまっては目を逸らすなどできなかった。色々なことが悔しくて勝手に口角がぷるぷると震え出す。とうとう叶は死を受け入れてしまったんだ。運命に負けてしまって、俺たちといることを選んでくれなかったんだ。家族はどんどん減っていく。どうして皆逝ってしまうの? どうして置いて逝ってしまうの。
「……俺、用事あるから」
死ぬ意思を綴った封筒をグシャリと握り、左手を棚の中に突っ込んで封印する。「こんなもの読む日なんて来るもんか」と唇を噛み、言い争う二人にばれないようにそっと部屋を出た。
真夏の日差しに身体中刺されながら、逃げるように大通りを駆け抜けた。足に伝わる固い石レンガの感触が膝に響いている。いくら体力があると
朝見かけた研究者達はまだいて、こっちの気も知らず冷房スーツを纏って歓談している。
あいつらは一人たりとも欠けることなく生き続けている。こっちはもう、あと数人しか……残っていないのに!
「ふっざけんな」
ボコボコにしてやる。俺達にもう関わらないでくれ、もう放っておいてくれ。出て行け!
「可愛そうになぁ、こんなクソ暑い檻ごと焼かれちまうなんて」
「絶対思ってないだろ、実験体に生まれたことを後悔してもらおうぜ」
「血も涙もないな!」
拳を硬く硬く握りしめ全速力で突っ走り振りかぶり……目が合った。身体が硬直して、瞬時に戦意を喪失し手を開く。奴らはめんどくさそうに肩を竦めた。耳に飛び込んできた聞き慣れない言葉にぞわりと虫が這いずるような寒気がする。理由を突き止めるのもおぞましく、急に湧き上がった恐怖に回れ右で逃げ出した。
寄り道してから帰ったものの、まだ龍は帰ってきていないらしく家の中はがらんとしていた。朝脱ぎ捨てたままのパジャマがソファにへばりついている。冷や汗が額を伝い、暫く机に突っ伏して恐怖をやり過ごした。
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