第2話 美人の姉妹と友達になる

 俺は今、図書室にいる。


 陰キャの俺は毎日昼休みの時間の潰し方に苦労している。陰キャ仲間たちとは別に友達ではないし、休み時間になればそれぞれ居場所を求めてさまようのだ。


 そこで仲良くなれないから陰キャなんだよと自分に説教をしたくなる。

 しかし今は置いておこう。


 俺は今日も時間を潰すために適当な本を読んでいる。図書室はいい。色んな本があるから時間を潰すのに最適だ。


 何より人がいない。俺がぼっちだってこともバレないし、まさに陰キャのオアシスだ。

 テスト期間中は人が溢れるから、そういう時は教室で寝たふりをして過ごすしかないのが難点だが。



「……あのぅ」


 しかし今日手に取った本は当たりだな。

 世界のカブトムシ・クワガタムシ大百科なんて子供っぽいと思ったけど、色々なカブトムシの姿を見るとワクワクする。

 やっぱり男の子はカブトムシ好きだよな。このゴテゴテした鎧みたいなフォルムと鋭い角がいかす。


「……あ、あのっ!」


「ん?」


 気付けば隣の席に誰かいた。さっきから声をかけられていたみたいだ。


 いかんいかん。コーカサスオオカブトの三本角に心を奪われていた。


「……って、朝倉さんじゃないか」


「こ、こんにちは……」


 学年一の美少女、朝倉ユカにそっくりの姉ミカ。どうして彼女がここに?


「ひ、昼休みはやることないから……ここで時間……つぶす……」


 俺と同じことしてるじゃないか……。ミカほど可愛い子なら友達くらいいそうなものだけど。


「ミカ……ユカちゃんと違って友達……いないから……」


「そ、そうなんだ……」


 まさかのぼっち告白に返す言葉が見つからない。

 こんな美少女と俺が同類というのはある種のシンパシーを感じなくもないけど、気まずさも感じてしまう。


「朝倉さんは本好きだったりするの?」


「ラノベとか……漫画とか……好き」


 いやそうじゃなくて、図書室に来るってことは目当ての本があるのか聞きたかったのだが……。


「ここ……誰も来ないから落ち着く……んふふ」


 どうやら図書室に来ている理由は俺と同じみたいだ。ぼっちにとって過ごしやすい場所だからな、ここは。


「あれ? ってことは朝倉さんも毎日ここに来てたのか? 今日が初めてとかじゃなくて」


「う、うん……毎日……いたよ? だから、あなたのことも……知ってた……」


 まじか、全然気付かなかった。入学してからこの一ヶ月、毎日のように図書室に来ていたけどミカの姿を見かけたことなんて一度もなかった。

 というか、彼女は俺のこと知ってたのか。


 うわぁ……! あいつ毎日ここにいるな、ボッチかよとか思われてたらどうしよう……!

 途端に恥ずかしくなってきたぞ……。


「あなたも……ミカと同じで……一人が好きなのかなって……思った」


「それは間違いじゃないけど……」


 どっちかというと、好きというよりは仕方なく一人でいるんだけどね。


 陰キャ仲間は授業の合間の短い休み時間だとつるんでくる癖に、昼休みだと他のクラスの知り合いのところに行ったり、俺みたいに一人で時間を潰すやつばかりだから、協調性もくそもない。


 お前が言うなって? そうだね……。


「ミカ……ハンカチ落とした時はすっごく悲しかったけど……拾って貰えたのがあなたで……よかった……」


「それって、どういう……?」


「い、いちど話して……みたかったから……。話すきっかけが出来て……嬉しい……」


「そ、それはどうも」


 なんだろう、その言い方だと前から俺のことが気になってたみたいに聞こえるんだけど。

 そういう言い方すると男子はその気になっちゃうから、止めた方がいいのではないだろうか。


 現に俺もちょっとドキっとしちゃったし。陰キャマジちょろい。




 そのまま何となくミカと一緒に図書室で過ごしていると、ふと入り口から誰かがやってくる気配がした。

 話し声の数的に男女のようだ。カップルだろうか、こんなところに来るなんて珍しい。



「でさ、俺的には朝倉さんのことマジ好きなんだよね~」


「またそんなこと言ってー。誰にでもそう言ってるんでしょ-?」


「いやいやマジだって!」


 朝倉!? って、図書室に入ってきたペアをよく見るとうちのクラスの金髪と朝倉妹じゃないか!


 クソ、陰キャの聖域にリア充が来るなんて卑劣な。

 リア充が盛り上がってると別に悪いことをしてるわけじゃないのに、なぜか罪悪感を感じてしまうんだよな。


 これも陰キャのサガか。


「あぅ……ユカちゃん……」


「ど、どうする朝倉さん……! 朝倉さんが来ちゃったけど……!」


「や、ややこしいから……ミカのことはミカって呼んで……」


「ご、ごめん……!」


 だって別に親しくないのに朝倉姉と朝倉妹の下の名前呼ぶのも馴れ馴れしいかなって。

 同学年だからお姉さんとか妹さんって呼ぶのもなんか他人行儀だし。


 というか、女子の名前呼ぶほうが俺にとってはハードル高いって。


「と、とにかく……隠れなきゃ……」


「なんで……!?」


「あぅ……だってユカちゃん……知らない人と一緒……」


「まぁ確かに妹が知らない人といたら気まずいよなぁ」


 そんなわけで俺はミカに引っ張られて本棚の影に隠れる。


 朝倉さん――ユカは金髪と楽しそうに談笑している。金髪のやつ、昨日俺がユカの方と話していたのを羨んで自分からアタックをしかけたようだ。

 俺の襟元を掴んできたこと、忘れてないからな。怖いから本人に文句言わないけどさ。



「でさ~朝倉さん今好きな人とかいるワケ? もしいないなら俺と付き合ってみない?」


 金髪っ! あいつ告白しやがった!

 え、告白ってこんな軽いノリでやるもんなの? リア充ってみんなそうなのか!?

 俺からしたら女子と話すだけでもその日の総エネルギー全消費って感じなんだけど……。


 わからない……文化が違う……!


 金髪の軽いノリから出た告白、果たしてユカはどう答えるのか。


「そだねー好きな人はいないよ。まぁ君も悪い人じゃなさそうだし、付き合ったら楽しいかもねー」


 ユカの金髪への印象はそれほど悪くない様子。

 もしかして俺、カップル誕生の瞬間に立ち会っているのか?

 なんか自分のことじゃないのにドキドキしてきた。これが野次馬根性ってやつか。


 っていうか、なぜ俺はこんなものを隠れて見守らなきゃならんのだ。


「あぅ……ユカちゃん……付き合っちゃうのかな……」


「そうなったら、やっぱりミカは寂しいのか?」


「うん……だってミカとユカちゃんは……ずっと一緒だったから……」


「そっか……」


 今までずっと隣にいた妹が自分の側からいなくなるのは、確かに嫌だよな。

 俺には兄妹がいないから、ミカの気持ちの半分も理解できているかは怪しいけど、きっととても寂しいはずだ。

 そんな風にミカの顔を見ていると、ユカたちに動きがあった。


「でも残念。私、君とは付き合えないなー。だって全然ワクワクしないもん」


「なっ……。待ってくれ! 付き合ってみれば楽しいかもしれないじゃん!」


「ごめんねー」


 ユカは金髪に有無を言わせず図書室から追い出してしまった。


 つ、強い……。一方的に振ったあげく、そのまま会話を終わらせた。さすが告白され慣れているなぁ。



「よ、よかった……ユカちゃん……付き合わなくって……」


「まぁ一安心って感じだな。よかったな、ミカ」


「うん……んふふ……」


 妹より少し長い前髪から見える、ミカの嬉しそうな瞳がとても綺麗だった。

 やっぱり読モしている妹にそっくりなだけあって、ミカの顔は職人に作られた人形みたいに整っている。


 前髪からちらっと見える目ってなんだかグッと来るよなぁ。俺ってメカクレフェチだったのか。


「あの……どうしたの……?」


「あっ……ごめっ!」


 やば、つい大声出してしまった……! 図書室にはまだユカもいるというのに……。



「あれー? 何してるのかにゃおふたりさーん?」


 あぁ……。


「ユカに隠れてイケナイコトでもしてたのかなー? おやおや、進藤君も中々隅に置けませんなー」


「ち、ちがっ! これはそんなんじゃなくて……!」


「そ、そうだよユカちゃん……ミカたち別に盗み聞きしてたわけじゃ……ないよ……」


 違う、そっちじゃない! 俺たちが一緒にいることについて弁明するべきだろミカ!


「ミカちゃんにもついにお友達が出来たんだねっ。ユカ嬉しいよっ……」


 およよと嘘泣きをするユカと、嘘泣きと見抜けず慰めようとするミカ。

 この姉妹フリーダムすぎる……。あとミカは流石に妹の大げさすぎる嘘泣きくらい見抜け。


「でもよかったー。ミカちゃんと進藤君が仲良くなってくれて」


「いや別に友達ってわけじゃ……」


「あぅぅ……」


 ミカ? なぜそこでショックを受けるんだい?

 いや確かに本人の目の前で言ったのは失礼かもしれんが、俺たちよくても顔見知りくらいじゃないか?


「これからもミカちゃんと仲良くしてやってね、進藤君♪」


 くそ、流石学校一かわいいと言われるだけはある。上目遣いとウインクが完璧だ。

 こんなお願いされたら断れる男子なんていないだろ。嵌められたぜ。


「まぁ……俺も友達いないから、よろこんで……」


 俺がそういうと、ミカは嬉しそうに笑うのだった。

 そしてユカは自分のことのように、嬉しそうな顔をした後、俺の手を握ってきた。


 やばいやばい、もう心臓がバクバクだ。


「ありがとー! ミカちゃん共々・・よろしくねっ!」


「ん? え、あっうん……」



 こうして俺は朝倉姉妹と友達になってしまったのだった。

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