第97話 前前前夜

「お、一組と二組は赤組か~。やっぱ赤って主役って感じで良いよなぁ~」


「そうか? 俺はどっちかって言うと、青の方が好きなんだけど。ロボットアニメとか主役機は大体白と青が多いし」


 体育祭まで残り数日、はちまきを配られて学校中が盛り上がっていた。

 うちの高校は各学年8クラスあり、一組から順に2クラス毎にチーム分けされている。

 チームはそれぞれ赤・白・緑・黄となっており、五・六組と七・八組は自分たちの色が地味と嘆いている。


「中学の頃は紅白チームしかなかったから、四チームもあるとか地味に驚いたわ」


「そりゃ中学と高校じゃ生徒数も違えからなぁ。有名私立とか高専なんかはもっとすげぇらしいぜ」


「へぇ、それはそれで見てみたいな」


「中学の友達がいる学校の体育祭見たんだけどさ、屋台とかめっちゃ並んでんの。ありゃちょっとした祭りだったぜぇ」


「屋台って……うちの中学は学校の外にかき氷の露店が一つだけあったな。先生からは買っちゃダメって言われてたけどさ」


 ああいう露店って学校側には許可を取っていないから、教師からしたら不審者のようなものらしい。

 とは言っても子供は露店に惹かれるもので、先生にバレないようにこっそり買いに行くのだが。


 そういえばテレビで聞いたことがあるが、どこかの県では運動会で屋台を開くのが一般的らしい。

 俺の中学の様に学校の敷地外に露店がひとつだけとかではなく、敷地内にいくつも屋台が並んでいるのだとか。

 正直羨ましいことこの上ない。子供の頃って屋台に謎の憧れがあるしな。

 もっとも高校生にもなればそこまで嬉しいわけでもないが。


「屋台って言えば文化祭って何やるんだろうな」


「うちの高校は生徒と保護者以外立ち入り禁止だから、結構しょぼいらしいぜ~」


「えっ屋台とかメイド喫茶とか、そういうの無いの!?」


「そりゃ金がある私立とかならやるかもだけどよぉ。うちはせいぜい英語劇とか軽音部のライブとか、あとはクラス新聞くらいだって聞いたわ」


「えぇ~ショボいじゃん……。なんか一気にやる気失せたな……」


 まぁ元々文化祭にやる気なんか無かったのだが……。

 アニメや漫画の影響で、高校の文化祭はもっと華やかなものとばかり思っていた。

 そうか……あんなお祭り騒ぎ、学校に金がないと出来ないもんな。

 現実を知ってちょっとかなしい……。


「いいじゃんか! どーせ進藤は真面目に参加しなさそうだしよぉ!」


「う、うるせぇな……。どうせ俺は文化祭当日に一人でスマホ見て時間潰す様な陰キャですよ……」


 はぁ……11月の文化祭、面倒くさいなぁ……。

 ユカに言われたように、楽しもうとする姿勢が大切なんだって分かってはいるんだが。

 果たして俺は楽しむことが出来るのだろうか。


 まだ体育祭だって終わってないのに、何の心配をしているんだか。

 我ながら杞憂民過ぎて笑ってしまいそうになる。





 ◆◆◆◆◆





「りょう君……?」


「ん? どうしたミカ。そんな録画したアニメを間違って消去しちゃったような顔して」


「例えがよく分からないけど……。その、ぼーっとしてるから……気になって……」


 考え事をしていたら少し呆けてしまったか。

 ミカの個人練習に付き合っているのに、他のことを考えるなんて俺の馬鹿。


「あの……ギャルの人のこと……ずっと見てるけど……。どうかしたの……?」


「んーいや、俺の気のせいかも知れないんだけどさ。何かあいつ、最初の頃より動きのキレ悪くなってねえか?」


「え……そうかな……。全然気付かなかった……」


「俺もさっき気付いたんだけどさ。ここ最近ミスが多くなってるような……」


「そう言われればそう……かも? でもミカ、自分のことで精一杯だったから……あんまり分かんない……」


「いやごめん、俺の気のせいかもしれないし気にしないで。ほら、みんな疲れが溜まってきてるのかも?」


「うん……今週末には本番だし……追い込みかけてるからね……。ミカも疲れてるけど……りょう君がいっしょだから……頑張れ……ます」


「そう言ってくれると心強いよ」


 ミカの振り付けも大分仕上がってきた。後半の難しいパートも、動画を繰り返し見て俺自身も踊れるように練習した。

 そしてミカのどこが駄目なのか、どう改善したらいいのかを同じ運動音痴の視点から説明した。

 そのおかげか多少のケアレスミスはあるものの、ミカも大体一通りは踊れるようになった。


 ミカが上達することが、まるで自分のことのように嬉しく感じた。

 なんだか娘の成長を見守る父親の気持ちが少し分かった気がする。

 いやそんな歳じゃねぇけどさ。


「でもごめんね……りょう君も自分の練習があるのに……ミカなんかに付き合わせちゃって……」


「なーに気にすんなって! 組体操なんかほぼ完璧よ! 三点倒立はその……十秒ジャストまで耐えられないけど……。本番までにはどうにかなるって!」


「うん……ミカも……りょう君のこと、応援してる……」


「ありがとな。ミカがそう言ってくれるならたぶん、本番は成功する気がするよ」


 誰かに応援されるってこと自体、俺には珍しいことだからなぁ。

 ぼっちの時は失敗しても自分が恥を掻いて終わりだったけど、友達に応援されるとそいつのためにも頑張ろうって気になる。

 現に俺が三点倒立や組体操を克服出来たのは、金髪の協力やミカを助けたいって気持ちがあったからだ。

 月並みではあるが人と人の繋がりは、人生において非常に重要だと実感する。

 つい数ヶ月前までボッチだったやつが、何を分かった風に言っているのかと笑われるかも知れないが。


 いやむしろボッチだったからこそ……か? 普段から友達のいるやつは、絆のありがたさを実感していないかもしれん。

 ボッチ期間が長すぎた俺だからこそ、友達のありがたみが分かるのかもな。


 どっちにしても、気付くのが遅すぎだよな。普通のやつなら友達は大事だと、小学校の頃には気付いてるはずだ。


 気付けただけマシとプラスに考えるとしよう。

 ミカやユカと出会わなかったら、俺は一生ボッチだったかも知れないんだから。



「本番、頑張ろうなミカ。思いっきり楽しもうぜ」


「うん……頑張るね……。だから……りょう君も……」


「ああ、俺も一生懸命にやるよ。そしたら最後に、一緒に踊ろう」


「…………うん!」



 すっかり暗くなったグラウンド、月明かりに照らされたミカはおとぎ話に出てきそうな雰囲気があった。

 午前中の古文の授業で読んだ作品のせいだろうか。変な想像をしてしまった。

 このまま放っておいたら月に帰ってしまうんじゃないか。そんなことを考えてしまう。


 そして無意識にミカの手を掴んでしまっていた。

 離さない様に、しっかりと。


「…………」


 ミカは何も言わずに手を握り返すだけだった。

 でも何故だろう、それだけのことが凄く嬉しかった。



 体育祭まであと数日、心の底から楽しむとしよう。

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