第98話 体育祭前夜の金髪とギャル

 今日の俺は最強だ。たぶん人生で一番ピークな状態と思う。

 何がって、運だよ運。幸運の星が俺の元に降ってきたのさ。


 本番前日となった今日この日に、とうとう三点倒立を成功させたのだ。

 今まで出来なかったのに急にコツを掴んでしまった。それから何回か挑戦して、全て大成功。

 まるで昔から出来ていたかの様に、自然と体に染みついているかの様に、物にしてしまった。


 もしかして俺って才能あるのでは……?

 そんな風に思ったりもしたが、結果的に全校生徒で一番最後まで残ってしまっっていたので才能なんてあるわけない。

 それでもこの嬉しさを表現したくて堪らない。ああ、今日はハッピーデイだ!


「ようやくって感じだな。よく頑張ったな進藤」


「はい。先輩も今までありがとうございました!」


「明日の本番、失敗するなよ?」


 散々迷惑をかけた体育祭実行委員の先輩も、俺の成長を最期まで見届けてくれた。

 そしてねぎらいの言葉までかけてくれたのだ。これは何が何でも明日の本番は成功させなきゃな。



 地面から立ち上がり砂をはらう。グラウンドを眺めると午前中に設営準備をしたテントがあちこちに建っていた。

 体育教師が白線を引き直している。生徒会や実行委員たちが看板や机といった機材を運んでいた。

 祭りが始まる前の静けさに、何故だか無性にそわそわしてしまう。今まで体育祭にこんな感情を抱くことなんて無かったのに。


 小学校も中学校も、前日はブルーな気持ちになって萎えていただけだった。

 けど今年は違う。胸の中に大きな熱が生まれて、それが今にも暴れ出しそうな苦しさがある。

 イベント前日に興奮して眠れない人たちの気持ちが今やっと分かった気がした。


「くぅ……明日が来て欲しい様な、来て欲しくない様な……。複雑な気分だ……!」


 まさか俺みたいな陰キャオタク野郎が学校行事にワクワクするなんてな。

 つい数ヶ月前までは、二次元にしか救いがなかったのが嘘みたいだ。

 謂わばリアルが二次元から俺をNTR寝取りした様だぜ。……いや例えがおかしすぎるか?


 まぁとにかく、ミカのチアリーディングも好調だし、不安要素はほぼ無いと言っていいな。

 今夜はじっくり眠れそうだ。買っておいたお高いアイス食べちゃおうかな。



「ふんふ~ん♪ ……ん? 金髪……あんなところで何やってるんだ」


 珍しいことに金髪のやつが女子の練習を覗いている姿を発見した。

 チアなんて興味ない的な発言をしておいて、何だかんだ好きなんじゃないか。

 水くさいやつめ、覗くなら一声かけてくれればいいものを。


 いや冗談だけどね?

 金髪ならバレても許されるだろうけど、俺だと一発退場グッバイ人生になるだろうし。


「おーい氷川、何見てんだよ」


「ん~? あれ、そっちはもう練習終わったんか」


「おう! 三点倒立完璧になったぜ!」


「マジィ? おめぇ~! 間に合って良かったじゃん!」


「ああ。マジでギリギリだったけど、諦めなくてよかったよ。何て言うんだろう、こう……挑戦することの大切さを思い出したっていうか」


「マジ語りしてんじゃん~! ふぅ~!(高音)」


 謎の奇声を上げながら金髪は右手を上げる。

 俺はその仕草が何を意味しているのか理解できず、首を傾げてしまう。


「っんだよ! ノリ悪ぃな進藤ォ! ほらお前も右手上げろって!」


「わ、わかった……こうか?」


「イェイ! おめでとちゃーん! 明日もがんばっしょー!」


 バチンと右手を叩かれて思わずびっくりしてしまう俺。

 しかしすぐにこれがハイタッチだと気付く。なるほど、これがかの有名な……。

 やべぇ……生まれて初めてハイタッチしたかもしれん。何か嬉しいぞ……。


「ってそうじゃなくて。お前何見てたんだよ、覗きは駄目だぞ」


「俺くらいになったら自分から見せてくれる女子がいるからやりまっせ~ん! ってーかチアとか興味ねーし? お前の女装は別腹だけどよぉ、おかげでフォルダが潤う潤う」


「じゃあ尚更こんなところで何して……ちょっと待って!? フォルだって何!? もしかしてここ数日のチア姿、写真撮ってたのか!? ちょ、消せ!」


「ぎゃ~何すんだ俺のお宝写真! 進藤お前消したらマジで許さねぇぞ!!!!」


 えぇ~ブチ切れてる~……。俺の女装写真消そうとしただけで、そこまで怒られるの~……?


 駄目だこいつ……マジで何とかしないと……。

 医者に診て貰った方がいいかもしれん。手遅れかもしれないけど。


 そもそも写真っていうのは被写体に一言言うのが筋だろうに。

 コミケでもコスプレイヤーに『い、一枚いいっすか……デュフフ』と申し出るのが礼儀だぞ。

 ちなみに今の台詞は俺の勝手なイメージであって、カメラ小僧がどうとか言うつもりは無いですあしからず。


「ふぅ……よかった。消されてねぇぜ~!」


「あの氷川さん……? 一応確認したいんですけど、その写真……まさかネットにばらまいたりはしないですよね……? やめろよ! それされたら俺の人生詰むからな!」


「だいじょぶ、だいじょぶ。誰かに見せたりしねぇって。安心しろよ、信用ねェな~」


「……まぁ誰にも見せないって言うなら」


 だが待って欲しい。ネットにアップするわけでもなく、知り合いに見せるわけでもない。

 ならその写真は一体何に使うのだろうか。使用用途を確認しておきたい。

 いや……むしろ知らない方がいい気もする。真実を知るのが怖い。

 知らない方が幸せなことも世の中にはあるのだろう。触らぬ神に祟りなしって言うし。


 ただ、今後金髪の前で絶対女装はしない。


「で、お前が見てたのって……」


「ほら、あいつだよ」


「ん……ギャル、じゃなくて松山?」


 物陰から顔を出してみると、そこにいたのはギャルこと松山楓だった。

 彼女は今、一人で振り付けの確認をしている所だった。


「松山のことなんか見てて楽しいのか……? もしかしてお前、あいつのこと……」


「それはない! 俺別に楓のことそういう目で見てねーし?」


「あらら……ギャルかわいそ……」


「何か言ったか?」


「いや、こっちの話……」


 本人のいないところで脈無しと断言されてしまった。ギャル……哀れだ……。

 だが金髪がギャルのことを好きじゃないなら、どうして練習姿など覗いていたのだろう。

 何か気になることでもあるのだろうか。


「あいつさ、以前はこういうのやるタイプじゃなかったんだよ。それがあんなに必死になってよぉ」


「へぇ……随分詳しいんだな」


「同中だしな」


「そ、そうだったのか……。お前らの中学ってリア充輩出率高くねぇか」


「はぁ~ん? お前何言って……あぁ、そういうことか」


 金髪は一人得心したといった表情で俺の顔を見る。

 そして、くけけけと意地の悪そうな笑い声を出す。


「何だよ……一人で笑ったりして」


「別にィ~? まぁとにかく、あいつがここまでやる気になんのはすっげー珍しいってことだよ。一体何があいつをやる気にさせたのか、俺気になってよぉ~」


「そりゃお前……」


 あいつはお前に惚れてるからだよ。そう言おうとして、咄嗟に口を噤む。

 本人のいないところで俺が言うべき事では無いだろう。

 それにどう説明すればいいのか。お前のためにチア張り切ってる? なんだそれ。


 ミカによると、ギャルも途中からチアリーディングに参加したらしい。

 しかし消極的なミカとは違い、彼女は最初こそ戸惑っていたがすぐにやる気になったという。

 俺は勝手に、目立ちたがり屋なギャルだから参加したと思っていた。だがそれは間違いだ。


 だってあんなに一生懸命に練習する姿を見て、ただ目立ちたいといった理由でチアをやっているとは思えないのだ。

 俺やミカと同じように、あいつもこの体育祭に何かを求めているのかもしれない。

 あいつも自分を変えるチャンスを、求めている。そんな風に考える。


 もっともそれは俺の勝手な想像に過ぎないんだけど。

 ただ単にやってみたら意外とハマったとか、ありきたりな理由かも知れない。



「あいつさ、スポーツ苦手なはずなんだ。中学の頃なんて、跳び箱四段も跳べねかったの」


 金髪が笑いながら、思い出を語る様に話す。


 ギャルが体育苦手だったって話は初耳だ。まぁあいつと別に仲良くねえしなぁ。

 そういえば前に保健室で寝てたのを見たっけ。

 もしかしてあれはサボってたんじゃ無くて、俺たちのように疲れて寝てたのか?

 じゃあ本当に松山は運動が苦手なのか。見た目はイケイケのギャルなのに。


「楓のやつ高校に入ってから変わったけどさぁ~。ちょっと気張りすぎじゃねって思ってたけど、今のあいつかっけぇじゃん」


 そう言いながら嬉しそうな顔をしていた金髪が、なぜか印象的だった。


 高校に入ってから変わった? それは性格的に? それとも所謂高校デビューという意味か?

 分からん、金髪のやつが意味深な言い方をするせいでもやもやする。

 だがどこか引っかかる。もう少しで答えが出そうな気がするのに。


 結局頭の中のもやもやは取れず、答えも出ずじまいだった。



 一通り練習を見終わった後、俺は金髪とギャルの分のジュースを買い、金髪に手渡した。


「ほら。何か声かけてこいよ」


「いや別に俺は話すことねぇよ。お前こそ朝倉さんのお姉さんのとこ、行かなくていいのかぁ?」


「わーってるよ。ミカとユカの分も買ってあるっての。それよりほら、松山のやつこっち見てるぞ」


 練習が終わって落ち着いたためか、ギャルは俺たちの気配に気付いたようだ。

 俺に睨みをきかせた後に金髪の方へ視線が移った。


 お~怖。邪魔者は退散しますかね。


「じゃあな氷川、あとついでに松山も。明日、頑張れよ」


「おう! 組体操ミスんなよ~!」


「誰が“ついで”よ! まぁ……その、あんがと」


 そのお礼は果たして何に対しての物だったのだろう。

 俺の『頑張れ』に対してか。もしくジュースのことか。それとも、二人きりにしたことへだろうか。


 いずれにしても礼を言われる程のことはしていない。

 ギャルに感謝されても嬉しくないからな。


 さて、朝倉姉妹も練習が終わった頃だろうか。今日は久しぶりに三人で帰ろうかな。



 夜間ライトに照らされたグラウンドを抜けると、夜空に浮かぶ月がはっきりと見える。

 秋も近付いてくる今日この頃、月に対して抱く印象も変わってくる時節だ。

 この美しい月の下で二人と一緒に帰ったら、きっと楽しいだろうな。


 ああ、明日はいよいよ体育祭だ。

 待ちに待ったわけではないが、全力で頑張るとしよう。

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